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光の河

 和平会談も無事終わりを告げ、和平を祝う祝宴が始まっていた。

日も沈み薄闇が広がり始めた会場を囲むように立てられた篝火に次々と火が灯されて行く、それが辺りを明るく照らし始めた。

会場の側に作られた臨時の厨房で料理人達が料理を次々と作りはじめていた。


会場には持ち場を離れられない者達を除いた三派閥の幹部達とその護衛がそれぞれ50名ずつ列席していたが、和平会談だけで三者間の不信感が消えるわけもなく、居心地悪気にそれぞれ仲間同士で固まっている。

会場にはオルビア王国使節団と会場で働く使用人を含めると250名に近い人数が集まっている。


会場の正面にオルビア王国使節団の為の貴賓席が設けられていたが、そこにはセルディオ、オレノ、ジョスの三名の席も設けられていた、だが三人とも居心地の悪いこと限りない。

オルビア王国の交渉人のアマデオはそんな彼らに気を使ったのか、それぞれ部下のもとに行き宴を楽しむ方向に誘導しようとしてくれた。

これには三者とも内心感謝した、オルビア王国名代も鷹揚なのか何も考えて居ないのかそれを受け入れてくれた、三人はそれぞれオルビア王国の名代とアマディオに礼を述べると部下たちの元に帰っていく。

酒も十二分に振る舞われているようで、歓声を上げ歌を歌い出す者まで現れた。


小者たちが料理や酒を忙しく運び篝火(カガリビ)に薪を継ぎ足していく。



居心地の悪い貴賓席から脱出したセルディオは清々したのか気心の知れた者達と酒と料理を楽しんでいる。

「ジョゼフ、お前は飲まないのか?酒は嫌いではないだろ?」

料理ばかり食べている腹心のジョゼフに尋ねた。

彼は苦笑いを浮かべて答える。

「飲みたいのですが、何か問題が起きたら対応しなければなりません」

そう言うとオレノやジョスの部下達が固まっている方向を顎で指し示した。


「まあな、そうだ良く食って置くことだ、貴族様になったら無礼講はできなくなるからな、ははは」

「ご配慮ありがとうございます、ご領主様」

半分ふざけてジョゼフが応じると他の仲間たちも大いに笑った。


その時の事だ突然セルディオの左手側から騒ぎが起きる、怒鳴り合う喚き声が聞こえてくる。


「喧嘩だー」

「おいやめんかー」


たしかに三陣営に分かれているとは言え、身内で喧嘩が起きないとも限らなかった、ジョゼフが渋々立ち上がるとセルディオを振り返った。

「馬鹿が喧嘩をはじめた様です、静めてきますよ」

「わかった」

ジョゼフは足早に騒ぎが起きた方向に向って行く、その後ろ姿は暗闇に直ぐに溶け込んで消えてしまった。


その時また騒ぎが起きた、どうやらオレノやジョスの部下達が固まっているその向こう側の様だった。

ジョゼフが呆れたように呟いた。

「奴らも始めたのか?それで貴族様が務まるのかアホどもめ!!」

自分を棚に上げてオレノやジョスを嘲った。


「裏切りだ!!」

「セルディオが裏切ったぞー」

看過し得ない叫びが上がり始めている。


料理人や使用人達が蜘蛛の子を散らすように逃げ散り始める。


思わずセルディオは立ち上がった、彼の部下達に緊張が走り慌てて剣を拾いセルディオを護るために円陣を組もうとする。

だがすでにジョスの配下とセルディオの配下が戦い始めている。

それだけでは無いオレノの部下とも戦いが始まっていた。


「おい!!何が起きているんだ?」

セルディオは何が起きているのか理解に苦しんだ。


「ジョスだ!!ジョスが裏切ったー」

そこに更に叫びがあがり、篝火に照らされてオレノとジョスの配下の間にも戦いが始まっているのが確認できる。

まさにそこは混沌の坩堝(ルツボ)と化そうとしていた。



視界の端でオルビア王国使節団がアマデオの誘導で名代を守りながら撤収しようとしている、セルディオの心に混乱と怒りと絶望が込み上げて来た、総てが台無しになろうとしているのだから。

だがなぜ俺が裏切ったと言われるのか?身に覚えが無い、その疑問が溶けぬままセルディオを護る円陣の端から絶叫が上がる。


部下の一人が槍で突かれて倒れ伏したところだった。

会場には剣の持ち込みだけが許されていたはずだ、誰かが約束を破り槍を持ち込んでいる。

それはオレノかジョスか?セルディオは裏切りに憤激した。

「卑怯者共め!!」


そこに謎の敵が無言のまま襲いかかってきた、見える限りでも数十人の完全武装の兵士達が襲いかかってきたのだ。

会場の周囲で炊かれた篝火のせいで、逆光で外側が良く見えなかった、敵の接近を見逃していたのだ。


セルディオ達は武器は剣のみで鎧も装着していない、その上宴会で酒を飲み体が思うように動かない、気が緩んでいたセルディオ達は敵に圧倒される。

槍が突きこまれその度に彼の部下達が次々と斃されていく。


セルディオも長らく傭兵隊長を努めていた男だ、謎の敵がエルニア風の防具で固め、彼らの武装から下馬した騎兵では無いかと即座に当たりをつけていた、だが今はそれを究明する余裕はない。


「貴様らいったい何者だ!?」

「そんなことより、今はお逃げください!!」

「ジョゼフはどこだ?」

セルディオはジョゼフはすでに生きていないとどこかで悟っていた。

「よし力ずくで抜けるぞ!!」


だがセルディオは把握していなかった、オレノもジョスも彼と同じ様な状況に陥っている事を。






「ジョス様、ここはお逃げください」

「メンゲレか、くそ!!そうするしかないか」

一人の剽悍な髭面の大男が部下に応じる。

「誰が裏切った?セルディオとオレノが組んだのではないだろうな?」

「いいえジョス様、敵の装備を良く御覧ください、あれは我々傭兵団の鎧ではありません、それもこれだけの数、あれはアラティアかエルニア風の様式ですぞ!!」

成り行きからセルディオとオレノの裏切りと思い込んでしまったのだ、先入観が彼の目を曇らせていた。


「だがこのありさまでは、とにかく脱出するぞ!!」

「血路をひらきましょう!!」

ジョス隊は指揮官を護るべく一団となって包囲を食い破り脱出を図ろうとしていた。







オレノの部下たちも指揮官を護り包囲を抜けるべく奮闘を続けていた、すでに同士討ちは終わっていたが、同士討ちで少なからず損害を出していたのだ、オレノはそれに苦渋の表情を浮べた。

だがそれも冷めやらぬ内に信じがたい状況に直面していた。

完全武装の謎の軍隊と肩を並べて、オルビア王国使節団の護衛までもが攻撃を加えてきたのだ。


その瞬間オレノの頭の中で総てのピースが組み上がった、オルビア王国は俺たちにアラセナの統治を任せる気など初めから無く、俺たちを排除するつもりだったと。


「オルビアの裏切りだー!!」

オレノの部下たちが絶叫する、オレノ隊は今まさに壊滅しようとしていた。


「おのれ!アマディオ!!オルビア!!地獄から永遠に呪ってやるぞーーーー!!!」

オレノは人とは思えぬ怨嗟の叫びを上げた。


その悲痛な叫びは戦闘の喧騒を抜けて良く響きわたった、そしてその場に居た全員に不思議と説得力のある結論として染みこんで行く。





その会場から少し離れた森の中、そこは森の炭焼小屋の近くだった、

そこに密偵アマデオが佇んでいる、オルビア王国使節団を放置してアマデオはここで何をやっているのだろうか?

そこに森の梢をかき分けジョゼフが現れた、セルディオの部下のジョゼフはこの状況で何をしているのだろうか?


「アマデオ殿、すべてうまく行きました」

「まだ終わってはいない、ささいな事だがやり残した事がある」

「はは、油断は禁物ですな、ところでエルニアの宰相様の名代の方は?」

「あの小屋の中におられる」

「あのようなみすぼらしい所に?」


遠くから戦いの喧騒が聞こえてくる、その喧騒の下で傭兵団の首脳達が滅びようとしていた。

そんな事など気にもせずアマデオの先導で炭焼小屋に向う。

「ジョゼフ殿、名代はすぐにエルニア軍と合流されるのだ、ここに長居はしない」


森の中が開けていてその真中に炭焼小屋がある、その扉の前に農民の様な風体の男が二人見張りをしていた。

アマデオは炭焼小屋の扉を叩いた。

「名代殿、ジョゼフ様をおつれしました」

ジョゼフはアマディオが自分を様呼ばわりした事に気づいていた。

やがて炭焼小屋の扉が内側から開かれ中からほのかな光が漏れ出す、ジョゼフはその光が己の豊かな未来を約束してくれる輝きの様に思えた。




それからしばらく後の事だった、森の中の炭焼小屋は激しく炎を吹き出しながら燃え上がっていた。








セルディオは僅かな部下とともに包囲を突破していた、和平会談の式場から脱出できた者が何人いるだろうか?

オレノ隊を壊滅させた敵に後ろから攻撃を加えられ一気に崩壊させられた。

会場に連れてきたのは配下の内の僅か50名にすぎない、だがセルディオにとって各部隊を率いる指揮官達と選りすぐりの精兵だった。

後ろからは追手の迫る気配がある、アラセナ城に向かいたいがそちらには敵が溢れていた、もはや彼と共にいるのは護衛の兵三名だけとなっていた。


指揮官に壊滅的な損害を受けたが、それでも兵の数だけならまだ500以上残っていた、それも経験豊富な熟練の傭兵達だった。


「セルディオ様どこへいかれるのですか?」

息を切らせた兵の一人が尋ねる、この男も僅かに負傷している。

「城に行きたいが近づけない、各村にいる兵を糾合すれば300にはなるはずだ」

セルディオはアラセナ城に150名、支配下の主だった村に残りの兵を駐屯させていた。


「・・・・・」

「どうした?」

護衛兵がだまったまま東を指さした。


それは遥か彼方のエドナ山塊の方角だった、セルディオもつられて東を見た。

そこに見えたのは長い長い光の河が黒ぐろと闇に沈むエドナ山塊の裾を流れ下って行く、無数の松明の灯りの流れだった。

そこはウルム峠のあたりだろうか、そこから数千数万の大軍がアラセナに攻め込んで来たように見えたのだ。


アラセナ全土で光の河に気づいた者が家族や村人にそれを告げる、多くのアラセアの民はこの光の幻想的なまでに美しくも不吉な光景に息を飲み恐怖した、解放者なのか新しい災禍なのかもわからないのだ。


アラセナ各地を支配する傭兵達もこの凄まじい光景を前にして呆然と立ち尽くしていた。

指揮官の多くは和平会談に望んで不在、気の利いたものは伝令を走らせる、だがこのとき彼らに命令を出せる者が消滅しているとまでは夢にも思うまい。


「も、もうだめだー!!!」

これがセルディオの護衛達の最期の気力を打ち砕いた、兵たちは叫びながら散り散りに逃げ去っていく。

「まて!!貴様らどこにいく!?」

だがすぐに兵たちの断末魔の叫びが上がる、追手がすぐ近くまで迫っていたのだ。


「そこに一人いるぞ!!」

「一人も逃がすな!!!」


セルディオは慌てふためき逃げ出した、この場を生き残ればまだ機会があると、彼の脳裏に美しいアラセナ城が鮮明に浮かび上がる、あのケチな僭称伯すらなれなかったアラセナ伯に俺はなる!!




「いや、まて?」


あの聞き覚えのある誰かのさけび、だれだっけか?

『アマディオ!!オルビア!!地獄から永遠に呪ってやる』

その叫びが脳内に響き渡った。


背中が熱い焼けるようだ・・


じゃあアラセナ伯は嘘だった?

アマデオだ・・あいつとオルビアに騙されたんだ?

あれ?いつのまにか剣がなくなってた、くそ体が重い、酒を飲みすぎた、くそ。


いきがくるしい・・あつい


「逃がすか!!!」


だれかの声がちかくでした、うるさい。


その瞬間セルディオの脇腹に更に熱く焼け付く感覚が生まれて広がった、脚がもつれて地面に倒れる。


あつ・・・


ふと顔を上げる、長い長い光の河が蛇行しながらエドナ山塊の裾を流れ下って行く、松明の灯りの流がまるで光の粒が坂を転がり下っていく様にも見えた。


ああ・・お星さまがころころ転がっていくよ・・・


それがセルディオが見た最期の光景だった。







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