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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第三章 陰謀のハイネ
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魔女の追跡

 「あれが製鉄所の煙なのか?」

立ち上る黒い幾筋もの煙が次第に大きくなってきた。


それに周囲を注意深く観察しながら歩いていたベルが応じる。

「修道女のサビーナが教えてくれたんだけど、あそこに製鉄所があるらしい、近くに露天掘りの炭鉱があって鉄鉱石は北のマインから持ってくるってさ」

「サビーナだと?」

「外出して居なかった修道女の事だよ」

「ああ、たしかそんな事を言っていたな」



やがて三人は大きな広場に到達した、広場は市場になっていて日用雑貨を並べた店が数多く立ち並び賑わっていた。


「ここか?」


ベルは広場に面した大きな倉庫を指さした。

「うん、あそこで尾行していた奴を捕まえた、その後すぐあいつと戦いになったんだ」


三人は市場に少し入ったところで立ち止まる。

「奴らはこの近くに潜伏していたのかもしれんな」

「していた?今は違うかもしれないって事?」

「近くまでベルが来ていたんだ、この近くに潜伏していたなら他に移るはずだ」


「奴らはまだハイネにいると思う?」

「わからない、魔剣で満足しここを去るなら、その場合は・・・」

ルディは語尾を濁したがその場合はコッキーの身に危険が迫ると言う事だ。

「彼女が神隠し帰りと発覚した場合は命の危険だけは無くなる、あとは人質にする場合だ」


「ルディや僕は奴らに神隠し帰りと知られているかな?」

「かなり暴れたからな・・・わからんな」


「幽界に行って不思議な力を得て戻って来ると言う話は伝説の話です、今までまともに研究された事は無いのですよ、なにせそんな者がいた例が無いのですから、人間離れした力を発揮したとしてそれを神隠し帰りと結びつける事ができる者は極めて少いと思いますね、普通は聖霊拳や魔術による強化を疑います」

アゼルはかなり懐疑的だった。


「ねえアゼル、伝説の話って例えば誰がいるの?」

「例えばセクサルド帝国のアルヴィーン大帝が精霊王の寵愛を受けていたと言われますが、彼には神隠し帰りと言う伝説がありますね、他にも歴史上有名な人物にはそれに纏わる伝説がある場合があります」

「やっぱり伝説なんだね雲を掴むような話だ」


「俺たちが神隠しに遭っていなければまず信じないな」

「だよね」


「神隠しの話が英雄の伝説と関係が深いって事はもしかして?」

「大公妃が危機感を感じるのも当然だろうな」

ルディが苦い笑いを浮かべた。

「殿下、それに関して大公妃様が受けた精霊宣託の内容を知る必要があります」



「俺たちが神隠し帰りなのを知っている者はほとんどいない、クラスタもエステーベも俺たちが幽界帰りである事を隠す事にした、言いにくい事だがあの事件は別の理由で片付けられたのだ」


これを聞いてベルが酷く不機嫌になった。

エルニアの第一公子のルディガーが二ヶ月近く行方不明になり、クラスタ家の長女のベルサーレと共に戻って来たとしたら果たしてどう思われるだろうか?

幽界から帰って来たと言ったとしても今度は頭がおかしくなったと言われるだけだ、ベルの態度は彼女の深い憤懣(フンマン)やるかたない思いを感じさせた。


「だがなぜか義母(ハハ)上だけは俺達が神隠し帰りと疑った形跡があるのだ、魔術師でも無いあの方がそれを疑うと言う事は精霊宣託と関係があるとしか思えない」



「そうだ、あいつと戦った場所に案内するから、こっちに来て」

ベルはその話題を強引に断ち切ってきた。


ルディとアゼルは顔を僅かに見合わせたがそのまま大人しくベルに従う、彼女は路地の入口まで来るとその奥を指し示した。

「ここから少し奥に入ったところだ」


「ここで火事があったそうだな、女魔術師とテオとか言う男を見かけた者がいるかもしれんぞ?」

「僕がここから離れた後で?」

「貴女が去った後に隠蔽術を解除したと思います」

アゼルがその意味を説明した。


「ここから聞き込みを始めますか?殿下」

「そうしようか」


コッキーの足どりを追った時は三人で手分けをしたが、アゼルは女魔術師を見たことがない、そしてルディもラーゼで一度見ただけだ。

結局三人は一緒に聞き込みを行う事にした聞き込みはベルが主導する。


狭い路地の奥の火事の跡で片付けをしている男が一人いる、あたりにはまだ僅かに焦げた臭いが漂っていた、さっそくベルはその男に声をかける。


「昨日ここで火事があったのですか?」

男は作業を休めてベルを見返した、声をかけて来たのが容姿の整ったどことなく育ちの良さすら感じさせる娘だった事に驚いたようだ。


「この家が昨日燃やされたんだ、まさか何か知っているのか!?」

「燃やされたって事は放火ですね?間違いありませんか?」

「ここの一家が言うには火の気の無い部屋で大きな音がしたり光ったりして火が出たと言っているんだ」


「私、女の魔術師が火の玉を出していたのを見たんです、ぼ、私はご主人様の言いつけで使いに出ていたのですが、道に迷ってこの近くを歩いていた時に見てしまいました」

「何だって!?ちょっとここに居てくれ」


後片付けをしていた男はこの街の主だった者で手の空いている者を呼び集め始めた。

直ぐに数人の街の顔役の男たちが集まりそれを街の住人が取り囲む、やがて市場にいた者までもが好奇心から集まってきた。


ベルは女魔術師の容姿や服装などを事細かく群衆に説明し、そして路地の奥にその女が火の玉を放ったところで語り終えた、ベルの言っている事は全て事実だったが肝心な事はすべて省略されていた。

それも良家の使用人の娘らしい慎ましやかな態度だったのでルディはベルの田舎芝居に感心しきりだった、そしてベルの気分転換の速さを密かに羨ましく思った。


「その魔術師が私に気がついて睨んで来たんです、怖くなって逃げました」


だがその場にいた街の住人は何も知らず何も見ては居なかった、だが野次馬の中からついに目撃者が現れる。


「そういえば火事で大騒ぎになっていた時にさ、路地から悠々と市場の方に歩いて行った二人を見たよ、その一人がそこの娘さんが言っている女魔術師にそっくりだった」

その目撃者の婦人は市場の常連客で少し離れた通りの住人らしい。


それにこの街の顔役達が跳びついた。

「そいつらは何処に向ったんだ?」

「広場の道を北に向かったよ」

「炭鉱街の方か?でもう一人はどんな奴だ?」

「そうだね細工師か何かの職人風だったね」

「くそここの魔術師には碌なのがいないからな、おもしろ半分で何をやらかすかわからんぞ?」


もはやベル達が質問する必要すら無くなっていた。

街の顔役達はその目撃者の婦人を囲み、野次馬の関心もそちらに移っていた、三人はもう十分と静かにこの場から立ち去ろうとしていたが、だがそう簡単には行かない。


「そう言えば、その少し前に小間使いの娘が凄い勢いで走っていったけどもしかしてあんただったのかい?」


背中の方から突然話を振られたベルは一瞬だけ竦んだ、ルディがベルの顔を見つめると、ベルはまるで『ギクッ』とでも言い出しそうな顔をしていた。


ベルは両手を胸の前で合わせて微妙にふるふるしながら微妙な抑揚まで付けて言い放った。


「ううっ、とっても怖かったんですぅ」


街の顔役の親父達はニヤけた顔で小間使いの娘を眺めていたが、ルディとアゼルは何か見ては行けない物を見てしまったかのような顔をしていた。


結局三人は魔女の行方を絞り込む事ができた、調査を行う方向を絞れただけでも大きな収穫だった。









テヘペロが宿から去ってからコッキーは一人で部屋の中で過ごしていた、朝食を終えてしまうとする事がまったく無くなってしまった、ふと背嚢の中のトランペットが気になってくる、本当に壊れてしまったのか自分にしか鳴らせないのか気になったのだ。


背嚢からトランペットを取り出すとそれを目の前に掲げる、その黄金色に輝く金属の肌を見ると、それに映り込む自分の姿が化け物じみて映っていた、なぜかその姿にどこか見覚えがあるような不思議な感触を感じた。


その時トランペットを吹き鳴らしたい衝動とともに、力が体内の奥底から上がってくるのを感じた、だがあの丘の上で吹き鳴らした時の様な巨大な力には遥かに及ばない。

それでもコッキーはトランペットのマウスピースに口づけする、前にも感じた様に唇に刺激が走る、そして満足感と安らぎに満たされた、無意識にマウスピースを舌で舐める。

そしてトランペットに息吹を吹き込む、だが僅かな音が出ただけで後が続かない。


「少し鳴りましたがこれじゃあ駄目じゃないですか!!」

コッキーはトランペットをベッドの上に投げ出し、ベッドにうつ伏せになった。


「でもあの時の不思議な力はなんですか?やっぱり私は普通じゃ無く成っているのですよ!!」

テーブルの上の木製の上に置かれた砕けかけた木製のカップを見た、ベッドから起き上がり手を伸ばしてそれを手に取る。


「えい!!」

コッキーは力を入れてカップを握り潰す、だが壊れかけたカップは軋んだだけで潰れたりはしなかった。



そのカップを睨みつけ壁に投げつけコッキーは大声で叫んだ。


「 誰 か い な い の で す か ! ! ! 」



だが彼女の叫びは部屋に施された精霊魔術による消音隔壁に遮られて外部に漏れ出る事は無かった。





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