コッキーを捜せ
ルディ達三人は遅めの昼食を楽しみ、ふたたび『ハイネの野菊亭』に戻ってきた、入り口をくぐると彼らの姿を認めた店主が慌てた様子で駆け寄って来た。
「あんたらか!?大変な事が起きたぞ!!」
「もしやコッキーに何かあったのか?」
「あの娘があんたらの剣を持って抜け出したらしい」
「なん・・だって!?」
三人は絶句した、ルディは思わずベルの事が気になり彼女を見た、目を見開きあきらかに衝撃を受けている。
「あの部屋はアンタが護りの魔法をかけていたのか?俺たちでは部屋の中までは確認できなかった」
「私が守護の術をかけました」
宿を去る時には守護の術を解除するが、重要な物を部屋に残す時は解除せずそのままにする、今日はコッキーが自由に出入りできるようにしたのが裏目にでたのだ。
「まあ、たいしたものだな、まだ警備隊には通報していないぞ、通報するかどうかはあんたらで決めてくれ」
「店主・・・詳しい話を聞かせてくれないか?」
衝撃から立ち直ったルディが店主に話しかけた。
「ああ、俺は話を聞いただけだ、店の外で掃除をしていたセシリアを呼ぼう、今は小休止のはずだ」
店主は足早に厨房に向かう。
「信じられないよコッキーがそんな事するなんて・・・」
ベルの表情は今にも泣き出しそうに崩れていた、そんな彼女の珍しい表情に胸を突かれたルディは優しく彼女の肩をひきよせた、普段のベルなら軽口を叩いて拒絶しただろう。
そこにアゼルが口を開いた。
「とりあえず私は部屋の中を確認してきます、私にしかできない事があるので」
すぐにセシリアが店主と共に受付に戻って来る。
「貴方達ね、私に何を聞きたいのかな?」
ベルは一歩ルディから離れる、セシリアはそんなベルを見て少し驚き僅かに戸惑った。
「見たまま教えてくれれば良い」
「わかったわ、朝のかき入れ時が終わって厨房の片付けをしてから、店の前の掃除をしてたの、そしたらいきなり目の前にあの子が現れたのよ、お店の二階から飛び降りたらしいわ、あの子はそのまんま剣を肩に担いでどんどん歩いて行くのよ、そして大通りに向って右に向かったわ」
「二階から飛び降りただと?」
二人は信じられないかのように顔をお互いに見合わせた。
「わかった、ベルもそっちの部屋の中を見てきてくれないか」
「見てくる・・・」
ベルが階段を足早に登っていった、それを見送りながらルディは何事か考え込んでいた。
「ルディさん?」
「おお!?すまないな、コッキーの様子をもう少し詳しく知りたい」
「ごめんね、私あの娘の後ろ姿しか見ていないの、そうだそこの八百屋さんなら、彼女が飛び降りたところから歩いていく所を見たのよ、なにか怖がっていた」
「怖がっていた?」
「ええ何か普通じゃないって」
そこに二階からベルが戻ってくる。
「ルディ、僕達の部屋は何も起きていないよ、僕とコッキーの荷物はそっちの部屋に移していたからね」
「そうだったな」
「セシリアありがとう、また何か聞きたい事があったらよろしく頼む」
ベルにはルディは愛剣を奪われたのにもかかわらず表面的には落ち着いて見えた。
「ええ、お力になれるなら、あの娘に何があったのかしらね?ああ、私が首を突っ込む事じゃないわね、じゃあ私は仕事に戻らないと」
セシリアは足早に厨房に戻っていった。
「アゼルが戻ってきたらそこの八百屋から話を聞こうか」
「八百屋だって?」
そこにアゼルが階段を降りてきた。
「剣以外は無事な様でした、詳しい話は後で・・・彼女は窓から出たようですね」
そこに受付のカウンターに戻っていた店主が声をかけてきた。
「そこの八百屋の店番はサラって言う気の良い叔母さんだぞ」
「店主ありがとう、あと金は無事なので心配しないでくれ」
「ははは、そりゃ良かった」
「店主すぐ戻る!!」
ルディを先頭に三人は宿を出て、八百屋を探したがすぐ目に前にそれはあった、そして八百屋の店番の中年の婦人に声をかける。
「サラさん少し話を聞きたい」
「ん?あんたらそこの宿屋の客かい?」
ベルが商品棚に陳列されている果物を数個ほど小さな篭に選んで放り込みはじめた。
「そうだ、今日の朝、宿の二階から剣を担いで飛び降りた娘がいたと聞いた、詳しい話を聞かせてくれないか?」
「これください・・・」
「まいどあり!!はいよ全部で3ビンだよ!!元気ないね?それを食べると元気がでるよ?」
ベルは少しだけ微笑んだ、サラは少し機嫌が良くなった様だ。
サラは宿のルディの部屋の窓辺りを指差しながら。
「えとね、あそこから女の子が飛び降りて来たのよ、顔に表情がなくて死人みたいだったわね、死んだ魚みたいな目をしていたのよ、なんか怖くて声をかけられなかったわね、そのまんま大通りに出て西に向かったわよ」
三人は更に困惑してまた顔を見合わせた。
「一度部屋に戻りましょう、事件が起きてから数時間経過していますよ、今から慌てても意味はありません」
「ああ、今後の方針を決めようか」
三人はサラに別れを告げ宿に戻り、ルディ達が借りている部屋に集まった。
「コッキーがそんな事するなんて・・・」
ベルは黄昏の世界でコッキーを背負い何時間も走り続け、そして昨日はコッキーを背負い城壁を越えた、彼女の温もりや臭いも忘れてはいない。
「彼女に出会ってから5日しか経っていません、私はまだ彼女をそこまで信用していたわけではありませんでした、あれが起きる前までは」
「俺もだ、まだベルには言っていなかったが、女神が言っておられたのだ『もう一人はこれからお前たちの役に立つかもね』とな」
ルディはベルの姿に变化したテレーゼの土地女神の感情が読めない黄金色の瞳の深淵を思い出した。
「もう一人ってコッキーの事?」
ルディとアゼルがそれに無言で頷き肯定する。
「彼女を我々の仲間として受け入れようかと思い始めていた矢先のこれだ・・・だがな、コッキーが物欲や金銭欲で魔剣を持ち出したのかは疑問だな」
「どうも彼女の様子が普通では無いようですね」
「なにか操られていた?」
「今にして思えばコッキーが時々意識を失っている様に見えた事があった」
俯いていたベルが顔を上げた、何かに気が付いた様な表情があった。
「そういえば気になる事がある」
「何とも言えませんが、脅されている可能性よりも高いと思いますよ、その可能性も否定すべきではないですが・・・」
「だが彼女の手がかりが何もない、そこで彼女の目撃者を探り、何処に向かい誰に接触したか調べよう思うのだ、彼女はかなり目立っていた、ならば彼女を覚えている者がいるかもしれん」
「そうですね殿下、今はそれしかないです、他に手がかりが何もないですから」
「ねえ、魔術街でコッキーが誘拐されかけた時、誘拐犯の奴らがジンバー商会と名乗っていたよね?」
「おお、覚えているぞ、魔剣と関係有るかはわからんが、ついでに街の人間に聞いてみるか」
「そうですね、まずは彼女の足取りをまず追いましょう」
三人は手早く準備を済ませるとコッキーの足取りを追うために再び街に出る。
商店街の住人たちから、コッキーは大通りに出て西に向かったと言う証言があった、三人は手分けして大通りに面した屋台や商店の店員などから片っ端から聴き取り調査を始める、蒼いワンピースに大剣を担いだ美少女の目撃者を探すのだ、案の定その印象的な姿を覚えている者が複数見つかる。
三人は打ち合わせ通り中央広場に程近い武器屋の前で落ち合った。
「思ったより覚えている人が居るみたい、コッキーは中央広場に向っているみたいだね、あとジンバー商会は南西の倉庫街にあるって」
「私も目撃者を見つけましたが、同じく一人で広場に向っている様です、あとある目撃者から少し前に同じことを聞かれたと言われましたよ」
「他にコッキーを探している奴らがいるのか?」
「とにかくコッキーが中央広場からどこに向ったか調べようか」
三人は手分けして中央広場沿いの屋台や商店に聞き取り調査を始めた。
中央広場の周辺は大きな商館が立ち並んでいたが、露天商や大道芸人達も商売をしていた、彼らの中に蒼いワンピースに大剣を担いだ美少女を覚えて居る者がいた、彼らはその少女が共通して西に向かったと証言していた。
更に何人かは警備隊と思われる男達から同じ事を聞かれている、三人は中央広場から西門に向かう大通りの入り口に再び集まり情報交換を始めた。
「コッキーは西門の方に向ったらしいよ」
「ハイネの警備隊がコッキーを探しているようだな」
「殿下、宿の店主は警備隊に通報していないと言っていました、誰かが通報したのでしょうか?」
「わからんな」
そこに警備隊の兵士達が三人に近づき声をかけてきた、その中の指揮官らしき男が歩み出る。
「そこの三人少し話を聞きたい!!」
ルディはベルに小声で囁いた。
「いいか俺とアゼルにすべてまかせて黙っていてくれ」
ベルは一瞬不満げな顔をしたが頷いた。
その兵士は三人が商人と魔術師と従者と見て取り、態度を少し丁寧に改める事にしたようだ。
「我々はハイネの警備隊の者です、少しお話をうかがいたい」
「我々にどんな御用ですか?」
「あなた方は剣を持った少女を探していると聞きました」
「ええ、我らはエルニアの魔術道具商でして、お恥ずかしい事に商品を奪われまして、その犯人の手がかりを探しておりました」
ベルはコッキーを犯人扱いした言い草に何か言いたげだったが今の所は耐えているようだ。
「剣を盗まれたと?詳しい事情を伺いたいので、警備隊本部にご同行ねがいます」
「解りました・・・使用人を連絡の為に宿に送りたいのですが宜しいですかな?」
指揮官はベルを小間使いに過ぎない小娘と判断したのかそれを承諾した。
「ベルよ宿に何時戻れるかわからないと伝えてくれ」
ルディの目は後はお前に任せたと語っている様にベルには感じられた。
「はい若旦那様かしこまりました」
ベルはわざとらしい『忠実なメイドでございます』と言った仕草で一礼する、ルディはそのベルの態度と口調に苦笑いを浮かべた、だがその笑みからは安堵すら感じられた。