水の国 ⑭迸る音
シクロは攻撃されたことは分かったが、その時にはすでに遅かった。立ち上がろうとしても平衡感覚を失い、耳だけでなく鼻からも血が垂れてきて立ち上がることができない。
(なにこれ!!? 耳が! 頭が! 痛い!! 聞こえない!? 立てない!? すんごい吐きそう!? さっきまですんごいうるさかったのに!? )
「僕の能力は『自分が発した音を自在に変えることができる』能力だよ。この琴の音が聞こえれば、つまり音さえ聞こえればその音を増幅させて超音波で鼓膜ごと三半規管を壊せるんだ。僕が意図的に出した音じゃないと操作できないけれど、聞こえてしまえば僕の攻撃は届くけど……頭を脳みそから炸裂させたと思ったのに、何かしらの防御が働いた? とにかく次の策。時間が延びれば僕が不利になる。僕の秘密を見た恨み、いろんな人に怒られるけど死を持って償ってもらうよ」
冷静な中でも丁寧に解説をするが、それはシクロの耳が聴力を失ったと確信しているからである。その解説を聞かずとも身体の感覚だけでシクロは自分が何をされたのか理解する。
(すんごい痛い!!! たしか耳の鼓膜のさらに奥に平衡感覚を司る器官があるって聞いたことがある! 音も聞こえないし、地面にいるのに宙にいる感覚がするってことは音で耳を思いっきり壊されたってこと!!? どんな演奏したらそんな音がだせるのよ!!? でも魔本のおかげかあたしの能力のおかげかこの程度で済んだ! まだ何とかなる! )
先制攻撃をするつもりだったはずが先制攻撃されたのはシクロだった。シクロは音だけで攻撃されることは想定外だったため対策も何もしていないだけでなく、超音波によって脳にも多少の影響が出ているのかうまく話すこともできない。もがいているシクロに容赦なくケラがすぐに次の攻撃に移る。
「よし、いくよみんな」
今度は琴を丁寧に鳴らす。しかし音は小さすぎて森の囁きのようで、観客にもベンチにも聞こえない。
(今度は何をするつもりなの? 音が聞こえなくなった今、あたしに音でどうこうすることはできない…って思ったけどあたしが怯んだのって大きな音を出した時の衝撃波を出してきたからじゃない!? 音で攻撃できなくても音の副産物で攻撃できるんだ!! )
シクロは先ほどの攻撃で脳にも衝撃が走ったため何をされるのか即座に判断できない。攻撃方法が多いことを思い知らされてうかつに手出しできなくなる。それ以前にうまく立ち上がれなくなってしまったため何をするにもままならない。
「本当はこんな攻撃したくないんだけれど、本当の戦い方ができない以上は仕方ないんだ。ごめんねお姉さん。寝こみを襲ったクセに被害者ぶってた罰だよ」
ケラはそう呟くと木箱から何かが少しずつ溢れて、すぐにそれがブンブンと飛んでくる。
「魔虫“ビートビー”。音を頼りに行動するその性質を利用したんだ」
魔虫。それは魔獣の一種であり虫の類を指す。魔獣と同様に独自の進化を遂げて旧世界の虫よりも多様性に富み、生命活動可能な範囲が狭まってしまった現代の世界に適応するための生きる術をそれぞれ身に付けている。旧世界でも音に関する虫は多かったが、現代でも音を頼りにする魔虫はそう珍しくはない。
今回ケラが持ち出したのは“ビートビー”という旧世界の蜂が進化したの魔虫である。体長は旧世界のスズメバチ程度で、赤カブのような赤い身体と特有の猛毒で攻撃から他の魔虫の精神制御まで出来る万能な魔虫の一種。一匹いるだけでもかなり危険で巣の駆除などになると大掛かりな準備が必要になる。女王バチのフェロモンだけでなく、各個体が放つ音で確実に連携を取って大物を狩る狂暴な魔虫だが、女王バチを失ったビートビーは失った新たな女王バチが現れるまではフェロモンの代わりに音によるコミュニケーションを重視する傾向にある。獰猛な性格から飼育は不可能とされる危険な種類であるが、ケラはその性質を利用して自身から出る音を操作して女王バチの代わりの役割を担っているのだ。
(何か言ってるけれど何言ってるのかまっっっっっっっっっっっったくわからない!! でもなんか木箱から虫出てきた!! しかもアレ危険指定魔虫じゃない!!? ヤバいヤツじゃないの!!? )
シクロはやはりケラが何を言っているのか理解できていない。それでも次の攻撃をしてくることは明らかだった。
「僕、目立つのは苦手なんだ。だからゲリラライブのようにさっさと終わらせるよ」
(来た! でも…! )
琴の演奏をするが音はシクロだけでなく誰にも聞こえていない。それでもビートビーは音を頼りに命令を聞いているのかケラを攻撃する気配は一切ない。数匹のビートビーがケラの周囲を囲い、大勢のビートビーがシクロへの攻撃体勢を整えている。既に命令一つで攻撃可能であるようだ。
「僕のサウンドで飛び立て! ビートビー!! 」
ギュイぃぃンと音を放つとビートビーの群れがシクロに攻撃を仕掛ける。群れの大半がシクロに蜂特有の毒針を打ち込もうとブンブン飛びながら襲い掛かる。シクロは音が聞こえていないためなんとなくでしか行動が分からないが、自分の背後にどこかで見たことがある人型の何かを召喚して迎え撃つ。
「ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらぁ!!! 」
シクロ自身ではなく人型の何かが拳のラッシュでビートビーを一匹一匹撃墜する。猛毒の針に刺される前に撃墜出来ているが、それでもラッシュに負けない個体もいた。
「っ!! あがっががぅがっがが!!! 」
拳を掻い潜ったビートビーがシクロの背面や人型の何かの拳の届かない箇所に猛毒の針を打ち込んでくる。さらに毒針だけでなく発達した蜂特有の強靭な顎で噛みつく攻撃もしてくるため肉が千切れて血が垂れる。シクロもビートビーを撃墜し続けるが、ビートビーは仲間の死をもろともせずに突撃し、自分の死すらも厭わない。シクロはそんなビートビーの猛攻に耐えきれずに人型の何かを召喚できなくなってしまった。




