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アラティア総力戦体制へ

 リビングに入ってきたアゼルとホンザの表情は硬い、二人は無言で丸テーブルの周りの小さな三脚椅子に腰掛けた。

「二人して、もしかして何かわかった?」

ベルも二人の異変を感じていた、ルディはアゼルとホンザを無言で見比べる。


『ほう何かつかんだか?』

まるでルディの想いの代わりの様にアマリアのペンダントが語りかける。


「殿下これを御覧ください」

アゼルが古書を机の上にに置くとシオリを挟んだページを開く、そこに見慣れない様式の図が描かれていた。


「アゼルこれは?」

ルディが率直に疑問を口にした、図をのぞきこんだベルも魔術術式にしては単純すぎると感じた、魔術に詳しくないが魔術術式は複雑な記号と式の集合体なのだ。

そのズ意識は大きな円周上に小さな円が幾つも連なり、よく見ると小さな円は独立しお互いに繋がってはいない。

そして中心から少し離れた場所に小さなが円が一つ太い線で描かれている。


「魔術陣地に関してはホンザ様の方が詳しいのでお願いします」

アゼルはホンザに振るとそれにホンザが応える。

「セナの魔術陣地もこの屋敷の魔術陣地も1つの魔術陣地術式の中にあるのを覚えておるかな?」

三人ともうなずいた、ベルもホンザが屋敷を囲むように魔術術式を描いたところを見ていた。


「これは巨大な魔術陣地を構築する為の理論よ、この図は100年前に描かれたものじゃな、これらの術式が連動し内部に結界を作り上げる仕組みよ、そしてこの太い縁の円が制御用の陣地じゃ、アゼルよ」

今度はアゼルがページをめくると新しい術式が現れる、それはベルにも見慣れた感じがするが意味はわからない。

更にアゼルが羊皮紙を閉じたバインダーを開いた、そこから似た様式の魔術術式が現れる、かなり乱雑だが形や文様が書籍のものに似ていた。


「にているがこれはなんだ?」

ルディが小首を傾げた。

『これは、城の地下にあった魔術術式ではないか!』

アマリアが叫んだ彼女の声がわずかに興奮している、その後をホンザが続けた。


「アマリア様、城の地下に潜入し破壊した魔術術式です、破壊する前にアゼルがメモしたものですぞ、これは結界の制御術式です」

『これが死の結界の制御術式か?わしも魔術術式にしては不完全とおもったが全体で機能するか、これは独創的じゃな』


「ではこの太い円がハイネ城の位置なのか?ホンザ殿」

「ルディガー殿、書籍でこの結界に触れた部分は数ページにすぎなくてな、詳しい説明は無かった」

アゼルとホンザは顔を見合わせた、そして今度はアゼルが後を続ける。

「図を見ると中心の真上に制御術式が描かれていますが、ハイネはドルージュの北西に位置しています」

「真北でなければならぬと書いて無いのだろ?」

ルディの問いかけにホンザが答える。

「ルディガー殿、ドルージュとハイネ城を結んだ線の先は磁極の北なのじゃ」

「なんだと!そこまで調べたのか?」

「でな、今度は地図にこの魔術陣地を当てはめてくれぬか?」

全員の視線がベルに集まる。


「ええ!?また僕なの?」

ベルは身を軽く仰け反らせた。


「ベルさんが一番器用なのです、コッキーは難しい事は苦手なのですよ!」

キッチンから居間の会話をちゃんと聞いていたコッキーの声が良く響いた。


「わしらは他の部分の解析をすすめる、やっと全体の半分だ」

そして二人は立ち上がりかける。

ちょうどそこにコッキーが居間に入ってくる、彼女は木製の杯を乗せたトレイを持っていた、杯から湯けむりが上がる。

「お茶でもどうです?アゼルさん達も少し休んだ方がいいですヨ」


立ち上がりかけていた二人も椅子に腰を降ろした。

「そうだな、少し休もうかアゼルよ」

「そうですね、いただきましょう」

アゼルがコッキーに微笑むと彼女はわずかに頬を赤らめた。



テレーゼ平原の北東の端に城塞都市ラーゼがあった、この都市はアラティアとテレーゼを結ぶ街道の起点であり、途中から街道は別れベラール湾を左手に見ながら南東に下るとエルニアに至る。

かつてルディとベルはバーレムの森を越えアゼルと合流しエドナ山塊を越えてこのアラティアとテレーゼを結ぶ街道を目指したものだ。


そのベラール湾沿いに走る街道を北上する軍列があった、その軍旗の紋章は詳しい者ならばエルニア北辺の領主である三伯爵のカラスコ伯の紋章と理解できるだろう。

三伯爵はエルニア公国建国以前からアラティアと対立していた領主達でベラール湾に面した土地を支配している、そのベラール湾の北側はアラティアの領土だった。


そんな彼らが軍を動かし北上するのは異例の事だ、少なくとも二十年前に結ばれた和約に反する行為にほかならない。

軍は装備と武器を鳴らしながら北に進んで行く、その街道の遥か南から異様な気配が伝わってくる、低い潮騒の様な重い音だ。

戦なれした者ならばそれが進軍する大部隊の奏でる音と解るだろう、森の中から黒ずくめの者達がそれを密かに観察していた、やがて(コズエ)の音も立てずに静かに姿を消した。





テレーゼ平原から遥か北東の大地は『北の赤き竜』アラティア王国の領土だ、三方を海に囲まれたアラティアはその守りも堅固だ。

その国土を侵寇する事ができたのは軍神と呼ばれたセクサドル帝国皇帝アルヴィーンただ一人、当時はベーネル川河口の都市がアラティアの王都で海上を封鎖され降伏に追い込まれた。

現在は内陸のノイクロスターに遷都、盆地の西の口を塞ぐ強固な長壁と一体化したクロスター城が王都の守りになっている。

だがこの壁が戦場になった事は一度も無かった。


そのクロスター城の最深部の王の執務室、赤竜の間は朝から緊迫した空気に包まれていた。

アラティアの中枢たる在都の高官がそこに集結していた、まず至尊の国王ルドヴィーク三世、国王と似た容姿の若き宰相チェストミール、温厚そうな目立たぬ容姿の外務大臣のザハール卿、目を引くのは白髪混じりの大きな髭と痩せて鷹の様に目つきが鋭い軍務大臣エドムントだ。


「陛下、内務のアランピエフは旧都に出かけており明日にならないと戻りません」

チェストミールが内務大臣不在の理由を説明すると、国王は鷹揚にうなずいた。

「良いここにいる者だけで進める」

「御意!」

一同唱和する。


「チェストミール説明せよ!」

「ハッ!」

若き宰相の美貌はいつになく白い。


「エルニア各地の密偵からの報告が上がっていますが、精霊通信の第一報ではカラスコ伯の軍が動き始めました、アウデンリート街道を北上しつつあります」

ルドヴィークは顔を歪める、無理も無い長年の宿怨の名前なのだから。

「三伯爵の軍か、アウデンリートの動きは?」

「物資の集積と軍の集結を進めていますが、あまり捗ってはいません」

チェストミールは神経質な軍務大臣のエドムントに軽く目をやったが先を続けた。

「彼らは外征に慣れていません、国内でしか戦った経験がありませんから」

「だろうな」

ルドヴィークは苦笑する、そしてエドムントに顔を向けた。

「エルニアの兵力は?」

今度はエドムントが答える。


「諸侯軍が徐々に集まりつつありますが、アウデンリート以北の軍は北部のフィステラに集結、現時点で五千程ですな、アウデンリートの軍も大公家の兵を含め七千程になります、大公家の兵は三千程で残りは各地の警備に2千程割かれていますな、それも予備役を動員してこの数です、現在も諸侯が集結中ですがあまり捗ってはいません」

「やはり諸侯に不満があるのか?」

「当然でございましょう、テオドーラ様が親アラティア派をまとめておりましたゆえ、やる気があるのは三伯だけですが、彼らもかなり当惑しているようです」


「テオドーラと接触できぬ、エルニアで異常事態が起きている・・・何が起きている?」

ルドヴィークの問いかけに答える者はいない。

だがその場にいた重臣達の胸の中に共通する名前がある、だがそれを表に出すものがいない、チェストミールは苦虫を噛み締めそれに答えた。

「例の異国の貴婦人が鍵を握っていると思われます」

(オゾ)ましき噂は耳に入れるのもはばかれる、それを裏付けるエルニア大公家の乱れを告げる報告ばかりが舞い込んでくる。

ルドヴィークは義理の娘の顔を思い出した、これは絶対にあの娘に教えるわけにはいかぬと決意を固めた。

「テオドーラは、ギスランは何をしている、彼らとの接触は?」

ルドヴィークは声を絞り出すように呻いた。


「大使のローマンと諜報部が情報収集をしていますが、どうも城内に潜入した密偵と連絡が途絶えました」

ルドヴィークは刮目すると命を下した。

「いまは対処が先だ!ベステルに集結した軍をアウデンリート街道の分岐点に進出させる」

ベステルは王都から西に二日の距離のアラティア西部の要衝だった、エルニアの不審な動きからここに本国軍1万を集結させていた。


「はっ、先遣隊が街道を封鎖するべくすでに砦を建設中でございます、速やかに進撃を発令いたします」

軍務大臣のエドムントが応じる、元来軍務大臣は後方を差配する立場だがこの時代はまだ軍の機能は洗練されてはいない。

「ではこれにて!」

ルドヴィークがうなずくとエドムントは足早に執務室を去さって行く。


「チェストミール動員状況は?」

「はっ、第二種予備役動員を行っています、既に約二万の動員を完了しました」

「たしか軍役経験者の30~40歳になるのか?」

「そのとおりです陛下、全体で5万になりますが動員が完了するのに二週かかります」

ルドヴィークが両手で左右のこめかみを強く押した。


「近衛と本国軍全軍を動かすしかあるまい」

しばらく赤竜の間は沈黙に覆われた、今まさにアラティアがその総力を上げて戦いに臨もうとしているのだから。


「さてチェストミールと話がある、他の者は業務に戻れ」

これで臨時会議は終わりを告げた。






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