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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第三章 陰謀のハイネ
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道征く鬼火

 その夜は低く立ち込める雲で星も二つの月も見えない漆黒の夜だった。

ハイネの露天掘り炭鉱の墓地から約南西一キロ程の所に古い農家の廃墟がある、そこは富農の館の跡らしく醸造所の石組みの廃墟が残され、その廃墟を照らす正体不明の青白い光の下で数人の人影が(ウゴメ)いていた。


「全員集まったか?」

「確認を急げ」

「そちらは?」

「オットーもリザもいる」

「では行くぞ!!」


先頭に完全武装した男が4名、その後ろに魔術士らしきローブ姿の男女が続き、ロバに引かれた荷馬車が二台、その上に鎖で繋がれた奴隷が六名と黒い棺桶の様な箱が二つ乗せられていた、その荷馬車の更に後ろから武装した護衛が二名続いた、それは総勢16名ほどの集団だった。


「『道征く鬼火』あなたはピエール」


女性の叫びとともに青白い鬼火が宙に現れた、その鬼火が一行を照らす、その鬼火に先導されるように進んでいく。

それは何処か不思議な光景だった。


その光に照らされて新人募集隊の護衛の中にマティアスの姿もある、彼は先頭の四人の護衛の列に加わっていた、隊全体を指揮するのはマティアスと打ち合わせをしていたブルーノの側近の男だった。

その後ろから続くのは『死霊のダンス』の死霊術士のオットーとリザ、この二人がいなくては新人募集業は成り立たない。

その後ろの荷馬車の上で鎖に繋がれた死んだ目をした奴隷達が揺られている、彼らは逃げられない様に脚鎖に繋がれているせいで荷馬車で運ばれる手はずになっていた。


「素敵だわ色も艶もいいよピエール」


後ろからリズの声がする、マティアスはその声の主を思わず見返した、だが周囲の護衛は何事も無かった様に歩き続けている。

何かの聞き間違いか錯覚なのかと思い再び前に向き直った。


その童話じみた鬼火に先導される不思議な隊列は、街の灯りで薄く輝く夜空を背景に黒く佇むハイネ城市に向って進んでいく。







哀れな奴隷達が葬られたばかりの墓地の近くの林の中にルディ達は潜んでいた、だが盗掘者がくる予感はあるが確証は無い、死霊術の屍体使役は屍体の傷みが進む前に術を施す必要があるらしい、そんなアゼルの曖昧な知識だけが頼りだった。


「ベルよ我々を尾行している奴は見つからないのか?」

「僕には見つけられない・・・あっ!?墓地の番人が眠った?」

墓地には盗掘を警戒し寝ずの番が立てられていた、その二人の番人が突然崩れ落ちたのだ。


「不自然ですね魔術が行使されたようです、これは言い訳を作るために番人を立てているだけかもしれませんよ?」

本気で取り締まるつもりならば、魔術士の支援があれば対処できるはずだ、アゼルは形だけの警戒に過ぎないと判断した。


「墓地の反対側から何かくる!!」


暗闇の中でベルが南西の方角を指さす。


「何だと?たしかに何か明かりが見えるな」

「殿下どこですか?」

「あれだ」


「・・・わかりました、魔術の灯りのような光を確認しました」

「魔術の灯りなのか?思ったより早く来てくれて助かった、徹夜は避けたかったからな」

「ほんと」

ベルがうんざりした様に答える。


「あとは奴らがどこに行くか突き止めるだけだね」


ルディ達三人は露天掘り炭鉱近くの墓地の北東側の林の中に潜んでいた、だが幸運な事に盗掘団は墓地の反対側からやって来た。

ぞろぞろと人の列が続きロバが牽く荷馬車が続く、墓地に到達した隊列は直後にその姿がかき消えてしまった。


「見えなくなったけど気配を感じる」


「あれは下位の隠蔽魔術ですですね、眼で見えなく成っただけで術者は騙せません」

「近づいた方が良いと思うかアゼル?」

「いえこのままで十分でしょう、後は待つだけです」











「『名もなき未亡人のベール』貴女はロザリー」


キャラバンと護衛の一行はリズの隠蔽魔術の施術を待ち作業に取り掛かる、外部から内部にいる人の姿を消すだけの術だがかなりの有効範囲を誇る死靈術の隠蔽魔術の定番だった。


「なあ今のロザリーってなんだ?」

女魔術士の叫びを聞き咎めたマティアスがリズに尋ねる。


「術に名前を付ける事で制御しやすくなるのよ?」

「初耳だぜ」

マティアスが肩をすくめた。

リズがなにかブツブツと独り言を並べ始めた、マティアスは彼女から数歩距離をとる。


結界の出来を確認したオットーが手で合図を出した。


護衛達が奴隷たちを荷馬車から降ろし真新しい墓の側に誘導した、奴隷達は鎖を鳴らしながらのろのろと移動していく、護衛達は黒い棺と鍬を墓の側まで運ぶと奴隷たちに鍬を手渡した。


「さてやるぞ『死のささやかなる静寂』』オットーが詠唱を唱えると、これを合図に墓の発掘が始まった。


昼間埋葬された犯罪奴隷達の墓が掘り起こされていく、生きている奴隷たちが土を削る鍬の音だけが響き渡っていた、だがこの音も結界の外には届かない。


オットーと二人の護衛は墓地から離れて行く、直ぐにその姿が見えなくなった、彼らは結界の外を見張る役割があるのだ。


墓はそれほど深くは無かった、やがて布に巻かれた遺体が掘り起こされていく、奴隷達は棺もなく布で巻かれただけで葬られていた、酷いところだと穴にまとめて投げ込まれると言う、ここはまだマシな扱いなのだ。

その一部始終を青白い鬼火が冷ややかな光りで照らしていた。


やがて布に包まれた遺体が墓穴の外に引き揚げられる、二体並べられ遺体の布を奴隷達が広げていく、

遺体は死して一日とたっていないため痛みはまだないようだ。

マティアスは奴隷として死んで死後も使役される奴隷達に僅かながら憐憫(レンビン)の情を覚えた。


「処置を始めるよ」

リズが高らかに詠唱をとなえ始め最期に術式を完成させる。


「『止まれ腐朽の時』あなたはヘンリー」


リズは昼間の萎びた野菜の様な彼女とは別人の様に変わり生命力にあふれ生き生きとしていた、青白い鬼火の光が彼女に良く映えその目の輝きも強い、そして銀のモノクルが青白い光を反射した。


「彼女は何をしたんだい?」

今度はマティアスが隣りにいる護衛隊長に尋ねた。

「傷みを止めたのだ、その後で本格的な処置をする為にな、俺たちはあそこまで運ぶだけさ」


詠唱を終えたリズが地面に落ちた何かを拾い集め始める、奴隷達は遺体を運び黒い棺に入れ始めた、作業に慣れているのか指示されるまでもなく動く。

そして黒い棺を護衛達が荷馬車のところまで運びそれに乗せる。


マティアスは墓穴を見て護衛隊長に目線を流した。

それは『埋め直さなくていいのか?』と尋ねていた。


「気にするなめんどくさい、へへ」


全体を見回した護衛隊長が命令を発する。

「よし出発するぞ!!」


地面に落ちている何かを拾い集めていたリズが慌てて魔術の掛け直しを急いだ。

「『道征く鬼火』あなたはリチャード!!」


そして陰鬱(インウツ)でどこか奇妙な隊列は再び動き出した。







「動き出したな、我々も後をつけよう」

ベルを先頭にしてアゼルとルディと続く、ベルが目と耳の役割を果たしアゼルが支援しルディが後方の警戒とアゼルを護る役割だ。

遠くに見える鬼火のおかげで追跡は容易だった、無理に距離を詰める必要すらない。


「どこに行くのかな?」

ベルが誰ともなく疑問を投げた。


「ハイネの周辺の事はわかりませんね」

「ハイネの地図でも買うか」

ルディがふと独り言をつぶやく。


「それは名案ですが、地図は高いですよ殿下」

「安くて簡単な地図でいい、自分達で書き込むんだよ」

ベルは地図を買うことに賛成らしい、そのベルの意見にルディは僅かに感心した様な表情を浮かべる。


「ねえ、あいつらの人相とか見ておこうか?」

「私は死霊術に詳しくありません、どんな探知魔術があるのかわからないのです、彼らの目的地を探ることに専念すべきです」

「そうだなアゼルの意見に俺も賛成だ」

「わかった」


その不思議な隊列はハイネの郊外に向っていく、その先にはハイネを取り囲むように築かれて放棄された古い砦が有るのだ。

夜目の効くベルが黒ぐろとした夜の闇の中に一際黒い砦の影を見つけ指を指した。

だがその砦まではまだ距離がある。


鬼火に先導された隊列は小さな丘の上に立てられた砦に向っていく、だが丘を登っては行かない、丘の一片が切通になっていて、そこに小さな石組みで作られた城壁と城門が設けられていた。

そこに隊列は向っていくこの砦のある小さな丘自体が城になっているのだ。

そこは見かけより遥かに大規模な防衛施設になっていた。


王国時代には平野の大都市であるハイネの周囲にこのような砦が幾つも築かれた、砦を鉄床に見立てハイネから出撃する機動部隊で敵に打撃を加える、これがテレーゼの最終防衛戦略だった。

今はそれらは放棄されて久しい。


隊列はその麓の城門の前で止まりしばらく後から灯りが漏れる、護衛達が黒い棺を中に運びいれて行く。







「凄いね、ハイネからあまり離れていないところにこんな所があるなんて」

「墓地から一時間と少しですから、ハイネからせいぜい数キロ離れているだけですよ?」

「堂々としているな、ハイネの護衛隊が気がつかないはずあるまい?」

新人募集部隊を名の知れぬ砦まで追跡してきた三人は目の前の状況に呆れていた。


「ここを詳しく調べるのは後日だ、彼らが何処かに引き上げるなら奴らを追跡しよう」

ルディの提案にアゼルもベルも賛成だった。

やがて隊列は再びハイネに向って引き返し始めた、再び青白い鬼火に先導されて進む。




ハイネ近くに戻ると隊列は古い農家の跡に辿りつき停止した、そこで隊列は解散する。

護衛と荷馬車はそこから更に北にまっすぐ向かい魔術師二人は東に向う。


「じゃあ宿で会おうか」

「行ってくる」

護衛部隊の追跡はルディとアゼルが、魔術師の追跡はベルが担当する事になった。


ルディとアゼルはそこから北西に約数百メートル離れた大農園に隊列が入るところまで突き止めた、そこに大きな館と大きな倉庫の影を幾つか確認できた。

ここならば奴隷が数人いても不審には思われないだろう。


「殿下あれを、護衛が二名程分かれてハイネの方向に向っていますね」

怪しい隊列はその農場で更に別れた様だ。

「奴らがどこに向うか確認しようか」

「どうやらハイネに向うようです、あともう少しです頑張りましょう」




魔術師二人を尾行したベルはハイネの炭鉱街に再び戻っていた、夜もふけた新市街は人通りも絶え夜の店も徐々に店じまいを始めていた。


二人の魔術師はインチキ臭い雰囲気を漂わせた魔術道具屋に入っていった、店の前には堂々と占いや精力剤や惚れ薬や毛生え薬の宣伝の看板が出され、その店の名前も『精霊王の息吹』と言う大げさな名前だった。


ベルはその下品な看板になぜか魅了されていた。






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