盗まれた魔剣
蒼いワンピースの小柄で華奢な美少女が大剣を肩に担ぎ大通りを中央広場に向って進んでいく、普段の明るいがどこか自信なさげなコッキーとは思えないほど堂々とした態度だった、往来を往く人々は都会人らしい無関心で彼女を見送る。
もっとも彼女の無表情な美貌と暗く意思の輝きを感じさせない瞳を見た者で、彼女に関わり会いに成りたいと思う者はいなかった。
中央広場を抜けたコッキーはそのまま西門に向って進んでいった、そして西門にそのまま向かうかと思いきや南に向かう狭い路地に入って行く。
ハイネの南西部は倉庫や工房が集まりそこで働く労働者達の住居がある地域であまり品の良いとは言えない場所だった。
そのハイネの南西の西門にほど近い倉庫街にジンバー商会の倉庫があった、折しも商会の倉庫から荷物を運び出す一組の輸送隊が出たところだった。
その荷車を引くのはジム=ロジャー、他に三人の人夫が荷車を押す、そこに用心棒らしき男が二人付きそう、その一行を指揮していたのはあのオーバンだった。
荷車は幾つもの木箱を載せていたが、厚手の灰色の布が被せられて詳しく中身を確認する事はできなかった。
その彼らの目の前の狭い十字路を大剣を担いだコッキーが堂々と横切って行く。
「ああっ!?あのガキ!!」
オーバンが即座に反応し十字路に向って走り出した。
「オーバンさん!?」
馬車を押すジンバー商会の人夫と用心棒達が驚いた様にオーバンに呼びかける、荷車を引くジム=ロジャーもさすがに想定外の状況に固まった。
(今のはあのちびっ娘じゃあないすか?剣をかついでいたっすね、盗み出すのに成功?)
オーバンは十字路でコッキーの後ろ姿を見て何か叫ぼうとしたが、何かを思い出したように周囲をキョロキョロと見渡し始めた。
そして安心したかの様に何時もの下劣な顔に戻ると、コッキーを足早に追い掛け始める、残されたジム=ロジャー達は途方に暮れたが、用心棒達がオーバンを追いかけ始めたのでそれに付いていくしかなかった。
オーバンの喚き声が聞こえてきた、ジム=ロジャー達は荷車を十字路まで進め苦労して方向転換させたが、その時にはオーバンはコッキーに追いつき彼女の肩に手をかけていた。
「おい何処へ行く無視するんじゃねえ!!」
そこにオーバンの後ろに二人の用心棒が追いついた、荷車を引くジム=ロジャーもここは決断のしどころだった。
(あのちびっ娘、この街の博士のいる宿に向っていますよ、邪魔をさせるわけにはいかないっす)
ジム=ロジャーは荷車を引く手を離しオーバンと二人の用心棒を排除すべく動き始めた。
「おい、止まれよ!!」
オーバンはコッキーの肩に手をかけ更に強く引いた、彼女は歩みを止めてゆっくりと振り返った、そのコッキーの顔を見たオーバンは怯む、無表情な顔と意思の輝きを感じさせない瞳はオーバンを見ているようで見ていなかった、後ろの用心棒達もそのコッキーの表情を見て僅かにたじろいだ。
ジム=ロジャーも足を止めた、理由ははっきりしないが非常に嫌な予感がしたからだ。
オーバンはコッキーに怯んだ事で更に怒り、コッキーの頬を平手で叩いた。
狭い路地にコッキーの頬を叩く音が響く、だがコッキーの頬に赤く手形が残ったが彼女にまったく反応が無かった。
二人の用心棒は目の前の少女の反応に更に腰が引けて行く。
更にオーバンはコッキーが肩に担いだ剣に手をかけようとする。
「なんだこの剣はよ?」
その瞬間の事だった、オーバンはコッキーの左手に払われて吹き飛ばされていた、倉庫の壁に叩きつけられ動かなくなる。
(この馬鹿力は!?もしかして・・・やばいっすよ!!)
二人の用心棒は抜剣して剣をかまえる。
「このガキ!!オーバンさんに何をしやがる!!」
だが用心棒達もすぐに斬りかかる度胸はないようだ、彼らもオーバンの惨状を見て躊躇しているのだ。
「そこのお二人、ソイツから離れた方がいいっすよ?」
ジム=ロジャーは警告しつつ荷車の方向に下がり始めた、だがジム=ロジャーの警告は裏目にでた。
「人夫風情がお節介を言うんじゃねえよ!!」
二人が剣先をコッキーに向けた瞬間の事だった。
コッキーが突如抜刀した、それは素人の基本もなっていない剣技であったが、それは人外の力と速度で鋼鉄を切り裂く『無銘の魔剣』が揮われた瞬間だった。
横薙ぎにはらわれた魔剣は、用心棒達を剣ごと上下に両断した、大量の血が吹き出し何か見るに耐えない物が石畳の上に派手にぶち撒けられる。
荷車を押していた人夫達が悲鳴を上げながら我先に逃げ出し始めた、ジム=ロジャーもその時には全力でそこから離れようと駆け出していた、あのちびっ娘が追いかけて来ない事を祈りながら。
ジム=ロジャーは走りながら後ろを振り向くと、あのちびっ娘は剣を担いで堂々と歩き去って行く所だった、彼は走るのを止めて振り返る。
少女はその先の四つ角で右に曲がり姿を消した。
(追いかけて来なくて助かったっす、あいつに勝てる図が描けないっすよ)
先程の騒ぎを聞きつけた通行人や倉庫の中から労働者達が出てきた、彼らは路上の惨劇に悲鳴を上げ、中には嘔吐する者もいる。
(さてどう後始末をつけようかな、まあオーバンを起こして全部あいつにやらせればいいっすよね?一番エライし)
やがて自警団の男達が集まってきた、彼らは現場の惨状に驚き動揺しているようだ。
「これは手に余るぞ警備隊にすぐ通報しろ!!」
「おい、こいつはまだ生きてるぞ!?」
(今の騒ぎを早く博士に伝えないとやばいっすよ、あの宿はここからそう遠くないっすからね)
野次馬に紛れながらジム=ロジャーは姿を消すことにした、悲鳴を上げて逃げた人夫達と一緒に逃げた事にすれば良いのだ。
ハイネの南西の下町の小さな繁華街に宿屋『鉄槌亭』があった、看板代わりに大きな木製の作り物のハンマーがぶら下げられている。
すでに街は仕事場に向かう労働者達と、宿から旅立つ旅行者達で溢れていが、その雑踏を押し分けるように一人の少女が進んでいく、彼女の異様な雰囲気に当てられた者は皆たじろいだ、荒っぽい下町の住民も直感的に少女に危うい何かを感じ誰も彼もが道を譲ったのだ。
その少女は『鉄槌亭』の近くまで来ると突然足を止め、そして人一人通れるような小路の奥を向いた。
「うひひ、良い子ですね、お前さんが向ってくるのは少し前にわかりましたぞ、しかし昼間に動くとは思いませんでしたよ・・・目立ってしまいますな」
声をかけたのはピッポ=バナージだった。
「とにかく私についてきなさい」
ピッポはコッキーを連れて『鉄槌亭』の入り口をくぐる、そのままコッキーを二階の部屋に連れて行った。
「さて私に剣をわたしなさい」
コッキーは目の前の粗末なテーブルの上に魔剣を置いた。
「・・・さあお金をよこしなさい・・」
コッキーが口を開いたがそれは普段の彼女らしからぬ声と口調だった。
「ほお、これは面白いですぞ?これは死霊の意思ですかな?」
その時ピッポはコッキーのワンピースに処々に付いた血のシミのような物に気が付き僅かに眉を顰めた。
ピッポが何か思いついた様に魔剣の柄に触れ剣を鞘から引き抜く、その魔剣の刀身は赤く血塗られていた。
その時、宿の階段を足早に登って来る音が響く、ピッポは警戒したがドアの外から知った声の呼びかけに安心すると同時に新しい不安を感じた。
「博士ちょっと開けてください!!」
慌てて鍵を外すとそこに慌てた様子のジム=ロジャーが飛び込んできた。
「少年よ何か起きましたね?」
「博士ここをすぐに引払わないとやばいっすよ!!」