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アラセナ陥落

 その男はウルム峠からアラセナに駆け下る光の河を眺めていた。

その中肉中背で鍛え抜かれた壮年の戦士の頬には特徴的な古傷が走る、髪は短く切り揃えられ灰色がかった髪の色と薄い青い瞳がこの暗がりの中であっても印象的だった。

(マト)う装備も実用的でありながら高価な物で4人の護衛に守られている。

この男こそクラスタ家の当主のブラス=デラ=クエスタで、ベルサーレ、ミゲル、セリアの三人の子供の父親だった。


すでに和平会談会場周辺の残党狩りも終わり、忙しく動き回るのはクエスタとエステーベの兵だけとなっていた。


そこに一人の青年が駆け寄ってくる、装備からも一廉(ヒトカド)の身分の者と思われた、がっしりとした長身で薄いブラウンの髪と濃い緑の瞳をした、20代なかばの精悍な若者だ、どことなくアマンダに似た眼差しの青年だった。

彼こそエミリオ=エステーベ、エステーベ家の長子でアマンダとカルメラの兄にあたる、そしてこの奇襲部隊のエステーベ家の部隊を率いていた。


「ブラス殿!!セルディオ、オレノ、ジョスを討ち取った事を確認できました」

ブラスと呼びかけられたその壮年の男は声のした方を振り返った。

「エミリオか、そうかこれで奴らの頭は潰したな、あとはアラセナ城か」

「何が起きたか知れば、城から退去するのではありませんか?」

「ああ、おとなしく逃げてくれれば良いがな、あの城は100名そこらで守るには大きすぎる」

ブラスは夜の闇に溶け込む様に佇むアラセナ城の塔の影を見つめた。

会場から逃げ出した使用人達からアラセナ城にもここの異変は知らされているだろう。


和平会談に先立って作成された参加者リストから戦果の確認が進められていた、報告では和平会談の会場から数人程脱出に成功していた、だがその中に幹部クラスの者はいない。

逃げた者達からここでの異変が各地に伝わるだろうがそれに任せるつもりは無かった、すでに誇張された流言を流し始めている、丸一日あればアラセナ全土に広がるだろう。


頭を失った傭兵達が混乱して逃亡を図るなら都合が良かった、そうなれば復讐にかられた領民達の落ち武者狩りに合うだろう、彼らは領民に思われる善政を施しいていたわけではなかった。


「しかしすごい眺めですね」

「ああ本当だな、あの中にエリセオもいるのだろうな」

ブラスは再びウルム峠からアラセナ盆地に向って坂道を下る本隊の姿に目を転じた。


「では城の監視に戻ります」

「あれを見た以上、奴らが夜の闇に紛れて逃げだす可能性が高い、奴らが秩序だって落ちるなら無理をせずに追跡するに留めよ、無秩序に逃亡を図るなら狩り立てるんだ、魔術師以外は召し抱える価値はないと君の父上と決めた事だ」

エミリオは頷き配下の部隊に戻っていった。

頭を潰したとは言え今だに数では不利だ、更に城には留守役の指揮官が和平会談に参加せずに生き残っているはずだ。


そこにブラス配下の伝令が到着する。

「損害状況の報告をいたします!!負傷13名、そのうち重傷者3名、戦死者無し、使節団に随伴していた魔術師と医師が治療にあたっております」

護衛のなかから感嘆のため息が漏れたまさしく一方的な勝利だった。


装備、コンディションに圧倒的な差があり、そして三派閥の関係が最悪で連携が取れなかったのが大きい。

そして彼らの護衛達も料理を食べ酒を飲んでいた、会場に来るまでは万全の警戒態勢をとっていたが、和平会談が終わったと言う気の緩み、アラセナ領の中心地で他派閥以外に敵が居ないと言う思い込みから完全に油断していた。

その上に夜の暗闇を利用した奇襲攻撃を受けたのだ、喧嘩や他の傭兵隊長の裏切りと思い込み混乱し同士討ちまで起こしていた。

そのため対応が遅れたのだ。


そこにブラスに近づく人影が現れた、護衛達の間に緊張が走る。

「エミディオです、只今戻りました」

護衛達にあからさまに安堵が広がった。


「おおエミディオか!?」

その男は痩せ気味だが鍛え抜かれ、年齢は30代なかばの細面で端正などこか貴族的な容姿の男だった、もしこの場に傭兵隊長のセルディオ、オレノ、ジョスがいたならば、この男こそアマデオだと断言した事だろう。

「事後処理を終えました」

「ご苦労だった!!」



エミディオの後からオルビア王国使節団の一行約40人程が続いて現れた。

20人程いる重装備の護衛達の装備は返り血に塗れていた、彼らはオルビア王国使節団の護衛としてぎりぎりまで温存されていた、彼らの投入が最期の一撃になったのだ、そして敵に与えた心理的な影響もまた極めて大きい。

因みにここには居ないが使節団の魔術師が堂々と外部との連絡役まで果たしていた。


そこに王国使節団のオルビア王国宰相の名代である引退した老公爵が進み出てきた。

「御館様もどりました」

「マノロか無理をさせたな、貴族の真似事ができそうなのがお前しかいなかったからな」

「それでも無理があります、ボケ老人の真似をしてごまかしましたが寿命が縮む思いでした」

その場に笑いが起きる。

クラスタの引退した老執事をブラスは労った、ブラスの父の代からクラスタに仕えていた男だった。


ブラスは何か思いついたかのようにエミディオを側に呼ぶ。

「アラセナ城に使者をだしてくれ、セルディオ、オレノ、ジョスは死んだ、まもなく5000のオルビア軍が到着するとな、何も持ち出さずに落ちるなら追わないと、これをエミリオにも伝えてくれ」








アマンダは燃え盛る松明を二本両手で掲げながら長い山道を下っていく、前を進む先鋒隊の兵士達もそれぞれ燃え盛る松明を掲げ進んで行く。

アマンダが後ろを振り返ると後方の兵士達は背負子に槍を取り付け、両手に松明を掲げて山道を下って来る、その光景は壮観では現しきれない程の幻想的な光景だった、ウルム峠に至る蛇行する山道に松明の灯りが煌々と灯り列を成す、そして兵達が歩くのに合わせそれが揺らめく。

その後続の荷駄隊のロバを引く兵達もそれぞれ松明を掲げながら進む。


祭りなどで松明を掲げる事があるが、その数百倍もの数が集まっていた、兵士達の表情からも松明の行進の神秘的な光景に幻惑されている様子が伝わってくる。

その半面アラセナ盆地は黒い闇に沈んでいた、日が落ちたらさっさと寝るのが人々の生活の掟だった。

その漆黒のアラセナ盆地の遥か彼方に一箇所だけ光が灯る場所があった、その光が灯る場所こそ和平会談の会場でそこでアマンダの兄達が戦っているのだ。


「お兄様・・・」


突然後方から激しい歓声が上がった、それはしだいに波の様にこちらに向って伝わってくる。

その歓声はある言葉を叫んでいる。


「ブラス様達が勝利したぞ!!」

「勝ったぞーーー!!」

「勝った!!」


それは勝利の歓声だった、移動中の司令部に精霊通信が入ったに違いない。


アマンダも松明を持ったまま思わず飛び跳ねた、まるで少女に還った様に。

「やったわねーーーー!!」

そして二度三度と。

「やったーー!!」

「イエ~~イ!!」


側に居た徴募兵の農民達が目を見開いた、激しくバウンドするアマンダの豊かすぎる胸に目を奪われたのだ。

だがアマンダの怒りを買うのはあまりにも恐ろしいので必死に眼を逸す、兵達の全身に冷や汗が流れる。

そして歓呼の波は前衛に向かって伝わって行った。






意気上がるアラセナ攻略軍本隊に反して、アラセナ各地に駐屯する傭兵達は恐慌状態を起こしつつあった、正体不明の大軍が接近しつつあるのだ。


もともと僭称伯に雇われたセルディオの傭兵隊は1個連隊1800名の戦力だった、そこから小隊長以上が殲滅させられ指揮官は分隊長クラスしか残っていない惨状だった。


和平会談の会場近くに駐屯していた部隊には、三派閥の某が裏切った、オルビアの裏切りや陰謀の噂が乱れ飛んでいる、彼らは命令が届かない事から何か異常事態が起きている事を悟り始めていた、指揮官達が健全ならばあの光の河に気がつかないはずがない。

中にはオルビア軍ならば南から来るはずだと疑問を感じた者もいたが、否定したところでアレが消えるわけではないのだ。


そして和平会談の会場に送り出した偵察が帰ってこない、傭兵達は浮足立ち始めた、ある村では気の利いた分隊長が部下を取りまとめて撤退を考えた。

だが撤退するとしてどこへ?

東は論外としてオルビアの裏切りならば南も無い、ならばテレーゼ奥地の西しかなかった、身近な食糧を持ち速やかにここを離れる、逃げるなら早くて暗い内が良いと決断した。

それに同僚達も賛同すると彼らはそのまま村を放棄して一団となって西に脱出を開始した。


アラセナ東部の傭兵部隊は指揮官達がいるはずの和平会談の会場に向かって自発的に西に向って撤退を開始する者が現れた、命令違反だが命令を待っていては敵の大軍に補足されてしまうと判斷したのだ。

アラセナ東部を支配していたオレノの本拠地ではオレノ派の財産を敵に渡す前に持ち出そうとしたが仲間同士で争いが生じていた、そこに東から急速に一部隊が迫りつつ在ることを彼らは知らない。


アラセナ西部を占拠していたセルディオ、ジョスの派閥の部隊の中から、上官がいるはずの和平会談の会場に向かって独自の判断で集結しようとする者が現れた、だが彼らは西に逃亡する傭兵達と遭遇し戦意を失い一緒になって西に向って逃亡を開始する事になる。

もはやセルディオ、オレノ、ジョスの派閥同士で争う気力も残ってはいなかった。


だが彼らの様にある程度秩序を維持できるのは幸運だった、命令を守り持ち場の死守にこだわった者も少なからずいたのだ。

だが迫りくる大軍に怯え逃亡兵が続出しはじめた。

だが少数で逃亡する兵が生き延びる可能性は低い、ブラスは組織的に撤収する相手は監視するだけにとどめ、それ以外は狩り尽くすように命令を出した、だがブラスの部隊は数が少ない、むしろ復讐にはやった領民達に落ち武者狩りに合う可能性の方が高かった。


数ではほぼ互角、質ではクラスタとエステーべの連合軍を上回っていたはずの傭兵軍は、頭を潰されその体も戦わずして崩壊しようとしていた。



ブラスの元にエミリオの別動隊からの伝令が到着した。

「アルセナ城の守備隊が城を放棄し西に向かいました、その数約150程です、傭兵の家族と思われる者達が数百人程彼らの後をついていくようです、また城の使用人と思われる者達が多数城から脱出しようとしています」


「ご苦労だったな、こちらはこれから城を占領するエミリオに伝えてくれ」

伝令は再び足早に走りさっていく。


「さて馬達の元に戻るか、今晩は厩舎で休ませてやれそうだ」

ブラスを護る護衛達の表情も明るかった。


ブラスは夜の闇に溶け込む様に佇む空城になりつつあるアラセナ城の影を見た。

「これからが大仕事だ」


ブラスは一人小さく呟いた。






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