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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第三章 陰謀のハイネ
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アマンダ舞う

 テレーゼの南西の端アラセナ旧伯爵領、その小さな秘湯で一晩過ごしたアマンダは日の出と共に起床し朝食を摂り、日課の修練を(コナ)した後でふたたび温泉を楽しんでいた。


「修練の後の温泉は格別ね」


それはとてもしみじみとした口調だった。

樹木の漏れ日が苔むす地面に落ちて幻想的にまで美しかった、アマンダは空を見上げる、爽やかな日差しと空の色から今日一日快晴になるだろうと思った。


やがて温泉から上がりタオルで体を拭う。


着替えを済ませて旅の薬の行商人に再び化けると最後にフードを深く被った、そして山の緩やかな斜面をアラセナ盆地に向って下り始めた、その行き先には小さな集落が見えた。

アマンダは道なき道を進んでいたがその足取りは非常に速い、彼女はその健脚ぶりを遺憾なく発揮していた。




アラセア盆地の北辺にあるパトレ村、その辺鄙な集落に朝から災難が降り掛かっていた、アラセア全土がこの地を支配している三人の元傭兵隊長の暴政に喘いでいたが、その徴発隊がこの村にやって来たのだ、徴発隊は兵と荷駄を合わせて総勢30名近いが完全武装していた。


女子供老人含めて人口300程の村では逆らうのは厳しい。


村人を広場に集め指揮官が訓示を垂れる。

「良く聞け、我らのオレノ様、ジョス、セルディオの間で平和協定が結ばれる、そしてオレノ様はこの地の正式な領主になられる事になった」


三人とも統治者として無能を極め支配地を食い潰すしか能がなかった、それでも平和協定が結ばれるならば多少はましになるかもしれない、村人達は無感動にそれを聞いていた。


「その平和協定の祝宴の為に必要な物を調達する事になった、高貴な客人がお見えになられる!!」

村人達はそんな事だろうと驚きはしなかったが、もうこの村には食糧の余裕が無い。

村長の初老の痩せぎすな男が勇気を振り絞って進み出た。

「お言葉ですが先日の徴発でもう出せる物は残っておりませぬ」


その指揮官は村長に近寄ると指揮棒で村長を殴り倒した。

「さっさと有るもの出せ、俺らはまだ仕事があるんだ、さっさと出せさもなくば家探ししてでも徴発するぞ!!」

徴発隊の兵達は剣を抜き村人を威圧する。


「それを持っていかれたら生きていけねんだ!!」

若い男が抗議すると何人かが賛同の叫びを上げた。


「そうだ!!てめえらいい加減にしろ!!」

「俺たちに餓死しろと言うのか!?」

周囲の村人の間からも賛同の叫びが上がり、その場に不穏な空氣が張り詰めた。


普段は長いものに巻かれる村人だったが餓死に追い詰められるとなると窮鼠も猫を噛む、今の統治者はその程度の事も理解できていなかった、いや理解したくなかっただけかもしれない。

村人の普段とは違う反応に驚いたのか徴発隊は荷馬車を守る様に円陣を組み上げて警戒体制を取った。


「おとなしくしろ、逆らったらお前達全員反逆罪だぞ!!」

徴発隊の隊長が大声を上げて威圧する、長らく鬱憤(ウップン)を溜めていた中年の村の男がせせら笑った。

「あはは!!お前らは傭兵隊長のセルディオを裏切った、そのセルディオは僭称伯に謀反を起こしたじゃあねえか?反逆罪とはお笑い草だ!!」

それに村人の何人かが釣られて乾いた笑い声を上げる。


徴発隊の隊長はそれに顔を真っ赤に激昂し剣を抜き放ちその男に斬りかかる。

男は回避しようとしたが間に合わず背中から切られ男は絶叫を上げて倒れ伏した。

「あ、あんたー!!」

村人の中から悲鳴が上がった。


それを合図にした様に村人達はたちまちの間に恐慌状態に陥り一斉に四方に逃げ散る、そして徴発隊が円陣を組んでいたため村人が逃げ出しても直ぐには止めようが無かった。

だが逃げ惑う村人の姿に嗜虐心が刺激されたのか逃げる村人を追いかける兵が現れた。


「おい!!命令に従え!勝手に動くなー」

隊長が怒鳴り声を上げるが聞く耳を持たない。


この騒動の主犯の隊長は欲望を満たすべく勝手に奪略狼藉に走る部下達を統制できなかった、元傭兵団の士気は地に堕ちて野盗以下にまで落魄(オチブ)れていた、もはや彼らは軍隊では無かった。

兵に捕まった若い娘が悲鳴を上げる、それを阻もうとした老人が切られ悲鳴と叫び声が重なる。

大人達は女子供に山や森に逃げ込み隠れろと指示を出し、そして武器や農具を手に取り抵抗を試みようとしていた。





少年は父に叱咤され他の子供と同じ様に森に向って走った、今までも何度も同じ様な事があった、大人達からは万が一の時は後ろを振り返るなと強く言いつけられていた。

後ろ髪を引かれる思いで少年は走る、だが慌てて木の根につまずき転ぶ、痛みと恐怖と悲しさから涙がこぼれた。


慌てて立ち上がろうとしたその時の事だった。


少年の目の前に突然何かが現れた、それが人の足だと理解するまで僅かに時間がかかる、それは見たことも無いほど太く長くそして美しい形をしていたからだ。

視線を上げるとそれは白いローブを纏った背の高い人物だ、だがフードを深く被っていて顔は見えない。


「坊や、何かあったの?」


少年は問いかけに驚いた、深くそれでいて美しい女性の声だったのだから。

その女性はフードを払った、白い顔に燃えるような赤髪、釣り眼気味の瞳は濃いエメラルド色だ、そして目の覚める様な赤い口唇が妙に艶めかしい。

少年はこのような時にも関わらず思わず見惚れる、だがすぐに状況を思い出した。

「お姉さん!!村が、皆が襲われているんだ!!お父さん達が戦っている!!」


その瞬間その女性は背中の大きな背負い箱を降ろし、白いローブを木の枝に見事に投げ掛けた。


少年は再び見惚れてしまった、彼女は美しい均整のとれた体躯をしていた、そしてその大きな胸に眼を奪われる、女性の体躯はほっそりとしている様にさえ見えた、だが直感的に石像を柔らかい何かで包んだ様な、大きな力を無理やりその細い体に押し込めた様な圧倒的な密度を感じた。


そして何か圧倒される様な押しつぶされる様な異様な圧迫感が女性から発せられた、少年は腰がくだけてその場に座り込む、その瞬間その女性の姿が眼の前からかき消えた。



劣情に(タケ)る一人の兵が逃げ遅れた村娘を追いかけていた、娘は絶望にかられながらも逃げようと懸命に走る、だがとても逃げ切れないだろう。

その娘の前方から長身の赤毛の女性が真っ直ぐこちらに向かってくる。


「た、たすけ、たすけて!!」


娘は呼吸が乱れ声が出ない、だが兵はこちらに向かってくる赤毛の女に気がつき注意が娘から逸れた。

その赤毛の女性はアマンダだった、兵はすぐアマンダの美しさに気づき、その新しい獲物を前に下卑た笑みを浮かべた。


その直後、眼の前に忽然とアマンダが現れたのだ、兵の顔が驚愕に染まる、娘も目の前にいたはずの女性が急に消えたので驚いたが立ち止まる訳にはいかなかった。


その娘の背後から何か重く鈍く何かが砕ける様な音が響き渡った。


娘が思わず振り返るとそこには奇妙な光景が生まれていた、先程の赤毛の女性が右足を天高く真っ直ぐに振り上げている、まるで両足が一本の棒になったかの様に真っ直ぐに天を指していた。


娘はその女性の体の柔軟さに感心したが、そういえば後ろにいた筈の兵は何処にいったのだろうか?と見回すが姿が何処にも見えない。


だがすぐにその兵が空にいる事を発見した。

それは兵が農家の屋根を高く高く飛び越えて向こう側の広場に落ちて行くところだったのだ。


「あら!?」

娘の口からどこか気の抜けたような声が出た、あまりにも理解できない事が起きると人はこうなるのだ。


森からアマンダを追いかけて引き返してきた少年は一部始終をはっきりと目撃していた。

赤髪の女性が娘を飛び越えて着地と同時に、その兵の顎を下から蹴り上げ撃ち抜いて空高く飛ばしたのだ。

その人とは思えぬ剛力と速さに言葉を失っていた。


精霊力を発現させた聖霊拳の上達者は攻城兵器並の破壊力を有すると言われる。


「拳の聖女様だ」


少年の口から思わず言葉が漏れた。



アマンダは村の状況を一瞥する、村の中心の広場の大きな屋敷の周りで戦いが起きていた、村の男達が舘に立て籠もり必死の抵抗を繰り広げているようだ。

それを10名を越える兵が囲んでいた、残りの兵達は村の中で勝手気ままに奪略に明け暮れている、アマンダは口を噛み締め奪略者の殲滅を決意した。

その狼藉者達が装備も武器もバラバラで数も多いと判断したアマンダは鋼鉄のナックルを嵌めた。


「さあ少しでも数を減らしましょう」

アマンダは全速で動き始める。


まずアマンダは手近な場所で農家で奪略を始めようとしていた兵に迫る、兵士は麻袋を背負っていたのですでに奪略を働いた後だったのだろう、兵はアマンダの接近を悟り麻袋を投げ捨て武器と円盾を慌てて構える。


アマンダはそのまま踏み込み盾に拳を叩き込んだ、盾は金属フレームに薄くて固い板に革を貼った物だが、それを砂糖菓子か何かの様に無造作に貫通すると、そのまま兵士の胸甲を打ち抜きひしゃげさせ、凄まじい轟音と共に中央広場の方向に投石機の弾の様に吹き飛ばしていた。

剣だけが空中に虚しく取り残されていたが地面に音を立てて落ちた、アマンダは撃ち抜いた盾を投げ捨てる。


さらに手近な場所で金属鎧の大柄な兵が若い婦人に狼藉を働いていた、彼女の悲鳴が響き渡る。

その側に老人が倒れていたがその生死は不明だ、もしかすると婦人の近親者かもしれない。

その時アマンダの表情が凍てつき表情が消えそして大柄な兵に向って走る。


その兵はすぐアマンダの接近を悟り婦人を突き飛ばし前に進み出る、そしてアマンダを見てニヤけた。

「ちょうどいいぜ、こいつの方が上だ・」

大柄な兵は言い終える事はできなかった、アマンダが男の左頬を張り倒したのだ、だが男は吹き飛ばされはしなかった、その場で玩具の独楽の様に高速回転をはじめていた、いやどの様に張り倒すとそうなるのかは誰にも理解できないだろう、だが物理が許す限り聖霊拳はそれを可能とする。

アマンダが足蹴りを加え回転力を更に高め、そして更に追撃の後ろ蹴りで回転力を加えながらその人間独楽を空高く蹴り上げた。


その一部始終を少年は口を開けて呆然として見ていた、空を飛んで行く兵士がまるで竹トンボみたいだなと場違いな思いに耽っていたのだ。

やがて高速回転する男から鎧のパーツやブーツやガントレッドなどが遠心力で吹き飛ばされていく、そして人間竹トンボは中央広場に向って落ちていった。





村の中心の広場の村長の舘を巡り一つの戦いが起きていた、村の男達が舘に立て籠もり必死に抵抗していたが、その周りを10名ほどの徴発隊が包囲している。

その広場に空から男が落ちてきた、落ちて来た兵士の装備が大きな音をたてる。

徴発隊の兵達はしばらく何も考えられなかった、そして村長の舘を見上げた、この舘から落ちて来る以外にあり得ないのだから。

「なんだ?」


その直後に何か大きな破壊音が響き渡たる、今度は一人の兵士がまるで猛牛の突進でも食らったかの様に彼らの前に吹き飛ばされてきた。

その兵士の胸甲の真中が大きくへこみ兵士はすでに絶命していた。


「なんだ?こいつ投石機の弾でも食らったのか?何が起きた!?」

もはや戦いどころでは無かった。


そこに新たに風切り音が聞こえて来たのだ、妙にその音に不吉な何かを感じた兵士達が辺りを慌てて見回すが何も見えない、すると兵の一人が空を翔ぶ人間竹トンボを発見してしまったのだ。


「ひ!あれを見ろ!!」


人間竹トンボから装備がバラバラになりながら周囲に撒き散らされている、それはやがて中央広場に向って落ちて来た。

鈍い音を立ててその物体が地面に叩きつけられ、そのまま地面を回転しながら転がり民家の壁にぶつかってやっと停まった。

それを確認した兵士が怯えた様に叫ぶ。

「おい、これあいつじゃねーか!?」


徴発隊の者達は舘に立て籠もった村人の事は完全に忘れ去っていた。


徴発隊の隊長がここで怒声を上げた。


「敵だ!!全員中央の広場に集まれ!!!」


この敵襲の警告に奪略暴行に走っていた兵たちも流石に中央広場に向って集結し始めた。

そこにまた奇妙な物体が広場に飛び込んで来た、何か棒の様な物体が縦に高速回転しながら車輪の様に地面を転がって来た。


一人の兵が車輪を避けきれずにぶつかり跳ね飛ばされて動かなくなる、その車輪もまた仲間の兵だった。

「おい、こいつを見ろよ」

「何が起きているんだ?」


徴発隊の兵士たちが広場に集結しつつあったが、後から広場に来た者は仲間の死体を見て驚く。

「なんだこれは?何が起きたんだ?」


「あれを見ろ、女が来るぞ!?」

遠目に赤い髪の長身の女性が人間車輪が来た方向からこちらに向ってゆっくりと歩いてくる、徴発隊の者たちは拍子抜けしてしまった、たった一人でそれも女だったからだ。


だがその女性は余りにも堂々と広場に向って進んでくる、そして長らく忘れていた歴戦の兵士の本能が緩みきった元傭兵達の中で蘇り警報を発したのだ。


こいつはとてつもなく危ない奴だと!!


警戒心と緊張感が彼らの中で再び高まる。






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