風穴の光 ⑱タフな勇者と魔女
コハク本人は母親のフマルの前に立ちふさがって雷帝丸を庇う。それは捨て猫を拾ってきた子どものようで、捨ててきなさいと叱る姉が向かい合っているような絵が描けそうなワンシーン。だが時間と止められた以上はコハクは何もできない。分身も雷帝丸の治療を進めることが出来ない。雷帝丸もろくに動けない。それでも左手の剣には戦いの意思が見える。だが限界が近いのはフマルも同じだった。
「ぅぼは…」
吐血。腹部から温かいものが駆けあがってくるような感覚。300年以上生きた中でもう何度も経験した死が近い感覚。魔力の枯渇が近いと人によっては死に至る場合がある。それは強力な何かを持っていると起こりやすい人体の神秘である。
「魔力切れが近い…あと3回、いや2回まともに使えればラッキーくらい…くっ、残りの2回にかけるか…」
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フマルが後に使うであろう魔術にかけて時間停止を解除する。コハクの感覚としては目の前で瞬時に母親が口から血を垂れ流す光景が飛び込んできたように感じた。それを見て躊躇なく殺人級の魔術を放てる程コハクは肝が据わっていない。
「ト…!? 」
魔術が中断される。数秒の間、ピンと張りつめたような空気の中で二人とも呼吸を整える。それでもコハクは母親に対する怒りが収まらない。ついにあふれ出す母への怒りだった。
「……やっぱり絶対に許さない! 何があったのか知らないけどアミーをこんなにして、アミーのパパたちをずっと閉じ込めて、この街の平和を壊して…何よりもパパを殺してずっとコハクを騙してた!!! 」
「コハク、これは仕方のないことなのよ。あなたのパパもあの元勇者も、そこにいるボロボロの勇者もみんなママに刃向かったのよ。あなたは唯一のママの家族なのだからママの言うことを聞くのは当然のことよ」
「こんなの間違ってる! ママは一体何がしたいの!? 」
「うるさいわね。子どもは大人しく親の言うことを聞いて、親のために尽力すればいいのよ。古今東西それは変わりないことなのよ? コハク、あなたは勘違いしているわ。親は子どものために育てるのだから子どもは親のためなら命をかけることは当然のことなのよ…と、時間稼ぎもそこそこにしないとね」
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フマルの一声で時間が止まる。コハクは感情的になっていたせいでその場にただ立っているだけだった。攻撃をするでもなく、防御に専念するでもなく、はたまた分身と一緒に雷帝丸の応急処置に手を尽くすこともできなかった。だが幸いなことに雷帝丸の意識は止まった時の中で動いている。時間が止まるまでに何とか一命を取り留めているがまだ身体が動かせるまで治療が追い付いていない。滴り落ちる血がその証拠である。だがそれを見たフマルは狙いを雷帝丸に絞る。
「血が落ちている…時間が動いているのね、勇者さん。あなたならあの程度でも生きていられるわよね? 無駄に生き残る才能はあるのは本当ね。いくら止まった時間の中で動けようともその身体が動かないのなら意味はない。今度はふたりとも気絶させて記憶を書き換えてあげるわ」
絶体絶命。
(やべぇ、多分次でトドメを刺される…さっき熱いって言ってたし次の作戦を理解したってことは分身が傷付くとコハクもヤバい。つまり本人はもちろんこの分身も守らねぇと意味ねぇ。だとしたら作戦通りに……)
「さようなら、正義の勇者さん。『スパーク』」
フマルが電撃の魔術を唱える。左手に腕輪のように浮かんだ黒く淀んだ魔法陣から黒い魔力が黒雲のように湧いてくる。魔力がバチバチと音を立てながら増幅し、それは黒い稲妻のように変化してゆく。
(コハク、後は任せた! )
吊るされていた雷帝丸が勝機を見出したのか箒とコハクの分身を自分の背後に突き飛ばす。雷帝丸はそのまま黒い雷に撃たれる。
「がぁああああああああああああああああああああああああぁああ!!! 」
「これで後はコハクだけ…!? 」
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時間が動き始める。コハクは一切の動揺をせずにきらきら星を介して無詠唱で防御の魔術とある魔術を発動させていた。 時間が止まる前に雷帝丸は治療されながらコハクの分身に作戦を耳打ちして伝えていたのだった。
「おじちゃんまた無茶する…でも作戦成功! 」
なんと雷帝丸だけでなくフマルも同じく雷に撃たれていた。
「な…なぜ…」
思わずフマルは膝を付く。雷帝丸は後ろに飛ばされた分身に急いで治療をしてもらう。防御の魔術の効果は瞬時に解けてしまったが同じ手は通用しないと判断し、回復に全力を注ぐ。
「どうだ! というか今の雷でなんで生きてんだ? まぁいい、コハク、説明してやれ! 」
「うん! 魔術を返す魔術をおじちゃんにかけたんだよ! コハクの分身は精度を変えられて、頑張れば五感を共有できるんだよ! 」
「…それを利用して作戦を伝えていたということね…防御の魔術を使ったとはいえ自分を盾にするとは思わなかったk」
フマルが立ち上がろうとしたその瞬間だった。息をする間も与えず雷帝丸が仕掛ける。最低限の治療をした雷帝丸は左手の剣をフマルに向かって水平に投げつける。
「ど!!? 」
「おじちゃん、ノーコン…!? 」
(しまった…!! )
だがまだ早かった。最低限の治療だけで剣をうまく手放すことに失敗した剣はフマルにはかすりもしないどころか明後日の方へ飛んで行った。それを視認しているのにフマルは完全に虚を突かれた反応をする。雷帝丸も自身の失敗に焦る。何よりも武器を無作為に失ってしまったのだった。不意を突くのは成功したが、武器を失うことは想定していなかった。だがもう雷帝丸はやるしかない。今度こそ最後の一撃になる。もうチャンスはない。雷帝丸は決死の行動を起こす。
「コハク! 特大の一発ぶっ放せ!! 」
「う、うん! 」
雷帝丸は最後の力を振り絞る。出血が止まらない、内臓が痛い、少し身体が焦げた気がする。だがこの際気にしない。剣を失ったせいで出来ることが限られていても気にしない。雷帝丸の出来ることはとにかく近づくことだった。
(トドメはコハクに任せる。俺はコハクのトドメを確実にあの魔女に決めなきゃならねぇ。ということは時間を止められようが問題ない動きの止め方をすることが必要だ。だから…)
「この…! 」
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フマルは雷帝丸の時間停止耐性が完全でないことにかけて時間を止める。動きが止まってしまえばフマルが圧倒的に有利になる。雷帝丸が動けていれば全員が助かる道が残される。この時間停止で雷帝丸一行と風の国の魔女の運命を変える。
次回、雷帝丸さん&コハクちゃんVS.フマル、決着!




