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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第三章 陰謀のハイネ
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噂の街道の黒い大女

 「コステロ商会・セザール=バシュレ記念魔術研究所ですか?」

「うん、奴らはそこに入っていった」

「もしやアゼルが紹介される予定の研究所ではないか?」

「ほかにコステロ商会に関係のある魔術研究所があるのか知りませんが、可能性はありますね」


ベルに干渉してきた聖霊拳の上達者と魔術士二人、彼らがセザール=バシュレ記念魔術研究所に入るのを見届けた後、ふたたび魔法街の古書店に引き返してきた時、ルディとアゼルはすでに店から出てベルを待っていた。

三人はそのまま魔術街の狭い脇道に入ってそこで密談していたのだ。


「そろそろ宿に引き揚げるか」

「研究所は見学しないのですか?」

「危険を犯したくないな、人通りの多い昼間に見に行こう」

「なるほど解りました」



「僕は離れて周りを探るよ、警戒するのはもうあのテオだけじゃない」

ルディとアゼルは顔を見合せた。


「スマンなベル頼む・・・」

ベルはそのまま狭い真っ暗な路地の奥に走り去っていった。

「では帰ろうか」

アゼルはそれに頷いた。


二人は話しながら魔術街をハイネを東西を貫く大通に向かい歩き始める。

「もともとセザール=バシュレと接触する為にコステロ商会に接近しようとしていたのだ、予定通りと言えばそうだがな」

「ええ二人ともハイネ評議会の評議委員ですから接触のチャンスを作れるかと思いましたが、ここまで直接関係があるとは思いませんでした」

「話が巧すぎるとはおもわんか?」

「そうですね、ベルサーレ嬢がコステロから墓地の瘴気と同じ気配がしたと言ってましたね」

「ああ覚えているぞ、少し気になるな死靈術との関連を疑わせる不思議な話しだ」

「初めから深い関係があるのかもしれませんよ、これは頭の隅にいれておいた方がいいですね」

「ああ」


周囲を監視しているベルは今度は屋根の上には登らない、最小限の力を解放し裏路地を小走りに移動しながら、二人の周囲を周回しながら不審な動きをする気配を探す。

彼女は森から出てから繊細な力の制御ができるように進化していたのだ。


ルディとアゼルの二人は中央通りに出ると東に向かう、大通りで営業していた露天商はすでに店を仕舞い引き揚げ始めている。


ルディは歩きながら試しに周囲の気配を探って見る事にした、周囲の人を意識をしたり気をゆるめたり試行錯誤をしたがなかなかコツが掴めない。

「うむ」


アゼルが不審げにルディを見る。

「何かありましたか?」


中央広場のコステロ商会本館の建物を見ながらルディが呟いた。

「コステロはハイネから出かけていたな」

「昨日の話ですから、直ぐに戻らない可能性がありますね」

「奴らに教えた連絡先が『ハイネの野菊亭』なのだ、それまでは簡単には宿を変えられないぞ」

「たしかに面倒な事です、状況によっては宿を変えたくなるかもしれません」

「もう少し腰を落ち着けて調査しようと思ったのだが、ハイネにきて三日でこれだ」


ルディはかなり疲れた様な表情を浮かべていた、あまりにも多くの事が短い間に起きすぎていた。

その時大通の先をベルらしき使用人服の影が軽快に横切って行く、その疲れを知らないベルの姿を認めてルディの表情が僅かに綻んだ。


「やっとここまで来たか」

ハイネの野菊亭のある商店街の入口が見えてきたのだ。

「ところで墓地の見張りはしますか?」

「ああ、忘れていた」

「お疲れですか?」

「いや大丈夫だ体は平気なのだ、気分的に疲れただけだ、むしろお前の方が心配だぞアゼル」

「ご心配なく体力回復の術を使っていますから」



二人は宿のある商店街に入っていく、この商店街も店仕舞いを終え酒場だけが営業している、ハイネの野菊亭のドアを潜ると宿の店主が迎えてくれた。

「あんたらか、ずいぶん忙しそうだな」

「ああいろいろな」

二人は二階への階段を登り始めたが、店主は長い髪の少女が見当たらない事に気が付いた。

「そうだ、あのお嬢さんはどうしたんだい?」


階段の途中で振り返ったルディが店主に答えた。

「すぐ後から来るよ」


その後からくるはずのお嬢さまは宿の周囲を一周りしていた、不自然な場所でじっとしていたり、不審な動きをする気配を探す、だが自分達を尾行する目立つ人間の動きならばともかく、通行人に自然に溶け込んでいたり、家の中にいるような人間の気配まではなかなか見分けがつかない。

ベルはこの気配察知の力の限界も感じていた、これは森などの人が少い場所でその威力を発揮する。


ルディとアゼルの二人は魔術で防御された部屋に入る、この部屋には三人の重要な荷物が集められていた、昨日はこの部屋に体調不調のコッキーを一人で残した事が裏目に出たのだ。


腰を落ち着けた二人は思わずため息をつく。

「やれやれ今日も一日いろいろ有りすぎたな」

「ええ殿下」


「さて私は精霊通信を送ります」

その時階段を勢いよく駆け上がる足音が聞こえてきた、ルディにはその足音がベルと直ぐに判った。


「二人とも特に異常はなかった」

ドアを開け放ち飛び込んできたベルはドアを閉めるとさっそく報告した。


「お疲れさまですベルサーレ嬢」

「べル、夕食を取ろうか?」

「うん、疲れた」

「そうか、お前も疲れるのだな」

「なんだよ!?気持ちが疲れたんだよ」

ベルは少し口を尖らせた。


「すまんな、お前だけに負担をかけている」

「えっ!?ルディも慣れればいろいろ出来るようになるからさ」


「えーこちらもカルメラ嬢に連絡を入れました、下にいきませんか?」







宿屋の食堂は夕食の客も盛りを過ぎ徐々に人が減り始めていた、これから酒を楽しもうとする宿泊客と近くの住民達で賑わっている。

三人がテーブルにつくと、さっそくそこに榛色の髪をした長身の美少女のセシリアの元気いっぱいな声が届く。


「おかえりなさい!!」


昨日の遠慮気味だった彼女も普段の調子に戻っているようだ。


「お客さんゲーラから来たとか言ってなかったっけ?」

「おお、そうだが?」

ルディがそれに応じた。


「ねえ、注文!!」

ベルが少し不機嫌に割り込む。


「あっ!!ごめーん!ご注文は何にいたしますかっ!!」

ルディとアゼルがなぜかベルを注視する。


「なっ!?おすすめ定食だから!!」

「俺もおすすめ定食だ」

「私もおすすめ定食です」

「何だよ!?二人とも好きなの注文すればいいだろ?イジメじゃないか!!」


セシリアが大きな声で厨房に向って声をかける。


「注文はいりましたーー!!おすすめ定食三人前でーーーす!!!」


ベルは不貞腐れたような顔でルディを睨みつけている。

「お前をイジメているわけではない、ラーゼあたりまでは名物でも楽しもうかと思ったが、長旅が続くとな、次はどんな料理がでるのか楽しみたくなってきたのだ」

「町毎に料理もかわりますからね、むしろおすすめ料理を一通り味わってから、好みの料理を選ぶのも知恵だと思いますよ」

ベルはまだ納得してはいないようだ。




セシリアの踊る様に歩き去っていく魅力的な後ろ姿を見送り、ルディは声を落として話し始める。

「さて今晩あの墓地の監視をするか改めて意見を聞きたい、皆疲れているだろう?」

ルディはベルを見をやった、彼女は最近働きずくめだった、神隠し帰り故に体力の回復は早いのでその心配はしていなかった、だがそれ以外の疲れの予兆があるか見極めようとしていた。


「犯行現場に犯人が続けてくるかな?」

ベルの疑問はもっともだった。


「あの墓場が目を付けられているのは確かですね、ここの炭鉱町は流れ者が多い、奴隷の墓ならば監視も緩いです、そして抗議する遺族もいません」

アゼルの言うように屍体狙いの者達からすれば理想的な狩場という事になる、立地も露天掘り炭鉱の北西にあり市街地からも遠いのだ。


「わかったでは今晩やろう」

ベルとアゼルは無言で頷いた。



そこにセシリアの大きな声が響く。

「おまたせーー!おすすめ定食三人前でーーーす!ゆっくりとお召し上がりくださいねー!!」

ベルが声が大きすぎるだろうと言いたげに眉をひそめた。


そこでルディは厨房に引き上げようとするセシリアを呼び止める。

「セシリアさっきの話は何かな?」



「そうそう、リネインやゲーラから来た商人から面白い噂が広がっているらしいのよ、盗賊団がやっつけられた話なの」

「盗賊団だと・・・」

この三人にはその盗賊団のやっつけられた話には思い当たる事が有り過ぎた。


「ねえねえセシリア、それはどんな話?」

ベルの声からは何かを期待するような熱い興奮の色が隠せなかった。


「凄い話よ、リネインから来た三人の旅人が盗賊団をやっつけた話よ?」

「うんうん」


「その中に黒い大女がいてね、筋肉ムッキムキのバッキバキで、捕まっていた親子を両脇に抱えて走ったり、盗賊共を千切っては投げ千切っては投げ、最後に盗賊団をまとめて縛り上げて担いだそうよ、以上っ!!」

「・・・」

ベルの表情から期待と熱が急激に引いていくそして灰色の燃えカスだけが残っていた。


怪異を目撃した人々の話が常識によって筋肉ムッキムキのバッキバキの大女の武勇伝に変換されて行ったのだろう。

捕まっていた親子を両脇に抱えて走ったり、盗賊団をまとめて縛り上げて担ぐ女ならばそうなるのも自然な話だった。


そしてルディとアゼルの印象がまったくなかったのか、三人の旅人の話なのに黒い大女の話しかない、噂によくあるパターンだった。

「ベル?」

ルディが心配してベルの顔を覗き込み声をかけた。


「私もそんな凄い女の人なら見てみたいわー、世界の西の方に女性の剣闘士がいるそうよ、筋肉ムッキムキのバッキバキらしいわねっ!!」

そこにセシリアが悪意なく追い打ちをかける。


「吟遊詩人の目撃者がいれば、もう少しましな話になっていたのでしょうか?」

アゼルは少し憐れみを込めた目でベルを見やり、誰ともなく小さく呟いたのだ。


「あらお兄さんいい事言うわね、詩人がいたらもっと素敵なお話になっていたかもねー、あら?」

セシリアがアゼルを改めてまじまじと見つめる、そして彼女の顔がバラの花の様に火照るように赤く染まった。


「おーい何をしているセシリア、仕事をせんかー!!」

厨房から料理長の怒鳴り声が酒場に響き渡った。


「ひえっ!!あう!あ、後でまたーーー」


何が後かは不明だがセシリアは慌てて厨房に駆け戻っていった。






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