表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第三章 陰謀のハイネ
86/650

聖霊拳との戦い

 ベルは古書店の屋根の上でルディ達が出てくるのをそのまま待ち続けていた、ふと空を見上げるとすでに夜の闇が迫り星々が輝き始めている。

どうやら何か良い本が見つかったのか長くなりそうだと気長に待つ事にした。


ため息をつき屋根の上で仰向けになると軽く目を閉じて休む、それでも周囲に精霊力の網を張ることは怠らなかった。


しばし穏やかな時が過ぎ去っていった、だがそれは突然終わりを告げた。

ベルの警戒網に異変が生じたのだ、一人の人間がベルとほぼ同じ高さから接近してくる、それは屋根の上を進んでいる事を意味している。

ベルは眼を見開き力を消し腹ばいになってその方向を警戒した。



やがて夕闇の中を音もなく迫り来る人影を確認した、やがてベルの居る古書店の隣の屋根の上に一人の男の影が音もなく現れる、ベルとの距離は七~八メートル程だろうか、だがベルにとってはその距離は無いに等しい。


ベルは警戒しながら素早く立ち上がる。


その男は執事の制服に身を固めた痩身の男だった、年齢は五十代程に見えた、だが足どりも軽くその身のこなしはとても老人とは思えなかった。

細面で短く切りそろえた白髪まじりの黒髪と鋭い猛禽類(モウキンルイ)を思わせる目と白髪まじりの口髭を蓄え、その面影はどこかベルに似た所があった。

だがベルはその男の身のこなしから警戒をかつて無い程高めていた、その身のこなしには聖霊拳の修練を積んだ者独特の癖があったからだ。


「おやおや、お嬢さん私に気づいていたようですね?これは素晴らしい!!私の部下に採用したい」


それにベルは直ぐには答えない、面の前の老紳士が聖霊拳の使い手だとすると、アマンダのような幽界への道を開いた上達者ならば全力の戦いになるかもしれない、ベルの足元にはルディとアゼルがいる、二人共も強力な実力者だがルディはエルニアの逃亡の公子だ、余計な危険を冒させたくなかった。

更に魔術街には多くの魔術師達が集まっている、ここで力を使えば先日のエミルのように力を察知される危険があった。


「どうせ嫌な職場でしょ?」

「オゥ!!ノーーー!!ひどい言い草ですね、和気合い合いとしたアットホームな職場です」

老紳士は肩を竦めて見せた。


ベルは古書店の西にある建物の屋根に飛び移った、危険人物を店から引き離すのだ。

老紳士は平然とベルの跳び移った屋根に飛び移ってくる、その身のこなしからベルは相手を強敵と断定した。

そして適度な距離を保つ。


「お嬢さんどこに行くのですか?」

「おじさんはなぜ着いてくるの?」


「屋根の上にいる怪しい人物を調査しているのです、大人しく調査されなさい」

「いやだ、それになんか嫌らしいし」

ベルは更に西の屋根に飛び移るが男もやすやすとついてくる。


「我儘な娘ですね」


ベルは不敵に笑った、その直後に屋根の上を飛び跳ねながらベルは西に向って屋根の上を走り始めた。

僅かに力を解放し肉体を強化し走る、そして後ろを見やり相手の反応を見る。


三件先の大きな石造建築の屋根の上が平らになっている、屋上を何かの作業に使うのだろうか、木のテーブルや木の桶などが山積みになっていた、ベルはそこで立ち止まり足場の確かさを確認するかのように踏み固める。

老紳士もその直後に同じ屋根に到達する。


「驚くべき身体能力、着いて行くのが精一杯、どこの国か組織の密偵ですかお嬢さん」


ベルも内心舌を巻いていた、僅かとは言え力を使ってるベルに追従してきたからだ、だがその老紳士からはまだ精霊力の迸りは感じられない。

だがその老紳士の冷静な表情が変わり始めていた、紳士の皮を脱ぎ捨て凶悪な何かが姿を表そうとしている。


そしてベルはついに愛剣を抜き放った。

ベルはアマンダと幼い頃から数え切れないほど模擬戦を繰り返してきた、四年の年齢差のせいでいつもアマンダが圧倒的に有利で、アマンダが聖霊拳を嗜み始めてからは更に大きく差が開いていた。


幽界への通路を開いたアマンダは個としては破格な戦闘能力を持っていた、エルニア最強と言っても問題なく比較対象としては悪すぎる。

そんな格上の彼女を相手に模擬戦とは言え数多くの場数を踏んで来た。


「決めた」


ベルは一気に踏み込み剣で老紳士の胴を払った、それは回避しなければ即死か重傷は免れない攻撃だが、それを老紳士はやすやすと回避する。

ベルは優れた剣士でその体格に適した剣技を身に着けてきた、それを定石通りに力無しで行使していく。

畳み掛ける様に連続攻撃を加えていくが総て回避されていった、老紳士は未だ攻撃に出ずベルの剣を見極めようとしているか総て軽やかに回避していく。


そしてベルが一旦退き距離を保った、二人とも息も切らせていない。


聖霊拳の武器を持つ相手への受けや回避や反撃の形をベルはよく知っていた、やはり聖霊拳の使い手で間違いないと確信した。


「綺麗な剣を使いますね」

老紳士が口を開いた。


ベルはその瞬間まで奥の手を隠す作戦を立てていた、その一撃で敵を無力化させるのだ。








長い黒髪の娘と対峙した老紳士は、やっかいな敵と遭遇したと思った、聖霊拳は聖霊教の護身術から始まる、素手で武器を持った敵から身を護る為だ、世の中には護身術として聖霊拳の基本を学ぶ者は非常に多い。


だが攻撃には著しく不利だった、もともと武器を持った相手に無手は不利なのだ。

それでも攻撃手段はあったが聖霊拳のそれなりに修練を積んだ者にしか実行不可能だった。

聖霊拳の道士達はそれを厳しく生徒に教えている。

だが幽界への通路を開いた限界を越えた者は別格だった、聖霊拳の基本技が盾を打ち抜き剣を折る、拳が鋼の刃となり鈍器になるのだから。


そして目の前の少女のように技工や定石を重んじる剣士は危険だ、巨大な武器を力まかせに振り回す様な相手が一番対処が楽なのだ。

その上少女の剣技は優秀な教師の元で学んだ剣で、それなりに身分のある者と見抜いていた、生かして捕らえたいと言う欲求が強くなっていく。


「厄介だ」

ふと独り言をこぼした、だがベルにはそれが聞こえたらしい。

「今なんか言った?」

「オオゥ!!貴女は地獄耳ですか?」


その直後に老紳士が攻勢に出た、ベルとの距離を一気に詰める。

聖霊拳の攻撃とは敵の攻撃を積極的に誘いそのカウンターを狙うものでその為の攻撃なのだ。

ベルはそれを剣で右に払う、その剣を躱しベルの懐に飛び込み拳を腹に叩き込もうと加速し踏み込んだ。


その瞬間だったベルは力を解放した。


振り切った筈の右手が常識はずれの速度で返り始め、それを防止する老紳士の左手を強引に押し戻す、ベルの左手が老紳士の突きこまれつつ有る右腕を捉えようと伸びた。


老紳士の顔が驚愕に歪んだ瞬間、ベルは目の前の老紳士から精霊力の漏れ出る力を感じた。

ベルの右腕に押されていた老紳士の左手が停止する、ベルは固い岩にぶつかった様な抵抗力を感じた。

そして深く踏み込み急激に加速する右の拳をベルの左手がかろうじて力で受けて止めていた。

次の瞬間二人は飛び離れる。


「貴女今の力はなんですか!?だが聖霊拳の使い手には見えません」


ベルは無言だった、今の罠で老紳士を捉えようとしていたのだ、だが最悪の予想があたり相手はアマンダと同じ幽界の通路を開いた者だった。


「ふむ、貴女は聖霊拳との戦いに慣れている、貴女は聖霊拳の上達者を知っている、どこかの国の密偵ですかな?」


ベルから殺気が放たれ始めた、老紳士を帰してはならないと思い、最悪の場合は殺すしか無いと覚悟を固めたのだ。

ベルが神隠しから還った後で一度だけアマンダと模擬戦をした事がある、その時始めて聖霊拳の弱点を認識した。

アマンダが破格に強すぎてアマンダ以外の聖霊拳を嗜む者と戦った事がなかったせいで今まで気が付かなかった、武器を持った相手への攻撃がカウンター狙いが基本型と言うことに。

神隠し帰りのベルに対してアマンダは始めて本気になったのだ。


そして幽界への通路が開いているアマンダも持続力には難があり、魔術師達と比べても聖霊力自体はそれほど高くなく恐るべき効率でその力を有効利用していた。

それからベルも己の精霊力を効率的に無駄なく使おうと工夫を始めたのだ、アマンダと長期戦になれば自分が最後に勝つだろうと今では認識している。


ベルの殺気を感じた老紳士もまた変わる、先程までの獣じみたものではない、むしろ静かな美しさすら感じさせるような顔と力の変化だった。


ベルはその変化に驚きなお警戒を高めた。







目の前の大人に成りかけの少女、美しいと言っても良い美少女、それは精霊力を駆使する剣士だった。

そのような存在を男は知らなかった、狂戦士を知っているが彼らは力だけで技も知恵もない。

人生最強の敵と対峙している事を意識する。


ふと魔術研究所の護衛対象の男が言っていた事を思いだした、人工的に作り出される狂戦士の話しだ、魔術師ではないのでその手の事に関心が薄い、だが人工的に精霊力を駆使できるようにすると言う企て自体は聖霊拳の遣い手としては不快な話だった。


テレーゼに流れて来なければならなかった複雑な身の上とは言え、聖霊拳の遣い手として腐ってはいなかった、もし目の前の少女が人工的に精霊力を駆使する研究から生まれたどこかの密偵だったならば、少女と言うのは力を隠すには絶好の偽装だろう。


ベルの目の前にいる澄み切った眼をした老紳士に新たに小さな翳りが付け加えられる。

それは怒りとも憎しみとも言える翳りだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ