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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第三章 陰謀のハイネ
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聖霊拳には720の技がある

 ベルは新市街に向かって人通りの絶えた裏路地を走り抜けていた、だが追跡者の気配はない、速度を落とし狭い小路に折れる、そこから戦いのあった場所に急いで戻り始めた。


「なんだあいつら?」

思わず独り言をこぼす。


聖霊拳の上達者と正体不明で実力も不明な魔術師が二人もいた、ピッポの仲間ではなさそうだ。

少し前に遠くから鋭い精霊力を感じたがあれと関係があるのだろうか?


あの聖霊拳の老紳士はアマンダ以外に始めてあいまみえた幽界への通路を開いた聖霊拳の遣い手だ。

模擬戦では無い本物の戦いの余韻はいまだに冷めやらぬ、森に迷い込んだ盗賊団やたちの悪い猟師と闘った事は何度もあったが、あれほどの敵と闘ったのはグリンプフィエルの猟犬と戦った時以来だった。


ベルは聖霊拳の組技をアマンダからもっと学んで置けば良かったと後悔した、あれがあればどんな状況でも相手を拘束し無力化できるだろう、そしてかけられた時に対抗する方法も学べたはずだった。

それを先程の戦いから思い知った。



なぜか懐かしい思い出が甦ってきた、今のベルと同じぐらいの年頃の初々(ウイウイ)しいアマンダが、目を星の様に輝かせて精霊拳の組技の素晴らしさをベルに語りかけてきた。


「怖がらなくてもいいのよ、たしかに痛くなくては覚えないわ、でもそれは基礎を学んだ後の話、小さな子どもでも聖霊拳を学んでいるのよ」

アマンダは姉の様な存在だが少々愛情表現が濃すぎて少し鬱陶(ウットウ)しい時もある。

彼女は事ある毎にベルを聖霊拳の道に勧誘するのだが、ベルは妙に意地になってそれを拒んできた。

だがベルが知らぬ内に聖霊拳の基礎をしっかり学ばされている事に気づいていない。


あの時も結局一通りの組技をベルにかける成り行きになってしまった、アマンダが言うには組技の凄さがわかるはずらしい。


ベルは引き伸ばされたり、エビみたいに反らされたり、手足の関節を極められたり、体をぞうきんの様に拗じられた、ずいぶん手加減してくれているのは確かだがそれでもけっこう苦しい。

それにしてもアマンダは楽しそうだった、技の効用や使う状況や他の技との組み合わせなどを熱心に説明してくれるが、言葉が上ずるぐらいアマンダは興奮していた。

おかげでその説明がうまく頭に入らない。


360在ると言う聖霊拳の組技の中には奇妙な技もある。

ベルは最初その数に呆れたが、打撃技も360在るとアマンダが少し目をきょどらせて教えてくれた。

それでも100に整理しようと研究が進められているらしい。


その技はどこかノースサウス・ポジションに似たところがある技だった、アマンダが言うには足と太ももで相手の首と頭を固めて全身の力で肩から引抜くように締め上げる技と言う。

聖霊拳にはアマンダにもどんな状況で使うのか良くわからない技が幾つかあるらしい、ずいぶん後になってベルが話を聞いてみたところ、アマンダは少し慌てて最近解ったけど教える訳にはいかないと断られてしまった。


ベルはアマンダの足と太ももに首と頭を絡み取られ締め上げられて首を少しだけ引き伸ばされた、ただ目のやり場に困ったので目を瞑っていると。

アマンダが笑いを堪えながら聞いてきたのだ。

「なぜ目を瞑っているの?うふふ」

何だよこの技と抗議したかったのに、顎を太ももに抑え込まれて口が開かないのだ、アマンダが本気だったら死ぬなとあの時に思った。


「そうだ手や足や背も少し伸びた様な気がした・・・しばらく体が軽かったし」


そこで回想から還った。


あの大きな屋上のある建物が見えたのだ、力を一瞬だけ薄く引き伸ばし周囲に放つと建物の上に人の気配を三人ほど捕らえ素早く力を遮断する。

今あの三人はお互いに接近していたが何か話でもしているのだろうか?


ベルは力を滲み出るように体の中に満たし始めた、外部に漏れないように注意深くゆっくりと力を満たしていく。

非常時には一気に力を解放するがこうした器用な真似もできた、先日アマンダがベッドの上で静かに精霊力を体内に満たしていたのを参考にしたのだ。


ベルの目的は戦うことではない、彼らが何処に向かうのか、この未知の敵の情報を少しでも掴むことだった。

だが彼らが万が一古書店の方向に向かったら、場合によっては奇襲を仕掛けて魔術士の片方を潰そうと心に決めていた。








ベルと老紳士が死闘を繰り広げた石造りの建物の屋上に三人の男が集まっていた。


「キールの爺さん精霊力を使う剣士ってほんとうなのか?」

「ヨーナス君、まちがいありませんヨ!!」

老紳士はいつもの人をどこか馬鹿にしたような態度に戻っていた。

「しかしその恰好はなんだ?お前をそこまで追い詰める女がいるとはな」

バルタザールが感慨深げにボロボロになった老執事を改めて見直したのだ。


「恐るべき敵でした、所長が介入してこなければどうなった事やらわかりませんな」

「爺さん俺もいたじゃないか?」

老執事はヨーナスを空気のようにスルーした。


バルタザールが何かに気が付いた様に老執事との距離を詰める。

「まてよ!?例の話だ、気づくのが遅いわ、エッベの盗賊団を壊滅させた旅行者の話しだ!!その女が人工的に幽界への通路を開いた者なのかわかるか?」

「それははっきりとは言えません、聖霊拳との戦いに慣れていました、暗器を使ってきましたよ、剣技は優秀な教師にならった物ですね、それでいて勝つためには手段を選ばない」

老執事は肩を竦めて見せた。


「密偵か暗殺者なのか?人工的に幽界への通路を開けるなら、真っ先に利用される分野だぞ」

「私もそう思いますネ、そうでした聖霊拳の上達者が聖霊拳を捨てた可能性も忘れないでください」

「そんな事があるのか?キール」

「聖霊拳の長い歴史には存在します、聖霊拳の上達者は特別な地位や尊敬を集めますから余程の事がなければありえません」

「頭の隅にいれて置こう」


話の輪に入れないヨーナスがじれたように割り込んできた。

「所長、ここではなんですから一旦研究所に戻りましょう」

「ヨーナス君、たまには良いことを言いますネ」

そんなキールをヨーナスが睨みつけた。


バルタザールが何か詠唱を始めた、やがて触媒の反応する微かな臭いと共に力が放射されていく。

「先ほどと異変は無いようだが・・・引き上げるぞ!!」

魔術士達は詠唱を開始しその姿が夜の闇に溶けていく。


ベルは姿を消した彼らが精霊力を放射しながら北に移動して行くのを感じる事ができた、彼らは姿を消した上で魔術の力の補助で屋根の上を移動していく、ベルには煌々と明るい灯火が移動していく様にも見えたのだ。

先ほどは老紳士との戦いに注意を取られていた事と、周囲の濃い精霊力のせいで彼等に気が付かなかったに違いない。


「さて引き上げますか」

キールも屋根から屋根へと飛び移りながら引き上げ始めた。








その老紳士を遥か後ろから追いかける影があった、ハイネの夜の闇にベルの黒い小間使いの服が良く溶け込んでいた。


本当は屋根の上から距離を保ち追跡したかったが、先程の突き刺すような精霊力を思い出し下を進むことにする。

生命力を探知する網を張り巡らせたかったが相手は聖霊拳の上達者だ探知される危険がある。


聖霊拳の上達者は精霊力を体内で行使する専門家だ、ベルの様に周囲に力を直接放ち利用する事はできない。

それでもアマンダは視力の強化などに力を活用していた、極めて危険な相手である事は変わりは無い。

ちなみに魔術士達は力を術式を駆動させる為の燃料として利用している。


ベルは音もなく静かに路地を進んでいく。

彼女にはある予感があったのだ、遠くから見えた大きな三階建の建物に彼らが向かうのでは無いかと。

二人の魔術師が放つ精霊力の源も老紳士の先をあの建物に向って移動していくのだ。


たまに屋根の上に頭を出して老紳士の後ろ姿を確認した、ベルは暗闇でも目が良く効く、森の中で生活していたから夜目が効くと思い込んでいたが、最近になって無意識に視力を強化していた事に気が付いた。


やがて彼等は魔術学園の隣の大きな建物に入っていく。

「やっぱりあの建物だ」


その建物はまだ新しく赤い石材で建築されていた、中央広場のコステロ商会本館を思いださせる建材だ、その敷地は鉄製の柵に囲まれ正面のゲートに看板が掛けられている。


『コステロ商会・セザール=バシュレ記念魔術研究所』


それを読んだベルは絶句する。


そして密やかにその場を離れる、ルディ達との合流を急ぐ為に。






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