幕間劇
ベルが逃げるように倉庫裏の小路から消え去ってしばらくたった後の事だ、小路の壁際の少しへこんだ空間が揺らぐように歪み始めたかと思うと、しだいに二人の人影が現れて来た。
やがて倉庫の壁に張り付くようにテヘペロとテオがその姿を現す。
暗くなった路地に火事の赤い光が射し込み二人を揺らめきながら照らしだした、町の住民達は火事の消化に懸命で二人に気が付かない。
テヘペロはいつの間にか丸い遮光メガネをかけていた、彼女の黒い遮光メガネが赤い光を写しだしていた。
「あいつ行ったようね」
「俺のせいで顔が割れてしまったな」
「取り敢えず戻るわよ、これからの事も決めなきゃね」
二人は路地の火事騒ぎを横目に広場に向かう、すでに日が落ちて当たりはすっかり暗くなっていた。
テヘペロは遮光メガネを外す。
「おしゃれ道具かと思ってたけど役にたつのね」
「日の光が強い処で目を守るのに使う」
彼女はまた遮光メガネをつけた。
「何も見えないわ、あは!」
そしてメガネを外した。
「ピッポの閃光弾も初めて使ったの?」
「初めてだ、使って見るまではどうなるかわからなかったぜ」
二人は新市街の端を北に向かう、大きな通りを横断し更に北に向かって歩いていく。
新市街には街の灯りが少ない、街全体が夜の闇に沈んでいた、ところどころに見える僅かな灯りは宿や夜の商売の店ばかりだった。
目の前に黄昏の僅かに明るさを残した空を背景に真っ黒な煙が幾筋か昇っていた。
ハイネの小奇麗な商店街にある『ハイネの野菊亭』その一室で二人の男がベルを待っていた、警備隊に数時間拘束され事情聴取からやっと解放されたルディとアゼルは宿に戻って来たばかりだった。
「閉門の鐘がなりましたね、殿下」
「ベルには門など関係ないぞ?」
「彼女が心配では無いのですか?」
「そろそろ帰ってくる様な気がするのだ」
ルディが窓の外を眺めると外はすっかり暗くなり、街は居酒屋で昼間の疲れを癒す人々の活気で満たされ始めていた。
その時なぜかルディには街路にこぼれた灯りの下を急ぐベルの姿が脳裏に浮かんでいた。
どこで手に入れたのかロープの束を肩から袈裟懸けにして、時々下品な通行人に焼け焦げたスカートをからかわれながら、ほころびを手で隠しながら何か言い返している。
ルディはふと笑みを浮かべた。
それをアゼルがそれを訝し気に見ていた。
「ベルは無事に戻ってくる」
床で寝ていたエリザが起き上がりアゼルの肩に昇った。
『ウキッ!!』
「エリザベスどうかしましたか?」
その時階段を駆け上がる足音が聞こえて来た。
「ただいま!!」
そしてドアが開け放たれる、防護の魔術に守られた部屋のドアを開ける事ができるのは術者が指定した者だけだ。
「おう、待っていたぞ」
ベルは部屋の中に入ってきたが、その姿と言えは肩に袈裟懸けにロープの束を担ぎスカートの一部が焦げている。
ルディは先ほど脳裏に見たベルの姿と似ている事に驚き、思わず立ち上がりベルの背中に廻りこむ。
小間使いのドレスの後ろの部分が焼け焦げほころんでいた、そのほころびから下のドロワーズの布地が覗いていた。
ルディの表情が驚きに固まった。
「ちょっと見るんじゃない!!」
慌てたベルは軽くルディをどついた。
「これはどうしたんだベル!?」
「詳しい話は食べてからにしよう、お腹がすいた、そうだ先にドレスを少し直してくる」
「我々も食事が必要です、先に食事をとりましょう」
アゼルもそれに賛同した。
部屋から出ていこうとしたベルがルディの元に戻ってきた、背伸びしてルディの耳元に囁いた。
「すけべだね・・」
そのまま彼女は部屋から走り去っていく、ルディはその後ろ姿を何とも名状しがたき表情で追っていた。
小間使いの服の応急修理を素早く終えたベルが下の居酒屋に居りて来た、すでに二人は四人掛けのテーブルを確保していた。
ベルも椅子に座るが隣の席に座る者がいない、昨日までそこにはコッキーがいた。
短い付き合いのはずがあまりにも密度の高い出来事が連続したため、昔から旅をしてきた仲間の様な錯覚に陥る。
ベルはどこかさみしげに空席を見つめていた。
「込み入った話は部屋に戻ってからとして、別れた後の事を順を追って話してくれないか?」
ルディがまず話を切り出した。
そこに給仕のセシリアがおすすめ定食を持って来る。
「おまたせ、おすすめ定食三人前よ」
セシリアは気を使っているのか大人しい接客だった、常連客がその彼女の態度を少し不思議がっている。
「勝手に注文しちゃったんだ?」
「すまんな、何を食べたかったんだ?」
「おすすめ定食・・・」
「ベル嬢、お話しを」
少し責める様な憐れむ様な視線でアゼルが促す。
『ウキッ』
テーブルの下でおとなしくしていたエリザが鳴いた。
ベルは声を落とし語り始めた。
二人と別れた後コッキーの足取りをたどり、彼女が殺人事件を起こした事を知り、倉庫街で目撃者を見つけ、ジンバー商会の倉庫を発見し現場を確認したこと、コッキーが『鉄槌亭』に入った後で小柄な中年の魔術師らしき男と合流した事を伝えた。
そしてその男がラーゼで大道芸をやっていたピッポ=バナージかもしれないと付け加える。
「覚えているぞ、奴は俺の剣を試そうとしていた、だがリネインに着いた後は見かけなかったが」
「先を続けるよ」
二人が西門から新市街に出たところで、足取りが掴めなくなった事そして自分を監視している者がいる事に気が付いた事を話す。
聖霊教会で何か情報が得られるかと思ったが、コッキーとの繋がりは掴めず、ただ子供の誘拐事件が多いことが判った事、そして墓場の異変と瘴気の流れとその行き先は見定められなかった事を話した。
「子供の誘拐か、たしかあの娘が誘拐されかかっていたな」
「瘴気の流れには興味がありますが、今はその時では無いと思います」
そして新市街の北西にある炭鉱をめざす途中で追跡者を捉えたが、その男はラーゼの大道芸で観客からスリを働いていた男だったと説明した。
「やはり奴も仲間だったか」
更に女魔術師がそこに介入してきたおかげで男に逃げられてしまったところまで話した。
「その魔術師もピッポの仲間だよ」
「大道芸の仕掛けをしていたあの女か!?」
「うん間違いないよ」
「どうやってコッキーを操ったのだ?」
そこにアゼルが口を開いた。
「人を操る方法は幾つか知られていますが、今は憶測しかできません」
「しかし奴らがどこにいるか突き止める方法はないだろうか?」
「ハイネ中を調べるのは現実的では無いですね、向こうから取引を持ち掛けてくれば良いのですが」
そしてアゼルは一舜ベルを見てから言葉を紡いだ。
「コッキーは無事でしょうか」
「皆食べ終わったようだな、二人ともそろそろ部屋に戻らないか?ベルにもっと詳しく聞きたい事が山ほどある、俺たちからも警備隊での事を話そう」