表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第三章 陰謀のハイネ
67/650

炎の魔女

 ベルはそのまま聖霊教会の裏にまわる、聖霊教会の周囲は小さな菜園になっていて礼拝堂の西側には孤児院らしい建物があった。

そこから南西に100メートル程離れた林の中に石の墓石や木の墓標らしきものが見えた、その墓地は東西約80メートル南北約40メートル程の大きさだ、そのまま彼女は墓地に向かった。


墓地の近くから黒い煙が上っているがずいぶん小さくなっていた、その時また何者かの視線を感じた、やはり誰かがベルを監視している。


そして墓地全体が薄い(カスミ)のような何かで覆われていた、歩みを止め良く観察するがはっきりとはしなかった、それと同時に本能的に空氣に違和感を感じる。

ベルは意を決して再び進む、墓地の脇で粗末な身なりの者達が火葬を見守っていた。

彼らは時々ベルを見て何事か話し合っていたが、ベルは彼らにはかまわず墓地の近くまで近寄り違和感の原因を調べようとした。


陽炎の様な透明な澱んだ空氣のような物が墓地全体を覆っていたのだ、そして火葬を見守っている者達にはこれが見えないようだった。

この漠然とした空氣の違和感に覚えがあった。


「そうだコステロ・・・」


コステロが執務室から出ていく時だった、ベルの頭の上に隠しダガーを置いた時に感じた不思議な感覚に良く似ていたのだ。


ベルは更にその墓地を覆った陽炎のようなわだかまりを観察する、それは僅かにどこかに向って動いている様にも見えた。

その流れの先を確認する為に墓地の東側に向かう、そのわだかまりはゆっくりと人が歩く程の速度で墓地から這い出て東南の方向に向っているようだ。

思い切ってその中に入ってみたが不快感が僅かに強くなっただけで特に異変は起きない。

そして10日程前にバーレムの森でルディが破壊した動屍体から出てきた黒い瘴気を思い出した、それはルディが無銘の魔剣で打ち払った。


(これは普通の墓地でも起きているのかな?普通の人には見えないだけで・・・神隠しにあってから墓地に近寄った事がなかった)


この流れの先を調べたかったが、今はコッキーを探すのが先だと思った。


(でも墓地の近くに何かがあるかもしれない少しだけ先を見ておこう)


肩に掛けていたロープの束を墓地の柵にかけると、墓地からその瘴気の流れを追って行く、そして数十メートルほど林の中を南東に進みながら徐々に速度を上げていく、それはやがて精霊力を解放した全力疾走となった。


その速さは騎馬による疾走を越える速度にまで達し、その速度を保ちながら走り続けた、林を抜け人影の無い田園地帯を突っ切りまた林に入った所で急に止まる。


「まだ流れがある、散らずに固まったままだ」

ベルは無意識に独り言を呟いた、バーレムの森に居た時はいつも一人で話をしていたものだ。


周囲を見渡し一番高い木に素早く登りそして周囲を見渡した、傾いた陽の光の中で良く整えられた田園地帯が輝いていた、それはハイネの繁栄と安定を良く表している様だ、そして瘴気の流れの先は林や田園を横切りその先に伸びているようだがその先は見当がつかなかった。

ベルはこの流れの先を調べるのはルディ達と相談した後だと判断した、墓地の近くまで一度もどりハイネの西の新市街をもう少し調べてから宿に帰る事にしたのだ。


ふと北を見ると田園地帯の遥か北にハイネ市の外壁が見えた、新市街は手前の林に遮られて見えなかった。


ベルは木から飛び降りふたたび聖霊教会に向かって疾走り始めた。









聖霊教会の近くまで戻ると徐々に速度を落とす、墓地まで戻りロープを回収し聖霊教会の孤児院の脇を通る、教会の裏には名も知れぬ花々が咲いていた。

ベルは一息つくと新市街の外縁にそって黒い煙が幾筋も立ち昇る新市街の北西部に向って歩き始める。


ベルはまた視線を感じたが殺意は感じない、歩きながら網を広げる様なイメージで己の意識を広げていく、その気配の元はかなりの距離を保ちながらベルの後を付けているようだ。


そこからどのくらい進んだろうか、日が沈みかけ徐々に夜の闇が広がり始めていた、まもなく城門が閉じられる時刻だ。

ベルは大きな広場に到達すると広場を横切り大きな倉庫の横の路地に入っていく。


しばらくすると南東の端から一人の男が広場に入って来た、男は職人の様な風体をし手にした工具箱からは鍛冶屋か金属細工師のようにも見える。

その男は少し急ぐようにベルが入っていった路地に向かうが路地の奥を見て舌打ちした。

その先には誰もいなかったのだから、しばらく路地を進むが諦めたように立ち止まった。


「クソ、また見失ったか・・だがこれ以上あいつに近づくのは危険すぎる」


その時男は突然もの凄い強い力で右腕を掴まれた。

「あいつって僕の事?」


男が驚き振り返ると目の前に黒い長い髪の美しい少女が不敵な笑みを浮かべていた、そして男はこの距離まで接近されるまで少女の気配に気が付かなかったのだ。

「おまえは!!」


その黒い長髪の少女はベルだった、徐々に男の腕を掴む力を強くしていった。

「おじさんに見覚えがある」

ベルは捕まえた男を見ながら何かを思い出そうとしていた。

「思い出したぞ!!」



「『火蜥蜴の吐息』!!」


ベルは左側から聖霊力の奔流を感じ振り向く間を惜しみ後ろに飛びすさる、その直後ベルがいた場所を人の頭ほどの火球が通過していった。

すでにベルはその精霊力の奔流がアゼルの魔術によく似ている事を見抜いた、男は素早く離れて距離をとっていた。

「また世話をかける」

その男はその新しい登場人物に声をかけた。


「ほんと今日は忙しすぎるわー」

それは若い女の声だった。


声の主は広場の方から路地に入ってくる、その女性は魔術師のローブを纏い奇妙に折れ曲がった三角帽子を深く被り顔は良く見えなかった、だがその女性はローブを纏ってるにも関わらず非常に女性らしい体型をしている事が良くわかる。

ベルのどこかでその女性に本能的な反発が湧き上がって来た。


ベルは僅かな既視感をその女性に感じていたがはっきりとはわからない、もっと彼女の顔を良く見たいと思った。

「だれ?太っちょおばさん」


暫くの間深い沈黙が場を支配していた。


「あんたみたいな小娘には男の好みはわからないわね」

「そうなの?若い娘の方が良いって何処かのおじさんが言っていたけど?」


ベルはその魔術師の女性の年齢を見抜いていたわけではなかった、相手を挑発する為に適当に言ってみただけだ、外れても当たっても相手を怒らせる事ができると計算していた。


「棒に『女』と書けば貴方になるわよ、本物の男は棒女には興味なんて示さないのよ?」

ベルを弁護すると彼女は痩せ気味だが決して棒ではない、だがその時ベルの脳裏にルディの姿が映し出されていた。

「えっ、だって・・・」

ベルは少し動揺していた、ルディは大概の女性に紳士的で親切だったのだから、あの男の本当の好みが良く解っていなかったのだ。


女魔術師はベルの期待通りに激昂はしなかった、だが数歩進み出てきたその女性はすでに三角帽を深く被ってはいなかった、婀娜(アダ)っぽい美しい顔を晒している、顔を幾分紅潮させてその瞳は怒りを(ニジ)ませ、引き締められ歪んだ口元のホクロがとても印象的だった。

その女魔術師こそテヘペロ=パンナコッタその人だった。


ベルはその女性こそラーゼの大道芸でピッポ=バナージを支援していた女性と悟った、そしてピッポがルディの魔剣に興味を示していた事も合わせて思い出していた。

だが彼らとコッキーとの接点がはっきりしない、だが聞き込みでコッキーと小柄な中年の魔術師が行動を共にしていたと言う証言を思い出したのだ。




「お前達が犯人だな!!コッキーはどこだ!?」


ベルは怒っていた、ルディの魔剣を奪いコッキーに結果的に殺人を強いたのだから、だがベルは二人を捕まえて情報を得るつもりだった、彼らを怒りのまま殺すわけにはいかなかった。


ベルはロープの束を投げ捨て剣を抜き放つ。


「やば!!テオ支援して!!あれをやるわよ!!」

「わ、わかった!!」


テオが二本のダガーをベルに向っていきなり投げ放つ、ベルはそれをいとも簡単に回避した、だがその僅かな間でテヘペロは下位の幻覚魔法を行使する。


「『陽炎の隔壁』!!」


テヘペロの姿が炎の壁に包まれ踊るように歪む、ベルは僅かに躊躇したテヘペロの位置感覚が掴めなくなったのだ。


これは中位の『炎の隔壁』に似た炎の壁を生じるがそれは幻覚にすぎない、そして相手の感覚を僅かだけ狂わせる、こけおどしの術だが要求される魔力量が少なく行使までの時間も短い、特に魔術戦に慣れていない相手には有効な術で、熟練者はこれを高位の術と組み合わせて使う。


「『火蜥蜴の吐息』!!」


下位の攻撃魔術の一つで火の魔術を得意とする魔術師の定番だ、彼女は普段のテヘペロからは想像もできない真剣な表情になっていた、テオはそれを横目で認めテヘペロが目の前の長い黒髪の少女を怖れている事を改めて思い知らされた。

幻覚の壁を突き抜けて先程と同じ火球がベルに向かって翔ぶ。


ベルがそれを姿勢を低くして回避し反撃に出ようとした瞬間、テオが二本のダガーをベルに向って再び放つ、ベルはそのダガーの一本をグラディウスでテオに向かって正確に打ち返し、もう一本はギリギリの間合いでやり過ごした。


「とんでもないガキだ!!」

テオは撃ち返されたダガーを必死に回避しながら悪態をついた、そして彼もまた熟練の玄人らしく素早く動いた。

だがこの間にテヘペロは中位の魔術の術式の構築を終わっていた。


「いくよ『火猫の九尾鞭(ナインテイル)』!!!さあ、あいつのお尻におしおきよ!!」


幻覚の炎の壁の後ろ側から、幾筋もの炎の鞭が意思を持つかの様にベルに迫りくる、まるで炎の蛇の群れのようだった。

ベルはそれらを躱しながら切り払うが彼女のグラディウスは魔剣では無いので炎の鞭に手こずっていた。


その時ベルは女魔術士の方向から膨大な精霊力の高まりを感じていた。


そしてテオが何か小さな物を投げ上げた、ベルはそれを脅威と即断しその場から強引に数メートル跳躍して退避に入る、だが回避を捨てて強引に逃げたせいでベルのお尻が炎の蛇に絡まれてスカートが火を吹いた。


「うわっ!?」


その時テオが投げ上げた物体が空中で炸裂し黄金の閃光を解き放つ、周囲のすべてが金色の光に包まれた。


テヘペロは遂に術式の構築を完了し彼女の叫びが響き渡る。


「『精霊女王の天幕』!!」


ベルは強い光で視力を失っていた、だが冷静に感覚を研ぎ澄まし敵の攻撃に備えていた、その時女魔術士と男の気配が忽然と消えた、スカートの火を素早く打ち消しながら目を開いた。

先程まであった炎の壁も鞭も消えていた、そしてあの二人の姿も気配も消え去っていた。


その時ベルの後ろで騒動が起きていた。

「たいへんだ火事だ!!!」

「誰か水をもってこい!!」


ベルが思わず後ろを振り返ると一軒の家から炎が吹き出しているではないか、あの女魔術士の魔術の流れ弾のせいだった。


「ここを離れないと」


ベルは力を解放しその小路から一気に消え去る、その時ハイネの閉門を告げる鐘の音が聞こえ始めた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ