風穴の光 ㉓受け継がれた友情
「じゃあマギカクレジットで」
「相当な額ですよ? 口座の預貯金は…」
「意外とお金あるから治療費も大丈夫! あんまり使わないように言われてるけどこの際問題ないよ」
「かしこまりました。ではこちらに」
病院の男性スタッフが取り出したのは魔法陣が入った水晶玉だった。コハクが手のひらで魔法陣を展開して水晶玉に手を翳すがまだ身体の小さいコハクの手はカウンターにギリギリ届かない。スタッフはそれを見て水晶玉をコハクの手の届く位置に持ち運ぶ。魔法陣が水晶玉へ移り、元から入っていた魔法陣と融合して消えていった。
「支払い処理が完了しました」
「ありがと。まだしばらくお世話になるけどよろしくね」
コハクは水晶玉をカウンター下に片付けるスタッフにお礼を言いながらその場を去る。鼻歌を歌いながら飲み物を人数分買い、仲間になった二人のいる病室に戻ると二人は言い争っていた。
「だから! 明日はまた魔女のところに行く用事があるんだよ! 」
「大人しくしてろ腐れ勇者! 牢屋にいて魔術が使えない、使えてもあんたならどうにでもなるからって最低よ! 女の敵! 」
「そういうことはしねぇよ! 協力してもらわないと今後困るんだよ! 」
「何が協力よ! 女に辱めを与えるために生きているケダモノの言うことなんて信用できない! これだから男は!! 」
「だったらお前も来い! もうそれでいいだろ!? 」
「おじちゃーん、おねぇちゃーん、ただいまー」
コハクにはどんなことで言い争っているのかわからないが、とりあえず帰ってきたことを伝える。
「おぉコハク、ありがとうよ」
「コハクちゃんありがとう! 」
コハクが帰ってきたことが分かった途端にケンカをやめる男女二人。男の名は雷帝丸。職業は勇者であり、このパーティのリーダーではあるのだが今一つ頼りない。この度の戦いで股間を失い、時間停止が効かないことが分かった。女性の名はフマル。格闘家ではあるがこの度の戦いで体内に“跳躍の書”という魔本を入れられたせいで能力が常時発動するようになってしまったらしい。その代わりに魔本に書かれた数々の技を条件付きで使用できるようになり、結果的には常識外れな力を手に入れることになった。
「はい、飲み物もついでに買ってきたよ。コハクとおねぇちゃんはミックスジュースで、おじちゃんはスパークルン」
「ずいぶん気が利くな。スパークルンは俺の好きな飲み物なんだ」
雷帝丸は笑顔でジュースを受け取る。スパークルンとは黄色い炭酸飲料で黄金の麦酒のような味わいがあり、酒が飲めない者や任務中、仕事中の勇者に大変人気である。疲れている夜に飲むと翌朝の疲れが飛んでいるという売り文句であることが売り上げに拍車をかけているとも言われている。
「コハクちゃん、コレ奢りでいいの? 」
「うん! お金は結構あるし大丈夫だよ」
「あれ? お金あるんだったら格安宿で俺も泊まれたんじゃね? 」
「マギカクレジットはオキシでしか使えないからどの道無理かなぁ」
「そうか……」
3人の頭にはあの女の子のことが離れない。アミーである。アミーは半分操られていたとはいえ実の父親を殺してしまったのだ。その精神的負担のせいで今も病室から一歩も出てこない。その父であるラクトは無残な姿で連れ出され、遺体はこの病院の慰安室に保管されているが、遺体の損傷が激しいため葬儀は埋葬後でないとできないという。
「……アミーには申し訳ないことをしてしまったな」
「アミーのパパはずっとアミーに会うことが夢だったみたい。それにコハクのパパとは一番の友達だったんだ」
「あたしがもっと動けていれば…」
「言うな。ヤツは強かった。奇跡的に勝てたが、俺たちにとっては相性が悪かったんだ」
雷帝丸の今回の件はかなり精神的に影響があった。雷帝丸がパーティを組めた時の信条として誰も死なせないと掲げていた。パーティメンバーではないが勇者としての先輩であるラクトを失ったことが雷帝丸にとっては自分の信条を全く成し遂げることが出来なかったと心が折れかけていたのだった。そのことにパーティメンバーは気が付いていない。
「今日はもう寝ようぜ。明日はそこそこ早いんだ」
「そうなの?じゃああんたは野宿ね」
「重症患者を外に放り出すな! 持ち上げようとすんな! あぶねぇ!! 」
結局その後コハクが病室をもう一部屋用意してくれたため事なきを得た。
明け方。遠くの部屋で物音がしてコハクが目を覚ます。無駄に早起きをしてしまったとがっかりしながらも自分の膀胱がそれなりに限界に膨らんでいることに気が付く。コハクは少し慌ててシクロと同室の部屋を出て一人でトイレへ行ってきた。
「スッキリした…危なかった…」
その帰りのことだった。アミーの部屋の前で数人の男がたむろしていた。そのうちの4人くらいはかなり下手な魔術を部屋にかけている。プロピレンたち元勇者である。プロピレンたち元勇者は研究室に侵入してコハクとラクトを雷帝丸たちの元へ送り込むために道を開けてくれた。幸いにも死者や重傷者はおらず、せいぜい骨折程度で済んでいた。治療費が出せないためマギカプリズンに訪れる前にコハクが医者たちには内緒で元勇者たちを治療していた。
「あ、プロピーたち、アミーに用事? 」
「ん? あぁ、アスコルのガキ…コハクか。プロピーってなんだプロピーって。まあちょうどいい。さっきからラクトのガキ…あーっと、アミーが暴れてるんだ。魔術を使ってこないから何人かで防音の魔術で音を消してるが、いつまでもつか分かんねぇ。少し話をしてやってくれねぇか? 」
「いいよ、ちょうどアミーに話したいことがあったし。アミーは多分アミーのパパのことで……」
「だよなぁ」
コハクは病室の扉に手を翳して内部を魔力のみで観察する。コハクは今回の一件で自身の魔力に関して考えることが増えた。無限にあるコハクの魔力で自分は何ができるのか、新たに魔術師として加入したパーティにどのように貢献するべきなのか、9歳ながら自身を問い詰めていた。その一環で試しているのが魔力のみで何かできないかという実験である。その一環として試しに魔力で室内を観察していたのだ。
「…ふんふん、今は暴れてないから少し落ち着いてるみたい。しかも誰も入ってこれないように扉に鍵、それに棚とかでバリケードを作ってる。やっぱりすごく悲しそう。コハク、行ってくるね」
「気をつけてな…え? 鍵とバリケードがあるんだから入れねぇだろ? 」
「え? 気を付けるのはプロピーたちだよ? 」
「は?」
コハクは翳していた手に魔力を集中させる。ふぅっと一息、呼吸を整える。コハクの目が一瞬だけ本気の目になり……
「えいっ! 」
一瞬の出来事だった。病室の扉は鍵やバリケードをお構いなしに吹き飛ばしてしまった。無詠唱の魔術である。その衝撃で後ろで防音の魔術を使っていた元勇者たちが後ろによろけて魔術が解かれてしまった。
「「「ぎゃああああああああ!!? 」」」
本来魔術とは詠唱が絶対に必要であるが、魔術を極めた者や才能ある者などは詠唱すら不要になってしまうことを今回の戦いでコハクは学習した。コハクは母親に立ち向かった時も無意識で魔術を無詠唱で使用していたため、一定の境地に辿り着けた者だけが使えるのだろうと仮説を立てている。
「全くもう、こんなに部屋を散らかして。お医者さんに怒られちゃうよ? 」
コハクにとってはいつも通りに親友に接する態度で数秒前まで泣いていたアミーに話しかける。アミーは驚いてぽかんとしているが、目は赤く腫れぼったい。
「なんか物音がうるさいってプロピーたちが心配してたよ。コハクも心配しちゃうじゃん」
「いや今散らかされたのよ」
「早速だけどちょっと来て! 」
「え!? ちょっと! 病院抜け出すの!? 」
「うぉお!? どこ行くんだ!? 病室どうすんだ!? 壁や窓ガラスにまでヒビ入ってるぞ!? 」
「あとで直すー! 」
コハクは裸足のアミーの右腕を強引に掴んで走り出し、元勇者たちを跳ね除けて病院から急いで出ていく。
「うひゃあ! 朝日が眩しいぃ! 風が気持ちいぃ! 」
「ちょ、ちょっと! どこ行くn…きゃぁ! 」
アミーが躓いても気にしないで右腕を引っ張って強引にどこかへ連れていく。裸足のせいで足が痛い。引っ張られすぎて腕が痛い。しかもコハクは無詠唱で加速の魔術を使うせいで遠心力が生まれてギャグマンガのように物理的に振り回される。10分後、オキシの街から少し外れた西側の丘に到着した。
「はぁ、はぁ、か、肩が外れるかと思った…」
「朝のランニングはいいね! 魔術を使えばこんなに遠くまで来れる! 」
「一体何がしたいのよ…って、ここは…」
コハクが案内したのは街外れの墓地“ステラウィンドグレイブヤード”だった。人間が暮らしていける土地が減った現代では珍しい個人の土地として買うことが出来る高級な墓地である。主な利用者として歴代首相はもちろん、偉人や称号持ち、名字持ちなどの風の国の功労者の遺族が該当する。コハクは開いている門にそのまま入っていく。アミーも慌てて後を追う。
「風の国から依頼を受けたパパたちの消息が分からなくなった時の担当者さんが今風の国の偉い人になってて、その人の権限で二人をここに埋葬してくれるんだって。例の依頼は役人たちの中でも今の体勢に疑問があった人達が極秘に依頼を出してたから苦労したみたい」
「そう…」
朝日で明るくなってくる墓場を進んでゆき、途中で墓参りをしていたおばあさんに元気よく挨拶をし、丘の近くに生えている10メートルはある樹に着いた。
「ここがパパたちの埋葬予定地、この樹の下だよ」
「樹の下? 」
「うん。生前に二人がもし死んじゃったら見晴らしのいい丘に生えている樹の下に眠りたいって言ってたらしいんだ。特にコハクのパパは星が見たいって駄々を捏ねてたみたい」
「……二人のお墓としてはぴったりの場所だね」
「でしょー! 偉い人がそれを聞いてたんだけど、行方不明になってからわざわざ樹をここに植えてくれたの。その人の家族のお墓もこの辺にあるみたいだからついでに樹のお世話をしてたんだって」
「その偉い人に感謝しなきゃね」
役人はアスコルとラクトがこのような形で発見されたことに肩を落としていたが、消息だけでも分かったことはありがたいことだった。10年の作業が無駄になった方がよかったのになとコハクに冗談を言っていたがコハクはどうしていいか分からず苦笑いしていた。
「パパたちのお葬式は明日のお昼、ここに埋めてから管理事務所でやるよ。と言ってもコハクのパパはコハクそのものだから埋められないけど」
「ホムンクルスだっけ? 」
「うん。パパの命と身体を材料にして作られたみたいだけど望んでた物とは違う物ができたからホムンクルスとしては失敗なんじゃないかな」
「コハクちゃん…本当にごめんなさい…ごめんなさい…!! 私は、魔女に加担してしまった…! 」
「ん? なんでアミーが泣いて謝るの? 結果的に二人は死んじゃったけど、命をかけて戦った二人のパパの絆はコハクとアミーに受け継がれてもっとすごい絆と友情が生まれた。それでいいじゃん。きっと二人のパパはお星さまになって見守ってくれる。きっとこの樹からキレイなお星さまがいっぱい見られるよ」
「ありがとう…! 」
「あ、そうだ。じゃあコハクが考えた新しい魔術の理論があるからそれをコハクが出かけてる間に証明してほしいな」
「新しい理論? 」
「うん。詳しくは後で話すけどコハクのおうちに着いてからね。資料もコハクの部屋にそれなりにあるし。あ、コハクのおうちがずっと留守になっちゃうからアミーの研究室として使っていいよ。鍵も作っておくから」
「そんな、いいの? 」
「いいのいいの。持ち家だし公共料金も下水代だけだし、何より泥棒とかに入られないようにしてある方がいいの。多分来週の頭に出発するからパパたちのお墓の件も含めてあとはよろしくね! 」
「まったく、同級生から宿題を出されるとは思わなかったよ。まぁ全部やるけど」
「さすがアミーだよ! ……それじゃあ帰ろっか。お葬式とかの準備もあるし」
「そうね…コハクちゃん、ありがとう」
コハクはかなり強引にアミーに大量の宿題を押し付けた。これからアミーにも事情聴取等が待っていることはお構いなしである。だが二人の足取りは軽い。朝日を受けながら歩みを進める幼女たちの絆はより強固なものになった。
「……とりあえず仲直りできたね! いやーよかったよかった! さすが俺たちの子どもだね! 」
「そうだな…アスコル、食い方が汚いぞ。口の周りにソースがたっぷり付いてやがる」
「あ、やべ。毎回ハンバーグを食べるとこうなるんだよね。10人前も頼むのがいけないのかな……取れた。店員さーん! 食後のパフェくださーい! あと追加でカフェオレもー! ラクト、何かデザート食べる? 」
「いや、いい。はぁ……娘も父親も相棒の世話をするのは変わらねぇようだな」
そのため息は物憂げでありながらも楽しさが混じっていた。




