風穴の光 ㉑剣の秘密
雷帝丸が魔女フマルを討伐した翌日の午後。たった一晩で国が傾く事件が起こったのだが風の国の国民はそれを知らない。後日詳しく発表するのか、はたまた永遠の闇に葬られるのかは雷帝丸たちには知る術もない。
「この度はご協力ありがとうございました、勇者雷帝丸」
「おう、いろいろあったついでだ。報酬は出ねぇだろうが、もし出たのなら花の国に送っといてくれ。俺たちにはやることがまだわんさかあるんだ…と、ここが牢屋か? 」
「はい。分かっているとは思いますが、相手はとんでもない魔女です。お気をつけて」
討伐にはいくつか方法があるが、今回は殺害することなく身柄を確保する手法になった。実際にはパーティメンバーではないコハクがトドメを刺して討伐したのだが、コハクがパーティの一員とみられたため名目上は雷帝丸が討伐したことになっている。
「さぁて……どうするんだ? 」
フマルは雷帝丸に討伐され、後に風の国に逮捕された。魔術どころか魔力が使用できなくなる国営の監獄『マギカプリズン』に投獄されて、雷帝丸、シクロ、コハクは面談と称して看守にその独房の目の前に案内された。コハクは軽傷で済んだが雷帝丸とシクロが重症だった。例の病院に担ぎ込まれ、緊急手術で治療された二人は普通に生活する分には問題ない程度まで回復できたが、骨や内臓に深刻な損傷があったため魔王討伐の旅を続けるには少しばかり休息が必要だった。特に雷帝丸は支給してもらった上下のジャージの下から覗いて見える血が染みた包帯や傷跡が戦いの激しさを語っている。
「うぇっ、おなか痛い…」
「……ママ…」
魔術師及び魔女専門の監獄の中でも世界最高峰の拘束力を持つ監獄なのだが、その独房の鉄格子の向こうにフマルがいる。コハクは母がこのような魔女であることもだがかなり落ち込んでいる。それでもコハクはこの場に立ち会っているのは彼女が雷帝丸に頼み込んだからである。いくら魔術が使えなくなる監獄でも相手は時間を止める術を持つ魔女。母に会わせるのは危険じゃないかと躊躇うが、結局雷帝丸はコハクに押し切られる形で連れてきた。コハクは魔術対策が万全な独房の前に看守が用意してくれた椅子に座って大人しく大人たちの会話を聞いているが、その表情は決して明るくない。シクロもさすがに空気を読んでコハクの隣の椅子に座って様子を伺っている。
「まずは呪いの話からしようか? 俺はかろうじて呪いなんてかけられなかったが、地下街にいた元勇者たちには地下街から出て行ったら灰になって燃え尽きる呪いを仕掛けて出て行かないようにしていたらしいじゃねぇか。一緒に戦ってくれたラクトにも同じ呪いがかかっていたようだし、一体何がしたかったんだよ」
雷帝丸は独房の目の前に仁王立ちになって声をかける。奥にいるフマルは少し時間を置いてから話始める。
「そこにいるのは勇者? ただでさえ目が悪いのに魔力が使えないから目が見えないのよ」
「あぁ。3人ともいる」
「おっぱいちゃんもコハクもいるのね…さて、あなたの話だけど勇者を逃がしたくなかったのよ。魔術の分からないあなたに説明するとしたら、旧世界と現代の境目くらいの時代に人類が生きるために開発した古代魔術を使ったのよ。……それにあと何年かしたらこの世界で大規模な戦争が起こる。あなたの倒そうとしている魔王も無関係ではない可能性がある。そのための準備だったけど、準備はかなり大幅に遅れていた。ホムンクルスやクローンの材料となりうる勇者を始めとする材料が必要だったのだけれど、思っていた以上にそれの調達と研究に時間がかかったのよ」
雷帝丸はいきなりスケールが大きくなる話にため息をつき、頭を痛めた。
「はぁ……もう意味わかんねーよ。なんでそんなに話が盛大になって行くんだ? あんたとコハクが言う悪魔がそれを知ってたのか? 」
「当時は悪魔とはわからなかったけれど、契約したときに知ったわ。今から300年くらい前のことよ。でも300年じゃあ時間は足りなかった。旧世界がほとんど滅んだ後に成り立っているのが現代であることはこの時代の常識で事実で、何万年も昔の大戦で旧世界の人類はほとんど滅んだ。それと同程度かそれ以上の被害が出る戦争が始まろうとしているのよ。当時の人類よりも私たちは文明的に劣っているはずなのにどうやって再現するのか全く分からないけれど…まぁ、人類は滅びかけた変わりに魔力と能力を手に入れて、魔術が使えるようになったのが唯一の利点ともいえるわ」
話は始まったばかりなのに雷帝丸はもう疲れたと言わんばかりの表情だ。シクロも看守も聞いていてほとんど理解できていない。看守の後ろにいる医者の集団はひそひそと精神に異常をきたしているのではないかと話し始めているなかで、コハクだけが落ち着いて聞いている。
「はぁ……そんなことするアホどもは誰なんだ? 」
「分からない。けれど現段階で世界を滅ぼす技術はほぼ完成してると見込んでいい。旧世界で使用されていたと思われる技術、もっと簡単に言うなら超古代兵器を持ちだして世界を滅ぼすってところよ。だから世界を滅ぼさない為にも私は時間の悪魔と契約して! 対策を立てて! どうにか平和なこの世界を守ろうとしてたのよ!! 」
情緒不安定になり叫ぶフマル。自分の過去を振り返りながら計画を崩された怒りを雷帝丸にぶつける。
「……あんたの話を聞いてると頭が痛む。あんたのやりたかったことは、世界を守ろうとしたことはわかった。でも昔魔王に力を貸していたのはなんでだ? むしろ滅ぼす側じゃねぇか。それに勇者を誘拐して人体実験なんてやってて良いことじゃないだろう? 」
雷帝丸はさらに問い詰める。フマルは魔王に手を貸していた時期があったので、雷帝丸はこのことも聞いておきたかったのだ。それに雷帝丸は自分が勇者であり、勇者である以上は魔王にもなる可能性はあるため気になってるのだ。
「魔王は言うなれば勇者を極めた姿、勇者がさらなる力を手に入れた姿よ。今では”慣れの果て”というけど、世界を救う勇者以上の力がある魔王なら確実に戦争を止められると思った。けど違ったわ。あとは個人的に勇者は憎いけど勇者は確実に世界を救う存在であるはずなのよ。旧世界の貴重な情報源の魔本からも勇者が世界を救ったという記述が多くある。だから私を破ったあなたに、私の願いを託すわ」
「言われなくても魔王は倒すし、そのために俺は仲間集めをしているんだ。だが世界がどうこうってのは俺にはムリだ。一個人や一つのパーティで出来るわけがないだろうが。それにオレだってやりたいことはたくさんあるからな? 」
雷帝丸の言うことは最もである。たった一個人で世界を救うなど創作物にはよくある話だがここは現実。勇者はもちろん、多くの人に脅威をもたらす魔王でさえ一個人ですべてを支配しているわけではない。魔王にも手下がいて、その手下が大半を管理していることも珍しくない。世界を救うことは旧世界でも現代でも成し遂げた者はおろか集団もいない。それが出来ていればそもそも旧世界で世界大戦など起こらなかったのかもしれない。
「それなら私からお願いがあるわ。それもあなたでなければできないことよ」
「俺はお前の願いを「はいそうですか」と受け入れる慈悲があると思ったのか? 」
雷帝丸は関係ないことも交えて話してくるフマルに呆れと怒りがふつふつと沸いてきているせいでだんだん投げやりになっていくが、フマルは即答した。
「思ったわ。まずはあなたの剣。あなたがなぜ止まった時間の中を動くことができたのか」
「今はそれとは関係ないだろ。多分あんたの魔術がうまく発動しなかったとかだろ? 」
「ちがうわ。その剣は魔剣と呼ばれる呪われた剣。名は“時流針剣”。時間を司る二振りの剣の片割れよ。それは多分短い方の剣だろうけれど。時流針剣をはじめとする魔剣などの呪いが掛けられている道具は古代魔術で武器そのものに力を与えられていて、道具が認めた持ち主の元に現れて使うようになり、持ち主に呪いをかけると言われているわ」
「……は? 」
雷帝丸は理解できない。もちろんその場にいる誰もが理解できない。
「私もきt…古代魔術が少しできるのと、時間の悪魔と契約したことからわかるのだけれど、その剣の呪いは『時間の流れが遅くなる』呪いが掛けられる。私の時間を止める魔術に抵抗できるのには十分な武器よ」
「……この剣、花の国の執事長に錬金術で作ってもらった模造品だぞ? 」
「……うん? 模造品? 」
「なんというか、俺が装備を失うことがあったんだが、それを失くす前に調整してくれた花の国の執事長が錬金術で同じ形の模造品を作ってくれたんだ。盾と剣と防具は全部その人が作ってくれたものだ。まぁ今となっては剣しかねぇけどな」
「……え? じゃあ本物は? 」
「知らねぇよ」
少しだけ気まずい空気が流れる。全員が固まる。
「どうすんのよ!! あの剣は持つだけで時間を操ることができると言っても過言ではない剣なのよ!? あの剣があればその辺の魔王なんて目じゃないくらいの代物なのよ!!? アレが魔王の手に渡ったらどうするのよ!!? あなたがその剣を持っていたということはあなたはその剣に幾度と救われてきたはずよ!!? それを失うってどんなことしたらそうなるのよ!!! 」
フマルは短く細い腕を鉄格子の間から通して雷帝丸の胸座を掴んで振り回す。雷帝丸は振り回された反動で鉄格子に頭を何度も打ち付ける。
「痛い痛い痛い!!! うるせぇ!! ブルーミアとリュウスイの間の森の先住民に盗られたんだよ!! 今頃どうなってるかなんて知ったことか!!! 」
胸座を掴まれた雷帝丸は手を払い除けて数歩引き下がる。額が少し赤く手のひらで覆って痛みを抑えるが、ここにきてあの剣の本物がとんでもない代物であることが発覚してしまった。今の雷帝丸が所持している剣はその剣を元に見た目だけ似せた模造品であるため呪いも力もないただの剣である。
「じゃぁ私は何ともない剣に負けたってこと…? 」
「というか俺とコハクに負けたんだろ」
「……そうね。剣ではなくあなたにかかった呪いとコハクの能力に負けたわね」
「意地でも俺たちに負けたことは認めたくねぇんだな…まぁいいや。じゃあ次の話な」
雷帝丸は重要な話だった気がしたが、もはや手元に無い物の話を聞いても仕方ないと適当にあしらってしまった。
しばらくは解説っぽい回が続きます。今後の流れとしては解説→少しの日常編→番外編→次の章となる予定です。




