花の国 ①花の国の城
意外と世間は冷たい。ついでにこの辺は雪のせいで空気が冷たい。もともとは温暖だったこの『花の国』の首都『ブルーミア』は花の産地である。しかし今は初夏。もうすぐ夏を迎えようとしているのに今でも雪が降り積もり、花を育てることができない。しかも雪は積もり積もってブルーミアの町の建物を重みで潰してしまっている。もはや廃墟になりつつあるこの町に一人の男が訪れようとしていた。
「はー、はー……うぅ、この辺が花の国の首都って聞いたけどほんとにあってるのかなぁ? 一面きれいな雪景色、おまけに夜だから真っ暗なんだけど…」
吐息で手を温めてみるが、風に暖かさを奪われてしまった。がっかりして手を擦り合わせ摩擦で温めようとしなおすこの男、旅人のような、勇者のような、中途半端な恰好をしている。かぶっているフードを貫通して生えているアンテナのようなアホ毛以外は没個性的な顔立ちと体格の地味な男だ。フード付きコートの下には歪な皮と凹凸がひどい金属で加工された防具を身に纏い、大きな盾と少々短い剣をいつでも取り出せるようにコートの上から背に携えているが、剣と盾のどちらもボロボロだ。花の国辺境の村のエンブレムを左胸にあしらったコートのフードをかぶり直して顔に向かってくる雪を防いだ。しかしこの男、手がかじかみ、空腹であり体温が少しずつ低下している。すでに限界である。
「ここどこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!? 」
そんな男の叫びと意識は吹雪に飲み込まれた。
意外と世間は暖かい。体は布団で暖かい。冷たい雪に塗れていた男はその暖かさで目が覚めた。
「んぁ…」
男はゆっくり起き上がり布団に包まりながら回りの様子をうかがった。
「…今寝ていたのはソファー、近くにベッドがあるのに何でこっちにいるの……」
この男は言葉づかいが女々しい割に意外と図々しい。さらに自分のまわりを見ると、装備が近くの物干し竿に部屋干しされている。金属製の防具や武器はその近くにまとめて置いてある。
「俺は誰かに拾われたのか? 」
今になって男は自分が助けられたことに気が付いた。しかし住人がいない。窓の外は明るいが吹雪いているため出かけたとは考えにくい。男は布団に包まったままソファーから意図的に落ち、芋虫のように移動し始めた。実はこの男、室内でも寒いからということもあるが、布団の下は全裸である。そのため布団から出ることができず布団を身に纏うことしかできなかったのだ。装備はまだ濡れているため着ることができない。部屋を出ようと立ち上がり、布団の隙間から手を出した。ドアノブを手にかけたその時、ドアが開いた。目の前には少し幼さが残るも大人らしい体つきをした花柄のドレス姿の女性がティーセットをカートに乗せて運んでいた。
「……」
「……」
「…………」
「…あの、おじょ」
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!! 」
「え? あ、ちょ、ま」
「来ないで来ないで来ないで来ないでぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!! 」
女性はその辺に落ちていた木の棒で男に襲い掛かった。
「いだっいたい! 痛いから! いぎゃ!? 話をおうぶ!? 聞いてくださいって! いってぇ! やめれいたいいたい!! 」
「じぃやは何でこんなのを城に入れたの!? 信じらんない!! 」
「城!? 城にしてはずいぶん廃れてる気がするが何があったんだ!? というか痛いからいい加減やめてくれないかなあ! 布団の下は全裸だし! 」
「えっ…」
女性は明らかに顔が青ざめる。数十秒前までは外の雪のように白く、数秒前まではマグマのように赤い顔をしていたのに今は死人のように青白い。これほど表情を変える人も珍しいが、女性が手を止めたことで男は解放された。
「で、出て行って! 私はこの国の危機に向かわないといけないのにあなたのようなよそ者に邪魔されるわけにはいかないの! 」
女性は男に対してきつくあたる。
「出ていけといわれても装備はここにあるから全裸で雪原を彷徨うことになるのですが」
「あうぅ…じゃあ私が出ていくよ、城から」
「なんでだよ、部屋から出るだけでいいじゃん…というか国の危機ってこの大雪だろう? そのために俺があんたらから招集されたってのにこの仕打ちは……。確かに花の国が花を生産できないのは大事件なのはわかるが、自然災害相手にはどうすることもできないでしょ」
「私は一応この国の姫及び女王代理よ。15歳にしてこの国の運命を背負うことになっても、国の一大事でも私が何とかしないといけないの! 」
この女性、この花の国ブルーミアの姫である。しかし自然災害、今回は大雪でろくに外にも出られないのにたった一人で立ち向かおうというのか。いや、この男などは例外である。
「えーっと姫さん? 女王代理さん? どっちでもいいや、とにかく自然災害はどうすることもできないだろ…」
「いや、これは魔王の仕業じゃ」
「じぃや! 」
そう言って部屋に入ってきた比較的長い銀髪にスーツのおじいさん。クールな風貌で若い時はさぞかしイケメンだったであろう渋いカッコよさが顔や立ち姿から滲み出ている。おじいさんは廊下に置きっぱなしだった紅茶のカートと姫がカートに乗せ忘れたであろうお茶菓子を部屋に持ってきたようだ。