死の結界と不死者の行進の謎
慌ただしくアマンダが去った後の魔術陣地の中は静かで広く感じられた。
みなが廃屋の中に戻るとそれぞれの仕事を始める、魔術師の塔や消滅する寸前の死霊術師ギルドからかろうじて持ち出した資料を分析する仕事が残っているのだ。
部屋の真ん中の丸机にルディとベルが向かい合って座り資料を調べる、アゼルとホンザは部屋に引きこもり資料の分析を進めているところだ。
コッキーはキッチンの掃除をちょうど初めたところだった。
地図に印を付けていたベルが手を休めてあくびをする、彼女は死霊のダンスから奪った資料を元に地図に印を付けていたのだ。
そして小さな丸机の上の木製の杯の薬草茶を飲み干した。
「ねえ、奴らが墓荒らしをした場所ってかなり偏っている、全部テレーゼの東側だ」
美しいそれでいて鍛えられた人指し指で軽く輪を描いた。
ルディも手を休めて覗き込んでくる。
「ほう、だがかなり広い範囲だな・・中心にあるのはドルージュか」
「だね」
ベルはうなずいた、地図に書き加えられた数多の点はドルージュ要塞の廃墟を大きく取り囲んでいる。
その輪は太く大きくテレーゼ東部全体を覆っている。
「新市街のあの教会から瘴気が流れ出していたな、ドルージュの方向だったかベル」
ルディが確かめる様にベルに念を押した。
「流れていく先を追いかけた事があっただろ?南東の方角だドルージュの方向だね」
「リネインでも墓地を調べた事があったなベル?」
「コッキーのお爺さんのお墓があるところだね、でもそこに印は無いよ」
「あそこは瘴気の流れはなかった・・・なぜだ?」
ベルが何かに気付いた。
「もしかしたら聖霊教会が近すぎるからかも」
「なるほど、ハイネの新市街の教会は新しかったな、サビーナ殿が最初の管理者と聞いた」
「そうだねお墓の方が古い、それに二人は魔術のセンスがあまり無い」
二人とはハイネ新市街の聖霊教会の修道女サビーナとファンニの事だ、魔術の感度が低いと瘴気に気づかない可能性が高くなる。
二人は地図をしばらく見つめていた。
「ねえルディそっちはどうなの?」
ルディは書類の束を掴むとベルに見せる様に振った。
「どうも奴らは屍鬼を作り労働力にしている、ハイネ周辺の森の奥で木材の伐採などをさせている様だ、さらにかなりの数を遠くに移送している、まれに発見され焼き払われていた様だ」
「ルディ、奴ら墓荒らしをすると同時に何かしていたのかな?」
「間違いない、だがリズは何も言っていなかった、愛娘殿の話ではかなり以前から瘴気が狭間の世界に送り込まれていたようだな」
「リズが死霊術師になる前に行われたのかもね」
「ああ、そうだな」
「でもよく屍鬼が命令を聞くね」
『んん、不死者は死霊術か上位の不死者の命令しかきかんぞ』
突然ルディのペンダントがしゃべりだした、その声はベルの物だったので流石のベルも体を震わせのけぞる、そして抗議する。
「アマリアまだ僕の体を使っているのか?」
『作業するのに便利なのじゃ、ケチな事言うでない!』
「ベル今は愛娘殿の話を聞きたい!」
ルディの強い口調にベルは口を閉じる。
『前に不死者の行進の話をしたであろう?上位の不死者は下位の不死者を支配する事ができる、支配できる数は上位の不死者の力で決まる、高位の不死者は強力な眷属を支配できる、その眷属はその力で更に下位の眷属を支配できるのじゃ』
「まるで軍隊の様だな・・・」
『ルディガーそれは良い例えじゃ、こうして高位の不死者は己の力以上の不死者を支配できる』
「直接下位の不死者を支配するより多くの不死者を支配できるわけだな」
『そうじゃそれが不死者の行進の恐ろしいところじゃ、村や街が滅ぼされた事があった、太古には文明が滅びかけた事もあった』
「もしや高位の不死者が制御しているのか?」
しばらく沈黙が降りた、やがてアマリアが話し始める。
『その可能性も否定できぬが、死霊術か魔術道具の可能性もあるのう、いや死霊術か魔術道具の可能性が高い、高位の不死者が簡単に人の命令など聞かぬであろう?』
そこにベルが割り込んできた。
「でもアイツ、闇妖精ならできる」
『その可能性も否定はできぬか・・・あやつには眷属がおったな?』
「いたよ、小さな女の娘の化け物だ、他にもいるかもしれない」
『ふむ』
そこでルディが二人を制す。
「死霊術か魔術道具で制御していると考えた方がいい、事業として屍鬼を利用するなら、高位の不死者に依存しない体制が必要だ」
『そうじゃな』
「ふーん」
「ねえアマリア、これ死の結界と関係あるのかな、どう思うアマリア?」
ベルが例の地図をルディの胸元に突きつけた、胸にアマリアのペンダントがあるのだ。
『なんじゃそれは?ドルージュを囲んでおるな・・・』
「瘴気の流れの元だよ」
『おお!あれか、予想していたがこうして見ると良くわかるわい』
アマリアの声はわずかに興奮していた。
「アマリア、これが死の結界なの?」
わずかに間があく。
『いや瘴気は動力じゃ、瘴気が死の結界に力を与えている、結界は別にあるはずじゃ、なんとしても突き止めたいのう』
ベルとルディは顔を見合わせた、そこで木の扉が軋む音が響いた。
二人が同時にその音のする方向を見る、アゼルとホンザがリビングに入ってくるところだった。