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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第三章 陰謀のハイネ
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退魔の聖女像

 コステロ商会を退去した三人は、改めて瀟洒(ショウシャ)な商会の建物を振り返った。

「これでなんとか潜り込めそうですね」

ベルが抱きかかえていたエリザが腕の中から抜け出してアゼルの肩の上に跳び移る、アゼルはエリザを優しく撫でた。


三人はひと仕事終えた気分から広場の雑踏を暫くのあいだ眺めていたが、そこでルディが二人を振り返った。


「まだ時間がある、話に聞いた魔道士の塔やハイネの聖霊教会を見ておきたい」

「ルディ、ハイネの聖霊教会ってどこにあるの?」

「この街の北東部らしい、大きな建物なのですぐにわかるそうだ」

ルディはいつのまに情報を仕入れていたらしい。


三人はそのまま昨日魔法街に向かった同じ道を城の正門に向って北上する。

セザーレ=バシュレが使っている、ハイネ城の北東の大尖塔『魔道士の塔』の姿がしだいに大きくなって行く、昨日までは他の塔と区別など付かなかったが、今は塔全体に不吉な影を感じた、もっとも思い込みに過ぎないのかもしれないが。


「昔はあの塔は牢獄だったらしいですね」

「ふーん」

ベルのあまり興味なさげな反応にアゼルは少し怒りを込めた視線で睨みつけた、ベルの頭がふいっとあちらを向くと。


「あ、修道女の行列だ」


アゼルが一瞬震えそしてベルの視線の先を見る、そこには若い聖霊教会の修道女達が列を作り裏通りから大通りに出て来たところだった、彼女達はそのまま大通りを南に向かっていく。

ベルはアゼルの反応に僅かに眉を動かしたが、何事も無かったかのように前を向き直り歩き続ける、アゼルは何か物思いに(フケ)り始めた、ルディはそれを憂うように古い友を見つめるだけだった。


彼らは城の正門まで来ると昨日とは反対に東側に向かった、ハイネ城の東側の広大な敷地がハイネの聖霊教会になっているのだ。


聖霊教会の広大な敷地全体が幅5メートル程の広い街路に取り巻かれていた、敷地は石柱の高い柵で仕切られているが、柵の隙間から中が見えるので圧迫感は感じない。

敷地内には図書館、教育機関、修道女院、大司教府などが立ち並んでいるはずだが、ルディ達は詳しい事は知らなかった、だが一番大きな大礼拝殿は説明されるまでもなくすぐに判った。

建物は総て白い石材で建造されており、全体的に白に統一されていた、それらは芝生の緑と対比してとても美しい。


そして彼らの位置からはハイネ城の東側の尖塔は首が痛くなるほど仰ぎ見なければ尖塔の先まで見ることができない。


「これは高いな、テレーゼが自慢するだけの事はあるな」

ルディが感心したように塔を仰ぎ見る。


「ほんと登りにくそうだね」

ベルが呆れたような口調で応じた、ベルが言っているのは塔の外壁をよじ登る事なのは明らかだ。


「ベル!?あれを登るつもりなのか!!」

「もしかするとそれが必要になるかもしれないだろ?」

「ベルサーレ嬢が言うようにそのような事が起きないとも限りませんね、それが起きない事を祈るだけですが」

『キキッ!!』

エリザがアゼルの魔道士のローブの襟を引っ張った、アゼルは少し笑いながら。

「まあ貴女なら登れるかもしれませんね」



「大礼拝殿は一般に開放されているらしいな、参拝しておこうではないか」

「わかりました殿下」

「ほんと大きな聖霊教会だね」

「ここはテレーゼ最大の聖霊教会ですからね」


大きな半円の白い石造りのアーチをくぐると、大礼拝殿まで広い石畳の参道が続く、両側には偉大な聖人や精霊を形どった石像が立ち並んでいる。

参道には参拝者がまばらに行き来していたが、テレーゼが平和な時代には大陸各地からやってくる巡礼者で溢れていたらしい。


やがて巨大な大礼拝殿の入り口に到達した、両開きの巨大な扉は開放されている。


その扉の前に見事な造りの二体の退魔の像が建っていた、各地の精霊教会の礼拝所におなじみの邪悪を退ける男女の聖人の像だ。

一体は三日月の様に両端が跳ね上がった白く長い口髭を蓄えた、頭が禿げたずんぐりとした体型の初老の男性で、凄まじい筋肉質の肉体を誇っている、そして西方世界のトーガのような布を(マトイ)い邪悪な悪霊を踏みしめながら片腕を力強く天に向って突き上げている。


もう一体は美しい妙齢の女性だった、その像は鍛え抜かれた力強さと同時に美しさを誇っている。

聖霊拳が理想とする、力、俊敏さ、持久力、そして美しさとの均衡から生み出される『肉体美』を体現していると言われている、その女性像はトーガを身に(マトイ)っていたがその下は全裸としか思えなかった。

そして彼女の片足は邪悪な悪霊を踏みしめながら、片腕は礼拝殿を訪れた信徒を招き入れる様に差し伸べられていた。


そして二体とも古代の忘れられた聖霊拳の達人ではないかと言われているが、今だに結論は出ていないらしい。

性に厳しい世の中だが、この退魔の聖女像だけは公認で堂々と表現できる題材なのだ、おかげで芸術家達が非常に好む題材でも有り聖女像を家に飾る資産家も多い。


「大きな教会でないと略式の退魔の像しかないんですよ、ここにあるのは様式に忠実に創られていますね」

アゼルが学者の目で二つの像を興味深げに観察していた。


「聖女様の布が広いな、これはかなり歴史がある像だぞ」

ルディが感慨深げに語るのをベルが呆れた様に突っ込んだ。


「ええっ!?もしかして新しい像ほど布が小さくなるの!?」

「そうだぞ?ベルは知らなかったのか?」

ルディは『そんな事も知らないのか?』と言った責める様な表情でベルの顔を見つめてくる。



脱げば脱ぐほど強くなる・・・

当たらなければどうって事は無い・・・

肌で風を感じよ・・・

肉体こそが至高の防具にして究極の武器なり・・・



ベルは聖霊拳に(マツ)わる数々の名言を思い出した。

「アマンダはどうなんだろう?」

ベルは聖女像をアマンダに・・・


今にも吹き出しそうな顔をしたルディが手の平でベルの頭を軽く叩いた。

「ベル、今おまえはここで禄でも無いこと考えているだろ?俺にはわかるぞ?」

「うん、止めた・・・」

「では中に入ろうか」



基本的な構造は他の聖霊教会の礼拝所と変わる所は無かった。


だがその内部は荘厳で美しい、歴史の長いテレーゼ王国の栄光を偲ばせる大礼拝殿だった。

「あれが精霊王のレリーフです」

礼拝殿の最奥に精霊王のレリーフが鎮座していた。


ラーゼでルディが真っ二つにした盾にも精霊王の顔が象られていたがそんな粗雑な造りではなかった、もっとも生きている者で精霊王の姿を正しく知る者は伝説の『偉大なる精霊魔女アマリア』だけだった。


このレリーフも伝説や伝承から再現したものに過ぎないが、緻密な細工で白い分厚い岩の板の上に見事に刻み込まれていた、金の燭台に立てられたロウソクの火に照らされそれは神秘的に輝やく、三人はそれにおもわず見惚れてしまった。


エルニアのアウデンリートの聖霊教会もなかなか立派だが、この聖霊教会と比べるとどうしても歴史の厚みにかけている。

伝統を重んじる者達に言わせるとエルニアの聖霊教会は『布が小さい教会』なのだ。


その僅かな沈黙をアゼルが破った。

「大礼拝堂の近くにテレーゼの土地女神のメンヤの小さな礼拝所があるそうですいって見ませんか?」

ルディとベルは頷いた、そして感心したようにベルが口を開く。

「アゼル良く知っているね?」


「正門の近くに案内板がありましたよ?ベルサーレ嬢」

「そ、そうだっけ?」

「ええ確かに在りました」

ベルはとぼけた様に視線をはぐらかした。





アゼルの案内で大礼拝殿の東側に向かう、静かで清楚な庭園の中に小さな礼拝堂があった、大きな釣り鐘の様な形をした白い美しい形の建物だった。


「ここのはずです」


その礼拝堂には入り口が一つ、高窓から陽の光を内部に巧みに取り入れる工夫がなされている、中央に豊満な半裸の女神像が置かれていた、像の高さはベルと同じ程だろう。

その像は大地が盛り上がりそこから生まれでたかのように下半身は土と一体化している、上半身は美しく豊満な人間の女性だったが、人との最大の違いは両眼の間の額にもう一つの目が開いている事だった。

その三眼の女神は古い様式のホルンを右手に持っていた。


「似ているな、ゲーラで降臨された女神に似ている」

「違いは有りますが似て居られますね」

ベルは土地女神のメンヤの降臨には居合わせていない。


「ホルンとトランペットですか・・・」

アゼルは小さく呟いた。


「さて遅くなったが昼食をとってから宿に帰ろうか?」

「そうだね、コッキーも治ったかな?」

「ここは貴族の舘が集まっていた地域なので安い店があれば良いのですがね」


三人はメンヤの礼拝堂を後にした。








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