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アラセナ和平会談

 薄曇りの陽射しの中エドナ山塊の険しい山道を騎兵の集団が進んでいく、その道は左手にアラセナ盆地を見下ろしてエルニアの南のグラビエ湖沼地帯からテレーゼのマルセナに抜ける裏街道だ。

騎兵の総数は110騎ほどで軽装の革鎧と取り回しの良い馬上槍で武装していた、道が狭いため騎兵は一列になって一筋に長く伸びている。


エルニアの内部に詳しい者が見たならば、騎兵はクエスタ家とエステーべ家の手勢であると見分ける事ができたであろう。


騎兵集団の中心にクエスタ家の当主のブラスの姿が見える、そのとなりにエステーべの長子エミリオ=エステーベの姿があった。

騎兵はクエスタから約75騎エステーべから約35騎が加わっていた、この数の差は領地と家臣団の規模の差だがこれが動かせる騎馬の限界だった。


やがてクラスタの先導隊が邪魔者を始末し待機している場所に至る、かれらは傭兵達の哨戒部隊を待ち伏せして奇襲し始末したのだ、傭兵達の見張りの場所も巡回時刻も総て調べ尽くされていた。


そこでブラスは小休止の号令を発した。






エルニアの南方に広がる広大なクラビエ湖沼地帯、エドナ山塊から流れ出る川が湖と沼と湿地と森の複雑な地景を生み出していた、この地域はクライルズ王国との緩衝中立地域になっており自由開拓民の村が点在している。

ある自由開拓村の一番大きな館がエステーべ家の館になっていた、その一室はいかにも魔術師らしい怪しげな器具類と書籍に埋め尽くされている。

その部屋の窓から黒地に星と月の模様が黄色い糸で織り込まれた星占い師じみた魔術師の衣装を身をまとった少女が外を眺めていた、彼女は小柄で色白で燃えるような赤毛、可愛らしい丸顔で、柔らかい緑色の瞳と僅かに垂れ気味の愛嬌のある目をしていた。


「お父様達も出たわね後はご武運をお祈りするしかないかしら」

カルメラはそっと呟いた。


クラビエ北部の自由開拓村の幾つかはクエスタやエステーべの後援で切り開かれた村で、隠し領地の役割を果たしていたそれが今の彼らの命脈を繋いでいる。

その開拓村から西に向って軍が動き始めていた、館の前を荷馬車が何台も西に向って移動していく。


彼女はアラセナ旧伯爵領に潜入している密偵部隊との連絡役を果たしていた、それだけではないアウデンリートに潜入しているクラスタ家の密偵部隊との連絡役も担っているのだ。


しばらくはグラビエの留守部隊にいて連絡役を果さなければならないだろう。

カルメラは窓を閉めると机に戻り読書の続きを始めた、読書をしながら次の精霊通信の入信を待つ事にした。



村々から出た部隊は次第に合流を始めそれは1000名を越える数に達した、だがその多くがまともな防具も無く粗末な槍を持つだけで、背中の背負子に荷物を背負い込み、そこに松明を数本差し挟んでいた。

更に彼らの後ろから数多くのロバに牽かれた荷駄部隊が続々と続く。


彼らを動かしているのはクエスタとエステーべの家臣達で数人毎に小隊を造りそれを指揮していた。

兵の多くは自由開拓村の徴集兵達だった。


そのなかを進む数少ない騎馬の男が居た、彼こそエリセオ=エステーベその人でエステーベ家の当主だ、アマンダとカルメラの父親であり小太りで金髪で普段は鷹揚な人物だ、だが今はその表情をきつく引き締めている。

彼は動かせる騎馬はすべて息子に委ねこの大部隊の指揮をとるために老馬の鞍上で揺られていた。


エリセオは遥か西のエドナ山塊の黒い影を遠望した。






アラセナ旧伯爵領のほぼ中央に位置し、現在アラセナを三分割して支配する傭兵隊長達の勢力の接点に近い森で和平会談の会場の整備が進められていた、森といっても深い森では無く周囲は田園地帯だ。


セルディオは始めは自分の本拠のアラセナ城で和平会談を行うことを主張していた、アラセナ城はアラセナの中心地でありアラセナ伯の根拠地だったのだからそれにも一理ある、だが元部下のオレノやジョスはそれに強固に反対しこの場所に決まった経緯がある。


各陣営から同じ兵数を出して会談に臨む事になったのだ、お互いにお互いをまったく信用して居ないからだ、長い間同じ傭兵隊として闘っていたとはとても思えない。


和平会談は午後の三時から始まる予定だ、これにもセルディオは大いに不満を持っていた、オレノやジョスが各人の本拠地からここまで出てくる為にこの時間になってしまった。

アラセナ城が和平会談の場ならば、前日に城に宿泊できるので和平会談を早い時間に始める事ができただろう、和平会談の後に祝宴が始まるがこの計画では宴会が終わる頃には夜になってしまう。

その不満をセルディオはまたしょうこと無く繰り返す。


「祝宴の為に多くの篝火を用意する事になっていますセルディオ様、暗い中で篝火に照らされながらの宴も良いではありませんか」


腹心のジョゼフはそんなセルディオをなだめる、側近から貴族扱いされたセルディオはまんざらでもなさそうにニヤけるばかりだ。


そこに伝令がオレノとジョスが到着を伝えてきた、まもなく二人とその護衛部隊が到着するだろう。

セルディオは元部下と合うのは半年ぶりだ、オレノとジョスの二人が彼の元から離反していらい直接顔を合わせる事はなかった、セルディオの顔が二人と顔を合わせたく無い事をあからさまに現していて、ジョゼフは内心でこれでは領主など長くは務まらないなと内心で嘲ったが表には表さない。


そこにオルビア王国使節団からの使者がオルビア王国の宰相名代が城を出た事を伝えてきた。

にわかに周囲が慌ただしく成ってきた。


「セルディオ様、私はアマデオ殿と協力してオレノとジョスのお二人を誘導してきます、下手に顔を合わせるとろくな事にならないでしょう」

セルディオは舌打ちをした。

「たのむ、ここで争いになったらぶち壊しだ」

ジョゼフは会場の外に早足で去っていった、それはジョスの一行が来ると思われる方向だった。


そこにオレノの先触れが会場に到着する、それを知りセルディオの部下達に緊張が走る、半年前まで同じ傭兵団の顔見知りだったのだ、非常に気不味(キマズ)い空気がながれる。

セルディオもその先触れの顔に見覚えがあった、もっとも名前までは思い出せないが。


その男はセルディオに黙礼をすると。

「まもなくオレノ様が到着します、私はここの警備が約束通りのものか確認しにきました」

「ああ、わかっている、せいぜい良く見ておくんだな」

「ところでジョス殿は?」

「先ほど到着を触れてきた、すぐ来るはずだ」

「わかりました」

先触れは駆け去っていく。


「あの野郎名前も名乗らんのか!?」

セルディオは憤慨した、護衛達の何人かは、あの男はセルディオが自分の名前を知っていると思いこんでいたのではないか?

そう内心で推測していた。


続いてジョスの先触れが到着した、再びセルディオの部下達に緊張が走る、セルディオもやはりその先触れの顔に見覚えがあった。

「私はジョスの部下メンゲレと申します、失礼ながらここの警備を確認しにまいりました」

「思いだしたぞジョスの副官だったな、良く確認するがいい」

「おそれ入ります」

一礼するとメンゲレもまた会場の状況を確認すべくその場から足早に去って行く。



「いよいよだな、おれもご領主様だ」


セルディオは後ろを振りかえる、森の木々の上からアラセナ城の尖塔の先が頭を覗かせていた。

あの城がついに彼の物になるのだ、偽物ではなく本物の貴族になれるのだから。


セルディオの表情はどこか惚けた様に笑み崩れていた。








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