風穴の光 ②母と子の再会
「……? あれ? 」
コハクは目を覚まして懐かしい風景を目にしている。その光景を疑っていたため辺りを見まわすが、一年前まで過ごしていた風景を何ら変わりはなかった。
「……ここ、おうち? しかもコハクのお部屋? 」
一人にしてはやや広めの部屋でカーテンは閉められているが日光が隙間から漏れて室内に入ってきている。窓のそばにある机や棚には魔術に医学の教科書ノート参考書などの本が大量にあり、サブデスクには錬金術の初心者用のキッドで出来たいくつかのメモスタンドと言う名の工作がある。その工作に入れてあるペンが数本、羽ペンに使うインク、コルクボードと意外と散らかっている。サブデスクの反対側には小さい壁掛けの黒板があり、旅立ち前にメモ書きしていた紙やチョークの跡、あちこちに置いてある旅立つ前に愛読していた幼児向けや少女向け雑誌、それに星に関して書かれた本だけはきれいに本棚にまとめられている。そして自分の眠っていた枕の周辺には旅立ちの日に別れを惜しんだ大量のぬいぐるみがいる。コハクはいつの間にか帰宅していた。
「くまじろう…しゃけたろう…はちみつおじさん…はちくいーん…『ちゃおっす!くまじろう!』のみんながいる…」
コハクは涙を浮かべて急にわんわん泣き出した。コハクは天才魔術師であってもまだ9歳になる直前である。この歳で旅に出ることは精神的にも肉体的にも酷であったことがよくわかる。さすがに幼児向けコンテンツに未だにハマっているのは母親が忙しく、父親がいなかったことも影響しているのだろう。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! みんな! ただいまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 」
一年間の寂しさに耐えきれなくなり大粒の涙を零しながら大声で泣き続け、外に漏れたその声を聞きつけた誰かが外でへぶっ!!と声を上げながら転倒する音が駆けつけてくる。コハクの部屋のドアを開けた音の主はコハクの美しい金髪とは違う、黒に近い濃い紫色をした髪を肩甲骨が隠れるくらいまで伸ばし、左目を覆い隠すように頬の中ほどまで前髪を垂れ流している。度のかなり強い眼鏡をかけ、身長がコハク程度のかなり小さい色白の女性が転んでぶつけたであろう頭を抑えながら部屋に入ってきた。
「あいたた…コハク!? 大丈夫!? 」
「あ…あ……まま…………ママ…………ママ…うわぁぁぁぁん!! 」
「よしよし、お帰り。がんばったね」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁままあああああああああああああああああああああああ!! 」
コハクは母の登場によってさらに泣き出した。一年ぶりに母と再会したコハクはこれまで以上に子どもっぽい一面を出すが、ここにはコハクとコハクの母しかいない。コハクは思う存分に母に抱き着き、胸の中で泣き続けた。
「あぁ、ごめんね。いくら大学のカリキュラムといえど辛い思いをさせたわね」
「たまに連絡できたけど! 寂しかった! おうち帰りたかった!! ぎゅーってしてくれなかった!!! 」
「いっぱいぎゅーってしてあげるね、よしよし。あぁ、愛娘の成長した顔がぼんやりとしか見えないのが悔しいわ…」
「ぐす…。ママ、目は大丈夫? 」
「いつも通りほとんど見えないわ。右目がうっすら見えるだけで左目は全く見えないから、この距離でさえ成長したコハクの顔をちゃんと見えないのが本当に嫌ね…ごめんね、こんなママで…」
コハクの母も涙を溢れさせて娘と共に泣き始める。コハクはそれを見て鼻を啜りながら今までの調子を取り戻し始める。
「もう…ぐすっ、ママだってさっき転んだでしょ?おちょこちょいなんだから」
「あはは、ママもおちょこちょいが治らないわね」
「コハクが魔術を研究してるのはママの目を治してあげるためなんだから! それにコハクが見つけた魔術の仕組みをもっと研究したら、いつかはママの目だって治しちゃうんだから! 」
「ついでにおっちょこちょいも治してくれないかなぁコハクぅ」
「ママも大学を飛び級で卒業してるよね? 」
「いいじゃ~ん。娘に助けてもらえるなんてこれ以上の幸せ無いんだから! 」
母は愛娘の頭を過剰に撫でるがコハクはそれほど嫌がる仕草はしない。仲の良い友人にも姉妹にも見えるが一応母と娘である。コハクの母はかわいこぶる仕草をしながら、コハクの頬に髪を伸ばしていない右の頬をこれでもかと頬擦りし、コハクは母の頬擦りがくすぐったいのかキャッキャと笑う。
「ママ。コハクね、今も諦めてないんだ」
コハクは母に語り始めた。
「魔術を組み合わせたお医者さんになること? 」
「うん。でもコハクはお医者さんとしては才能が無いし、どちらかと言えば研究者としての才能があるから魔術研究をしてるんだけど……ぜっっっっっっったいにいつか目が見えるようにするんだから!! 目が見えるようになったらママといっぱい旅行に行っていっぱいキレイな景色を見に行くのが生まれた時からの夢なんだから!! 」
コハクは自分の思いを改めて母に伝える。
「特にキレイな夜空! パパがどのお星さまなのかわかんないもん! コハクが生まれる前から毎日パパが空からお星さまになってコハクを見てくれているのは知ってるけどパパがどれなのかわからないからお礼ができないんだもん。だからどれがパパなのか教えてもらいたいの! 」
「コハク…ホントにいい子ね……。ママのせいでコハクのやりたいことができなくなっちゃってるなんて……」
「ううん、コハクにとってのやりたいことはママの目を治すことだもん。それにね! この一年間はとっても勉強になったんだから! 新しい魔術だっていくつか開発できたでしょー? 旅のやり方だってわかったし、それにね! 最後には勇者のおじちゃんたちにも会ったんだ! ……? おじちゃん……おじちゃん? 」
コハクは雷帝丸のことをふと思い出す。しかし“おじちゃん”が何者なのかを思い出せない。『変な面白いおじちゃんと会った』くらいの記憶しか残っていないのだ。
「コハク? 」
「ううん、何でもない! そうだ! コハクね、大学に帰って来たことを知らせたら新しい杖が完成してたから貰って来たんだよ! 『コール! サモン、きらきら星』! 」
コハクはきらきら星を出現させた魔法陣から取り出して母に見せる。母は目がよく見えないことはわかっていても、自分の理論を元に1から作った自分専用の杖を見せたかったのだ。
「これがコハクの新しい杖? ママの目でもわかるくらいにキラキラしてるわね」
「うん! いっぱい悪魔を呼ぶためにコハクの理論を100パーセント活かした天才的な杖なんだから! 今までの魔術の歴史が変わっちゃう世界で一本の杖なんだから! 」
「頑張ったわねコハク。そうだ、今夜はごちそうにしましょ! コハクったら昨日はママがいないうちに家に帰ってきてすぐに寝ちゃったみたいだから今日おいしいものを作りましょ! 何がいい? 」
コハクの母は少々強引に話題を変えると、コハクは子どもらしく、しかし子どもらしくないメニューを提案した。
「やった! ママ大好き! それならフルーツチキンの丸焼きがいい! 旅に出てから結婚式をしてる新婚さんがいたんだけど、その結婚式の最中に魔獣が入ってきちゃったから守ってあげたんだ! その新郎さんが有名なコックさんだったみたいでお礼においしい料理の作り方を教ええてもらったの! 」
「フルーツチキンの丸焼きにするの?お金はあるからいいけど、あんなに大きいのに食べきれる? 」
フルーツチキンとは家畜として飼われることの多い小型の魔獣で、多くの国で飼育されている温厚な飛べない鳥類の一種である。一説によると旧世界の鶏や七面鳥の亜種ではないかとの見解がある。果物を餌として育成し、丸焼きは果物のような香りと風味を持ちつつ、適度に甘味を含んだジューシーな脂を含んだ肉は祝い事で振舞われる極上の逸品ではある。だが二人で一回の食事で食べきれないくらい大きい。育成が難しいため高価でありながらも美味である。餌として与えた果物の風味が全身に行き届いているため、加熱しすぎるとただの固くてまずい肉になることから調理が難しい食材として有名である。それの調理をすでにマスターしているコハクは料理でも天才と言うべきだろう。
「大丈夫だよ! その人が書いたお料理本だって貰ったし、何回か泊まったところでお料理の手伝いしたから! 」
「あら、じゃあ手伝ってくれるの? 」
「うん! お料理だってママと一緒にやりたいもん! そうと決まれば急いでお買い物に行こう! まずはお肉屋さん!! 」
穢れのない笑顔で応えるコハク。母はやれやれとコハクにアドバイスをする。
「それはいいけどコハク、パジャマで出かけるの? 」
「あ」
「着替えてから行きましょ。ママも着替えてお買い物の準備してくるからね。そうそう、コハクが帰ってくることを見越して新しい服を用意しておいたから、押し入れの中に入ってる服の中から選んでね」
「ホント!? 着替えなきゃ!! 」
コハクも女の子である。そのため新しい服などにもそれなりに興味がある。コハクはコハクの母が部屋を出る前に杖をしまってパジャマのジャケットを脱ぎはじめ、すでに上半身は肌着になっている。まだ胸のふくらみも見られないせいか、パジャマのズボンを脱ごうとして屈むとコハクの母からは乳首が丸見えである。しかしコハクの母はコハクの乳首がごくごくわずかながら大きくなって成長したなぁとしみじみ。女性同士で親子であるため問題はないのだが、コハクの母はよくロリコンどもに襲われなかったなとも思った。
「じゃぁいい子にしててね。ママも準備してくるわ」
「はーい! 」
コハクの母はコハクの部屋を出て扉を閉め、扉を背にして少し厄介なことになってしまったと表情を険しくした。
「プロト・イビルホーン、いや、『きらきら星』……想像以上の代物ね…。わが子ながらとんでもないものを作ったわね……。さすがはあの人……『流星の魔術師』と私の子ども……。コハクと一緒にいたあの無名勇者とは大違い。記憶をいじる程度ならまだ問題はないみたいね。でも勇者を捕獲できない以上、今はあの無名勇者を素材にするしかない……。新しい技術の練習台と言えば聞こえはいいけど無名勇者じゃ結果はよくわからないし……。彼以上に凄腕の素材はもう手に入らないのかしら……」
独り言を呟いているとどこからか連絡が来て、耳元に魔法陣を展開して対応した。
「はい、フマルよ。…………そう。引き続き牢屋に入れておいて、こっちは目覚めたわ。母親としての役割を果たすところだから、そっちの世話はお願いね。『流星之魔術師』の二の舞にならないようにだけ気を付けて。それじゃ。」
連絡を切り、ふぅっと一息つくと背にしていた扉からコハクの声が聞こえる。
「『コール、サモン、買い物セット』」
コハクの母『フマル』は魔法陣を頭上に展開させて、魔法陣を降ろして頭から全身を通すことで出かける準備を終わらせた。そしてノックをしてからコハクの部屋にもう一度入ると、コハクが半泣き半ケツ状態で果実のようなみずみずしいおしりをフマルに向けた状態になっていた。
「ママ……どうしよう、パンツが入らない……」
「『ちゃおっす!くまじろう!』のパンツで一番大きかったのがそれなんだけど」
「旅のせいで筋肉着いちゃった……明日からのパンツはどうしよう、今までのパンツは結構ボロボロなんだけどどうしよう……」
「成長の証よ」
コハクはお気に入りのキャラクターがおしりにプリントされたお子様パンツが入らなくなったことを嘆き、半泣き半ケツ状態のまま先ほどまで履いていた少し黄ばんだ『ちゃおっす!くまじろう!』のパンツをフマルに差し出すが、フマルはコハクの母としてどうすることもできなかった。
コハクちゃん一年ぶりの帰宅です。小学2年生の女の子が一年間ひとりきりで旅をするとなるとかなり大変だったと思います。ちゃおっす!くまじろう!はどう見ても某虎さんよろしくあの幼児向け教材が元ネタです。特に意味はありません。




