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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第三章 陰謀のハイネ
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瘴気

 ハイネの倉庫街にあるジンバー商会は日が昇る前から忙しい、炭鉱の管理組合に卸す日用雑貨の納品に毎朝の様に追われていた、利幅の薄い商品だが安定した売上が望めるので重要な取引先になっている。


「そこをどけウスノロが!!」

そのジンバー商会の倉庫の中に大きな叫び声が響きわたった、山積みの荷物でよく見えないがオーバンの怒鳴り声なのは誰にも良くわかっていた、オーバンは怒鳴っているつもりだろうが迫力に欠けている為か駄犬が吠えている様にしか思えない。


「オーバンさん荒れてます?」

隣で働いていた人夫に話かけたのは童顔の男ジム=ロジャーだ、その男は面倒臭そうにこいつ誰れだっけと言った顔つきでジムを見る。


「お前は新入りか?昨日のアレでエイベルさんに殴りとばされたらしい」

「二人殺られて警備隊に事情徴収されて大変だったようっすね」

「余計な事しなきゃよかったんだよな」

ジムは内心それに大いに賛同した、まったくその通りの話で、オーバンは黒い髪の女に痛めつけられた腹いせにあの小娘に絡んで逆襲されたと思っていた。


やがてオーバンの怒鳴り声がいよいよ近づいてきたので二人の雑談はそこで終わる。


オーバンは三人ほど手下を従えてジム達の前にやってくる、おもむろにジムと近くの人夫を指さした。

「おい、そこのお前と新入りは俺について来い、おっとそこのお前も来い!!」


そのオーバンの顔が酷く腫れていたがエイベルに殴られた跡だろう、ジムは吹き出さない様に必死に堪えていた、ジムが感情が表に現れにくい体質だった事が幸いしたようだ。

感情の制御に成功すると今度はオーバンのやり方に疑問を感じ始める。


俺は遊んでいるわけじゃないっすよ?仕事に穴が空きますがそれでいいんですか?

などと言ってオーバンを無駄に怒らせる様な真似はしなかった、ジンバー商会に損がでようとジムには大した義理などない。


人夫仲間の話ではオーバンはジンバー商会会頭のエイベルの甥にあたるらしい、だがエイベルはその仕事ぶりにまったく満足していないらしく オーバンの父親が死んだら切られるだろうと噂されている。


「いいか昨日配送できなかった荷物を運ぶぞ!!」

ジムと指名された男達はオーバンの後を追う。


歩きながらジムは用心棒が惨殺された瞬間を思いだしていた、あの少女が剣を無造作に振るい二人の用心棒を両断したのだが、自分の目にはまったく信じられない光景だった。

後で教授(センセイ)から死霊術に操られると時に限界を越えた力を発揮する事があると説明され、(アネ)さんからは魔剣の切れ味が異常に鋭いと聞かされ一応納得はしたが。


「オーバンさん?俺らは何を運んでいるんですか?」

「余計な事を聞くんじゃねえ!!」

オーバンは立ち止まり後ろを振り返ってジムを怒鳴りつけた。


「昨日みたいな事があったらですよ?逃げてもいいのか荷物を必死に守らなきゃならないかわからないっすよ?」

「お前らが守ろうと逃げようと結果が大して変わるかよ!!」

オーバンは嘲る様に答えてふたたび歩きだす、下働きの男達はいざとなったら逃げて良いのだと都合よく解釈する事にした。


ハイネでも大手の商会らしくジンバー商会の敷地は広い、敷地内には倉庫や事務所や商会内で働く者達の生活区域があるが、部外者以外立ち入り禁止の場所が幾つかあった。

マティアスからこの商会がコステロ商会傘下でいろいろ後ろ暗い仕事も請け負っている事を聞いていたので、何かしらネタを仕入れる機会を伺うつもりだった。

それに給金が出るのは有り難いのだ。


倉庫の二階に登り何気に窓の外を眺めると、裏通りを進む三人の人影に気がついた、非常に目立つ三人組で見間違いはあり得ない、それはあの大柄な若い男と魔術師らしき細い長身の男、彼らを先導する黒い髪の娘だ。

ジムは反射的に窓から身を隠しさり気なく歩き続ける、特にあの黒い髪の娘はこの距離ですら安全とは思えなかった。


「あいつらあの娘を探しているっすね」

ジム=ロジャーは周りに聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。







窓から差し込む日差しの眩しさでベルは目を覚ました、ベッドの上でここはどこだと一瞬記憶が混乱したが、すぐにハイネの野菊亭の自分の部屋にいた事を思い出した。

昨日は余りにも密度の濃い一日だったからか体よりも心の疲れがとれない。


「なんか(ダル)い」


起き上がり着替え始めるが、小間使いのドレスの焦げ跡と下手なツギハギがどうにも気になる。


「もう新しいの買わないとだめかな?」

ベルは独り言がまた増えはじめていた、一人になるとバーレムの森で生活していた頃の悪い癖が出てくるようだ。


「おーい朝食を食べよう!!」

ドアが軽くノックされた、ルディが朝食に誘いに来たのだ、最近はこれがルディの日課と化していた。


「まって、今すぐ行く!!」

荷物を慌てて掴んで部屋を出る、ドアを閉めようとして綺麗なままの隣のベッドが目に入った、昨日まで隣にコッキーがいたのだ。

彼女とは僅か数日の付き合いだが、昔から共に旅をして来た様に感じていた、だがルディガーの謀反事件からまだ二週間も経ってはいない、密度の高い時を過ごして来たせいか時間感覚がおかしくなっている。



朝食を終えた三人はハイネの野菊亭を後に、朝の挨拶をするセシリアに軽く手を振り返し商店街に乗り出していた。

まず二人に実地でコッキーの通った跡を案内しながら聖霊教会と墓地を見て廻り、魔術師の女と戦った炭鉱街の近くで聞き込みをする予定だった。


「あんたらは暫くそこにいる予定なのかい?」

八百屋の女将が三人に声をかけてきた。

「おはようサラさん、そうだよ」

ベルが元気いっぱいにそれに応じた。


そのベルは昨日買ってきたロープの束を肩に袈裟懸けにしている。

「ベルよ、そのロープは何だ?」

「誰かを捕まえた時に縛るんだよ」

「ああ、そうか・・・」

ルディはベルに縛られるかもしれない者に心から同情した、コッキーもロープで縛られ荷物のように背負われるのを随分と嫌がっていた。


「何だよその顔?」

ベルが歩きながら横からルディを見上げる。

「まあ気にするな」


すでに活気に満ち溢れ始めたハイネの大通りを中央広場を更に西に抜けて進むと、突然ベルが大通りのある一点を指差した。

「どうしたベル!?」

ルディとアゼルに緊張が走る。


「あの屋台のサンドウイッチが美味しい」

そこに少し怒ったアゼルがすかさず突っ込みを入れた。

「朝食を食べたばかりですよね?」

「誰が食べたいっていったよ?ただ美味しいと言っただけでしょ?」


『ウキ!!』


エリザの鳴き声がアゼルに合わせてベルを非難している様にも聞こえたので、ベルはエリザをも睨みつけた。

「まあ二人とも喧嘩はよせ、機会があれば食べよう」


ルディは苦笑いを浮かべた、ベルは普段と変わらないように見えたが、コッキーの裏切りと失踪の影響がどの程度なのか掴みきれない処があった、出会って一週間にも満たないが随分と二人は親しくなっていたのだから。


「そこの通りを南に曲がるとその先にジンバー商会と現場がある」


その通りに入って南に進むと小さな宿屋の前を掃除している小間使いの少女がいる、彼女は昨日の惨劇を目撃したマフダだった。

「おはようマフダ!!」


小さな小間使いの少女は三人に気が付いた、そしてベルの後ろのルディとアゼルに目を泳がせ、アゼルの肩の上の小さな白い猿に目が釘付けになっている。

「おはようございますベルさん」


「えーこの御方は私が働いている商会のご、御主人様と顧問のアゼルさんです」

ベルがルディとアゼルを紹介する、だが御主人様と言う処にいろいろ引っかかりがあるようだ。


「君がここで事件を目撃したのかな?」

マフダは露骨にルディから顔をそむけた、ベルはルディの裾を引っ張る、ファルクラム商会の使用人に有るまじき態度だが誰も気にしない。


「ああ・・・悪いことをした、すまなかった」

ルディとアゼルは目配せしてからべルに視線を投げた、それは先に行こうと(ウナガ)していた。


「マフダ、僕たちはもう行くからね」


三人はマフダに別れを告げてジンバー商会の門と惨劇の現場を確認し『鉄槌亭』の前を通って新市街に向かう、これが魔剣を奪ったコッキーが通ったルートだった。

ベルは二人に一通り説明したがやはり具体的に頭に入れて置く必要があった。


「鉄槌亭でピッポらしき男と合流したのだったな?」

「うん、その後しばらくは二人連れだったみたい」


やがて南西門が見えてきた。

「また僕達をつけている奴がいるかな?」

「やはり尾行されていますかね?」

「あいつそれなりの腕だと思う、今はまだわからない」


「ずいぶんと狭い門ですね」

アゼルが感心したように城門を観察しながら通り過ぎた。


「この先300メートルあたりで目撃者が居なくなるわけだな、ベルよ」

「商店や宿屋が無いと目撃者は見つかりにくいよ、通行人がコッキーを目撃してもそのままどこかに行ってしまからね」


ベルは現実的に判断しているようだが、それは間違っては居ないがそこには落とし穴があった、アゼルは魔術師として意見を述べた。

「魔術師が関わると、見えない事と存在しない事は等しくなりません」

「ああ、そうだよね・・」

ベルは言葉も無く何かを考え込み始めていた。


「ベル、例の聖霊教会に案内してくれないか?」

ルディは一人の考えにのめり込み始めたベルを呼び戻した。

「あ、わかったついてきて」


三人はいよいよ悪名高い新市街の居住区に入りこんで行った、計画性も無く発達した市街は路が複雑に入り組み迷子になりそうだ、衛生状態も悪く微かに異臭が立ち込めるこの街は治安が悪い事でも評判が悪い。

その迷路の様な新市街地を抜けて突然視界が開けた、彼らの視界に木造の簡素な造りの聖霊教会が飛び込んで来る、そのまま三人は聖霊教会の門をくぐり抜けた。


「ここの修道女は変わっているとか言っていたな」

ベルは笑いながら答えた。

「あれは冗談だよ、でもすこし変わっている」


三人はそのまま礼拝所に入って行くと、ちょうど若い黒髪の細身の修道女が祭壇を清めている最中だった、彼女は昨日の修道女ファンニ=アルーンだった。

彼女は三人が突然礼拝所に入ってきたので驚いたが、ベルを見かけてホッとした様に微笑んだ。

だがアゼルの肩の上のエリザを見て少し驚いた表情を浮かべる。


「まあ、昨日の()ね」

「ファンニおはよう!!」

ルディとアゼルも軽く会釈をする。

「皆様おはようございます、今日も聖霊の御加護がありますように」


ベルがさっそく二人を紹介する。

「お二人は私が勤めているお店の御主人のルディガー様と顧問のアゼルさんです」

「あらまあそうでしたか、今サビーナは外に出ていないのよ、ところで探していたお友達は見つかったのかしら?」


ベルは顔を横に振った。


そこにルディが口を開く。

「あの娘には少なからず縁が有る故に探しているのです、何か解った事があったらぜひ我々に教えて頂きたいのです、寸志ですがお礼をいたします」

ルディは小さなメモをファンニに手渡した。


「しばらくハイネにいらっしゃるのね、わかりましたわ、もし何か解りましたらお知らせいたしますね」

「ありがたい!!」

「最近子供が攫われる事件が多くて、他人事ではありませんのよ、ここにも孤児院があるので心配なのです」

「ほう、何かご存知な事とかありますかな?」

「私どもには預かり知れない事ですわ、テレーゼの外に子供達が売られていると言われてますのよ」

ファンニはどこか憂いを含んだ微笑みを浮かべた、そこには諦めにも似た達観があった。




三人は礼拝堂を後にして墓地を目指した、ルディがベルの後から唸り声を上げる。


「ベルよ確かに何かあるな、なんだあの陽炎のような影は!?」

「アゼルは何かわかる?」

ベルはアゼルを振り返る。

「私にははっきりとは、ですが何か僅かな違和感を感じます、下位の下等な聖霊に似た気配がしますが微弱ですね、これはかなりの術者でないと認識できないでしょう」

アゼルはかなりの術者でなければ微弱すぎて見えないのでは無いかと推理していた、そうで無ければ大騒ぎになっているはずだ。


「神隠しから還った者にははっきりと見えるのだろうか」

ルディはアゼルに意見を求めた。

「そうですねその可能性はあります」


三人は墓地の側に到着した、瘴気に近づきすぎて陽炎のような揺らめきや淀みが見えにくい、その変わりに僅かな不愉快な気怠さや不快感に包まれていた。


「これは瘴気とでも言えば良いのか?」

「そうですねそれで良いでしょう、確かにベルサーレ嬢の言っていた様にゆっくりと動いているようにも感じます」

「ああ、たしかに動いているようだな、だいたい南東の方角か、近くには特に変な物はないのだな?」

「うん、三キロぐらいちょっと追いかけてみたけど何もなかった、もっと先まで流れている」


「いずれは調べる必要があるな、テレーゼの女神がおっしゃっていた事を考えればな」

「殿下同意いたします」

「あと墓荒らしの話も気になる、しかしどこから手をつけたら良いか頭がいたい」

「コステロが戻って来たら更に忙しくなりそうですね」

「ああ」


「ねえそろそろ行こう、ここにいると疲れてくる」

ベルが不愉快そうに文句を言った。


「そうだな次はベルが女魔術師と戦った場所に行ってみようか」

三人は墓地を後にする。




その三人を今まで以上に距離をとりながら慎重に尾行する男がいた。





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