雪の森 ③行商人のおばあさんからのおつかい
「はぁ、はぁ……雷帝丸じゃない、さっちゃん、だ…」
雷帝丸は自我を保つためなのか、自分が自分であることを言い聞かせながらあてもなく歩き続けている。日が傾き始めている。雪は今日一日降っていないが、やはり寒い。ほどんど全裸で雪が積もる森を彷徨うその姿、まさに変態である。この姿を晒してブルーミアの城に戻れば姫が怒るに違いない。せっかく装備を整えてもらったベンゼンにも顔向けできない。そこはさすがに図々しくなれない雷帝丸、度を超えた図々しさは厄介である。
手元には先ほど見つけた5ピア硬貨と新たに見つけた10ピア硬貨がある。道中で見つけた木の皮を材料にポーチを作り、その中にコインを入れている。きっと今はおやつの時間。あと5ピアを集めて駄菓子を2つ買うか、このまま10ピアで駄菓子を1つ買うかを悩むが、そもそも駄菓子屋が奥まった雪の森の中にはない。そのことに気が付いたのは日が沈みかけていた夕方である。さらい言うなればなぜその木の皮でパンツを作らなかったのか、葉っぱで股間を隠さなかったのか、気が付いたのもそのころであった。
「くそ、駄菓子すら買えないなんて……なんで俺全裸なんだよ。なんで15ピアしかないんだよ。もう無理……」
そんな雷帝丸の前にうっすらと光が見えた。あれはおそらくリュウスイの町の明りだろう。しかし、そこにたどり着くにはもう体力がない。だが幸いなことにすぐそばに洞窟を見つけた。昨日のものとは異なり、人工的に掘られたような洞窟だった。
「また洞窟か……」
そうは言いながらも雷帝丸は人の手で掘られたであろう洞窟で一晩を過ごすことにした。するとすでに先客がいた。
「だれかね? 変態かい? 」
そう語り掛けたのは大荷物を抱えた行商人のおばさんだ。どちらかというとおばあさんに近いくらいの年齢に見える。焚火で暖を取りつつなにかを煮込んでいた。そんなおばあさんはこの雪の森の中にいる変態にやさしく語り掛けた。
「た、たすけて……」
雷帝丸はおばあさんの売り物の食料と毛皮をもらい、身体を休めた。雷帝丸は自分がどのような人物か、なぜこのようなことになったのかを話したところ、以外な話を聞けた。
「そうかいそうかい。それでも勇者だったのかい。あたしゃこの森近辺で何日か泊まり込みで売り物を探して町で売っているんじゃ。そうかいそうかい、そういうことなら森に住む者の仕業じゃな」
「この森に人が住んでるのか!? 」
雷帝丸は焚火で温めた煮物をおかわりしつつ、この森についての情報を得ていた。おばあさんはうむ、と頷いた。
「洞窟にいたのに外に投げ出されたってことはお主が先住民に相当嫌われていたからじゃな。この商売を始めて60年じゃが、あたしゃもよく若い時によくやられてのぉ、予備の道具ごと盗まれた時もあったから大変じゃった。人がいないから全裸で歩いていたこともあったのじゃが、男の集団に出くわした時にはどうしようかと思ったものじゃ」
おばあさんはそんなことを語るが、雷帝丸は苦笑いをして受け流す。
「とにかく、この森には先住民がいると伝えられているが見つかったことはなく、この地で夜を明かすと身ぐるみはがされていることがあるのじゃ」
「何か対策はあるのか? 」
「歳をとることじゃ。若いもんがよく狙われる。持ち物が高価なものだとかそういったことは関係ないようじゃ。あとは複数人いるときは誰かが起きていると盗まれなくなるのじゃ」
「俺じゃ何もできねーじゃねーか」
「大昔から言われていても見つからないほどの隠密行動じゃ。騒がしいものが苦手かもしれんのぉ」
おばあさんは先住民の弱点になるかもしれない情報を伝えながらも、今の雷帝丸にとって痛いところを突いてきた。
「ところで勇者さんや、これの代金は?飯と毛皮の」
「……全財産でもいい?15ピアしかないけど」
おばあさんはやっぱりと言わなくてもわかるほどに大きなため息をついた。そこである条件を出してきた。
「そうかいそうかい、仕方ないのぉ。じゃあ少し手伝ってほしいことがあるんじゃ。それをこなしてくれたらチャラにしようかのぅ」
おばあさんはまさかの提案をしてくる。ほとんど何も持っていない雷帝丸にとっては肉体労働で返す方がむしろ楽なのである。
「助かる! そのおつかいは何だ? 快く受けるぜ! 」
「金が無いお前さんが喜々として受け入れるでないわい…。それで、人探しをしてもらいたくてのぉ。『シクロ』という女格闘家じゃ」
「女格闘家? 」
「そう。水の国の戦士の一人なのじゃが、いろいろ問題のあるヤツでのぉ。国に莫大な借金をしているのじゃが、そいつを探して支払いをするように説得してほしいのじゃ。ここから水の国に行く途中の道から少し外れたところのツリーハウスを一時的に拠点にしているそうなのじゃが見つからなくてのぉ。あたしゃも一度立ち寄ったのじゃが、昼間はどこかに出かけているようじゃ。…というわけで頼むのぉ」
今日も雪が降っていない。むしろ晴れている。おばあさんには礼を言って別れた。おばあさんは一度品物を売るためにこの森を離れるので、数日後にそのツリーハウスで落ち合うことになった。雷帝丸は毛皮を纏ってリュウスイに行く前に森の中のとある場所に向かった。雷帝丸はもらった毛皮の下は相変わらず葉っぱ一枚だ。やはり寒い。
「はぁ、はぁ……雷帝丸じゃない、さっちゃん、だ…」
前日と同じように自我を保ちながら歩いている。前日の夕方に見かけた光とは離れるが、そちらにおばあさんの頼まれごとを達成するために向かっていた。しかし今は日が傾き始めている。おばあさんと別れたのは朝のことである。すぐ近くにその場所があり、ある人物を説得してほしいと頼まれている。おばあさんはリュウスイに向かい今回の収穫を売った後でその目的地に向かってくるという。それまでに説得してくるのが雷帝丸の役割である。だが
「まよった……」
すぐ近くにあるにも関わらず見つからない。ただ、昨日とは違い探索範囲は限られている。体力はもう少し持ちそうだ。それでも雷帝丸は連日に及ぶ雪道の探索でやはり体力がない。魔獣に出会わないのが幸いだが、彼は勇者にしては丸腰で貧弱なのは変わりない。日が傾き始めている今、一刻も早く目的地に到達しなければならない。雷帝丸は歩みを止めることはなかった。




