花の国 ②花の国と魔王
「さて、みなが落ち着いたところでようやく紅茶が飲めるのぅ」
おじいさんが場を収めて紅茶を入れ始めたことで、3人はこの部屋でティータイムを始めた。男の装備がまだ乾かないので布団に包まっている。やはり布団の下には服はない。男はおじいさんが持ってきた紅茶とお茶菓子を頬張りながらこの国の情勢など聞きたいことを質問し始めていた。
「ワシがこの城の執事長のベンゼンじゃ。勇者さんや、すまんのぅ。いや、『雷帝丸』じゃったか? 」
「雷帝丸言うな! 俺はそのキラキラネームは嫌いなんだ。俺の名前は『サンダーボルト』通称『さっちゃん』ってことにしてんだ! 」
「さっちゃんって、プクク…勇者じゃなくて幼女じゃん……クスクス」
姫は笑いをこらえている。勇者もとい雷帝丸は眉を引くつかせつつ、時間が経ってぬるくなった紅茶でお茶菓子を流し込んで質問した。
「ぷはぁ~っ! 美味いなこの紅茶にお菓子、いいヤツでしょ? ……まぁそれよりも、辺境の村の近くにいる俺をわざわざ呼んだのはあんたなのか? 」
「そうじゃ、そして行き倒れになっていたお前さんをここに運んだのもワシじゃ。ワシはこの一大事にお前さんの力が借りたかったんじゃ」
「じぃや、この男に何ができるのですか? 」
姫は不服な顔をしながら紅茶を飲む。一口飲むとさらに不満げになるが、それはたぶん紅茶が少し冷めてしまったからであろうと雷帝丸はどうでもよいことを考える。雷帝丸は姫のこの一連の動作を完全に無視して紅茶とお茶菓子をおかわりした。
「今この国、特に城近辺の地域一体は魔王の魔力の実験で大雪に見舞われることになったのじゃ」
「実験? じゃあこの雪は人災のようなものなのか…。というか魔王なんて急に出てくる輩じゃないだろう?魔王になりかけのヤツは予め危険人物として討伐するなり投獄するなりして魔王にならないようにするのが普通だろうに」
口をしゃべることと食べることの両方に使っている雷帝丸はかなり口の動きが速かった。この菓子やっぱうまい、と絶賛しつつ、二人の話を聞いていた。
「確かに魔王は魔王になる前の人物を確保したりするのが普通じゃが、極々稀にいきなり魔王として世の中に影響を及ぼす者がいる。そういう魔王はもれなく強いのじゃ。支配力というか、簡単に言えば暴力じゃろうか? とにかく今回の魔王は異常に強い魔王じゃ。この大雪も魔王になりたての魔王が放った氷や吹雪の魔術『ブリザード』じゃろう。試し打ちしただけでこの威力じゃどうにも手出ししにくい」
「だから言ったでしょ、何とかしないといけないの」
「協力者として魔女も多く関わっているらしいんじゃ。魔女は魔力の扱いに関してのエキスパートでもあるから魔王の莫大な魔力の使い道を示すものとして古来よりあらゆる形で協力したりさせられたりしているのじゃ。差し詰め魔術の使い方を教えて試し打ちをしたら暴発したとかじゃろう」
「魔女がどんなのかはなんとなく知っている。魔女は魔術師だったヤツが魔法を悪用しすぎた、もしくは洗脳されたかで悪事を働く集団で、魔王とかに手を貸すヤツらだろ?だがな、生憎俺は魔王討伐にも魔女狩りにも行けるほどの実力はない。自宅の警備が限界なくらいだ。それでも俺を頼ったのはなんでだ?ブルーミアなら優秀な勇者くらいいるだろう」
「……」
姫とベンゼンが暗い顔をする。二人は一瞬引きつった顔をした気もするが雷帝丸は無視して紅茶とお茶菓子を平らげた。
「……じつはもう何度も勇者を中心とした討伐隊を向かわせたのじゃ。しかもそれは半年ほど前からやっていることで城の警備もスカスカになるほどに援軍も送り込んだのじゃが、生還したものはいない」
「ウソだろ…ブルーミアの国王や王妃は何か別の対策はしなかったのか? 」
「勇者以外にも多くの人材を募集、投入したのじゃ。勇者のパーティはもちろん魔術師だったりいろいろじゃ。しかし今から2週間前、最後の援軍を送るときに元勇者である国王と国王様に勇者時代からシスターとして仕えていた王妃は援軍とともに出陣してしまったのじゃ」
「花の国はかつての魔王を討伐した後の土地に建国した国だし、この城も魔王城を改修して利用してるの。ちなみに花は平和の象徴としての意味合いと土地との相性を考えて育てることになったみたいなのよ」
花の国には30年前まで魔王に支配されていた地域である。当時の花の国は灼熱地獄のような環境だったが、当時勇者だった国王などが魔王討伐を成し遂げた。それまでに燃えた動植物が肥料となり、もう二度とこの地を地獄にしないという誓いと平和の意味を込めて花を育て始めた経緯がある。
「そういやそんなことがあったらしいな。俺の実家も花屋だし」
「雷帝丸殿はなぜ勇者に? 」
「さっちゃんな。花は作ってもほとんど食えないから、それが嫌で果樹園の勉強を始めたら勘当されたんだ…10年くらい前、ちょうど姫さんの歳くらいの時の話かな」
「アテがないから一人で戦っているのじゃな…」
「だから自宅を守るのが限界なのね」
二人はやはり引きつった顔をしていた。しかし雷帝丸はそんなことは気にしなかった。花の国では魔王討伐後に食料不足のため野菜や果物、家畜なども育てている地域はあったがやはり花の生産が主流である。しかし、平和の象徴である花を作る農家は花を作ることそのものに情熱的であることが多い。そのため雷帝丸は花を作ることにやる気がないとみなされて家から追い出されてしまった。
「しかし国王も45歳を迎えられ、勇者としての現役を引退したにも関わらず、国の一大事として出向かれてからというものの…」
「国王も無茶するなぁ、この町の治安とかどうするんだよ」
「住民の大半はここからほど近い隣国、水の国の都市のひとつ『リュウスイ』に避難しておる。リュウスイならブルーミアほどよい土地がなくともよい水が豊富にあるからじゃな。それに最低限の警備くらいはできるように兵は残してある」
「それにここは元々治安のいい町だったから、こんな猛吹雪の中で悪事を働く人なんて魔王とその手下くらいしかいないと思うわ」
「ほえー、やっぱ都会は違うなー。リュウスイはブルーミアから見て西側か。隣国とはいえよく受け入れてくれたもんだな。あ、ちなみに俺のいた村というか世話になってた役所がここから東だからさらに西ってことだな」
雷帝丸は関心しつつも自分の元居た場所からどのあたりにリュウスイがあるのかを考えて発言した。
「あんたの話は知らないわよ自分語り勇者。水の国も少し被害を受けていて、漁業が主な産業なのに漁ができなくなった地域があるらしいからね。水の国は広いからリュウスイから海を跨いだ先にも領土があるけど、広すぎるが故に他の魔王にも侵略されている土地があるから兵はこっちに出せないらしいのよ。それでも魔王討伐の軍資金も結構な額を出してくれたし、こっち側の魔王に対する危機感はそれなりにあると思うわ」
連合軍とはいかなかったが水の国は花の国に対して友好的で魔王討伐に関して金銭面で援助しているようだ。
今現在雷帝丸さんがいるブルーミアから見て東に雷帝丸さんの住処、西にブルーミアの住民が避難したリュウスイがあります。
次回は多分冒険の準備をする回になります。