雪の森 ④狂暴で強靭な少女
日が傾き始めて数時間が経過した。道中にはコインが落ちていてちゃっかり拾うが、それでも昨日拾ったものと合わせて43ピアである。
「さっちゃん、さっちゃん…」
歩みを止めなかった雷帝丸、まだ体力があったものの、限界は近かった。半ば意識を失いつつある。日は落ち始めていた。そんな彼にもついに希望が見えた。
「ぁ…ぁ……」
開けた場所に出た。そこには特別大きな木があり、その途中にツリーハウスらしき建物が見えた。このツリーハウスこそがおばあさんの頼まれごとの目的地である。
しかし雷帝丸、ツリーハウスを目の前にしてすでに限界である。ここで眠ってしまった。
やっぱり世間は暖かい。毛布がかけられていた。冷たいのは雪だけで充分だ。体がポカポカする。しかし毛皮がない。先住民に盗まれたのか、風に飛ばされたのか、そんなことを考えながら目を覚ました雷帝丸は横になったまましばらく周りの様子を見ていた。少し離れたところに暖炉らしきものもあり、火が入れられている。すぐ横の座卓には空になった椀とマグカップがある。棚やキッチンなどの家具もあり、ある程度の期間なら生活できそうな空間である。外は真っ暗で少しずつ雪が降り始めている。あのまま倒れていたら死んでいたのではないかとぞっとした。
そして1メートルも離れていない距離に少女がいる。旅人だろうか?そのせいか姫より気品が感じられないが、姫より少し大人っぽい。少し華奢であり、肩に着かない程度の比較的短い髪だが後ろ髪の中央だけが3倍くらい長く、三つ編みをしている。旧世界のチャイナ服に似た青い胴着を着ていて、同じような服がいくつかその辺に散らかっている。
雷帝丸は何が起きているのかよく理解できなかった。しかし状況をできるだけ早く理解した。雷帝丸はかつて15歳にして家を追い出されたため村近辺の森で一人で生活しながら森の魔獣を退治して勇者の真似事をしていた。しかし彼には仲間がいなかった。パーティーが組めなかった。そんな雷帝丸にとっての念願のパーティーメンバーの候補である。
運が良ければこの少女をパーティーに組み込んで旅の途中であんなことやこんなことをぐへへと考えていた。この男、やはり図々しい。そして下衆である。先にこの少女に助けてもらったという考えよりもいかがわしい内容が思い浮かんでいる。脳内桃色の雷帝丸はその眠っている少女に向かって手を伸ばした。が、身体が動かない。よく見ると全身が痣だらけである。なんだか全身が痛いと思い始めた頃、グシャッ。雷帝丸の顔面になにかが強烈な勢いで、大きな音を立ててぶつかった。
「~~~~~~~!!! 」
雷帝丸は声をあげられなかった。鼻血が垂れ、顎が外れ、舌がのどを塞いだ。顔の下半分が砕けているような感覚がした。いや、砕けているかもしれない。幸い目は見える。素早く顔面の処置をするため顔に手を当てるが、全身が痛むことを忘れていて身体が思うように動かない。言葉にならないもがき声を荒げ、顔と身体の痛みに苦戦しながらも顔面に当たったものを確認しようとする。雷帝丸の顔面の右側には少女の左の拳があり、大量の鮮血が付いている。そう、雷帝丸の顔面を襲ったのは寝返りを打った際にたまたま顔に当たった左手だったのである。
「この子強すぎだろぉ!!? 」
そう叫ぶと少女が起きた。
「ふわぁ~…あれ? お、起きた、の? 」
顔が青ざめる。どこかの姫とそっくりな反応である。が、半そで短パンの少女はそれほど広くない部屋の片隅に一目散に逃げ、しゃがんで震えだした。
「ころされるころされるころされるころされるころされるころされるころされるころされるころされるころされる! 」
「まてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 」
一瞬にして修羅場なのかよくわからない空間が出来上がった。しかし、はたから見れば全裸の成人男性が未成年の少女に向かって襲い掛かっている図にしか見えない。これは雷帝丸が悪いと言われて投獄されても文句は言えない。少女は涙目になりながら震え、怯えている。
「い、いや、そんなことしないから! 全身が痛いんだ! なんか痣だらけなんだけど!? 」
「あ、あなたがあの辺で葉っぱ一枚で倒れてるのが悪いの! どこからどう見ても変態にしか見えない格好で倒れてるんじゃないわよ! 安心できないわよ! 履いてないんだから! 」
少女は外を指さしながら罵声を浴びせる。ここは雷帝丸が気を失う前に見たツリーハウスの内部のようだ。
「お前が助けてくれたのか? 」
「助けたけどそんな恰好の男は何するかわかんないじゃない。縄で縛っておとなしくしてもらおうとしたけど、縄なんてないから全身の骨を砕くくらいボコボコにすればさすがに変なことしないと思ったの! 」
「わぁ、痴漢対策カンペキじゃないですかやだー」
雷帝丸は青ざめながら自分がいかがわしいことで頭が桃色になったことを少し反省した。数日前までは装備がボコボコだったのに今は身体がボコボコになっている。雷帝丸は悲しくなるが命拾いしたことに関しては心底ほっとしていた。
「ちなみに、お前の名前は? ここどこ? どれくらい寝てたの? 」
雷帝丸は尋ねると少女は意外な答えが返ってきた。
「へ、変態には名前を教えられない……でもここは水の国が建てた訓練所でリュウスイからそんなに離れてないわ。で?あなたは、そうね……日が沈む少し前だから半日くらい寝たのかしら? 」
半日。今は夜明けらしい。そういえば外が少し明るくなっている。太陽は見えないがまぶしくなくてちょうどいい。つまり今はブルーミアの城を出て3日目の朝。しかしこの少女はこれほどにも強いのに訓練をしているようだ。水の国にも強い戦士がいた。そこで雷帝丸は鼻血をふき取りながら先ほどの反省を全く活かさない行動に出た。
「そうだ! こんなに強いなら俺のパーティーに入ってくれよ! 」
「嫌よ! なんでこんな変態と! しかもパーティーってことはあなた勇者なの!? 」
少女は驚く。無理もない。大雪の中で葉っぱ一枚で倒れていた男が勇者であるはずがない。そう思うのは当たり前である。
「あぁ、花の国から直々に頼まれてこの大雪を引き起こしている魔王の討伐をするために旅をしているんだ! 魔王の元にはブルーミアの情勢のせいで迂回しなくちゃいけないから仲間も探してるんだ」
「まさかあなたが雷帝丸!? 」
「お? 俺のこと知ってるのか? だが俺はサンダーボルト、さっちゃんと名乗ってる」
「名乗りはどうでもいい。まさかあなたがここに来るとは……昨日リュウスイから伝令が来てあなたのことを知ったのよ。ということはリュウスイからも何かしらの支援があるはずよね。なんであんな恰好だったのよ」
雷帝丸はことのいきさつを少女に話した。リュウスイからの支援は受けていないこと以外ほとんど信じてもらえなかった。変態の言うことはやはり信用しにくい。しかし少女は話を聞いた上でこう提案した。
「なるほどね……じゃあこのあと毎日昼に来る伝令にあなたのことを伝えるわ。そんな恰好だから信じてもらえないと思うけど、本当にあなたが勇者雷帝丸なら悪いようにはされないはずよ」
「本当か!? 助かるよ」
雷帝丸は助けてもらった。少女が親切であったことが決め手になった。
「あ、そうだ!俺、リュウスイに行く前におつかいを頼まれてな。人探しをしてるんだ」
「へー。なんて人なの? 」
「『シクロ』って名前の女格闘家を探している。かなり強いらしいんだが……」
「……そう、ですか」
少女はこっそりと棚に置いてあったメリケンサックをズボンの尻ポケットの奥深くにしまった。




