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若き参謀の不安

その朝マルセランの北方に布陣しているグディムカル帝国軍の大本営は早朝から緊張した空気に包まれていた、昨晩コースタード峠陥落の凶報が大本営に飛び込んでから状況の把握に手を尽くしていたからだ。

明らかになった事はアラティア軍がマルセランに向かっていた後軍1万をコースタード峠にすべて投入し強攻の末に陥落させた事だ。

コースタード峠にはもともとハイネ通商連合が築いた砦があった、それをグルンダル隊が無傷で占領する予定だった、砦を落とす事には成功したが、守備隊が備えて用意していた油と薬品により完全に砦は焼き払われてしまった。

それが一昨晩の出来事だ、それから砦の修理を急がせたが間に合わず、砦を落としたグルンダル隊はもう一つの任務を遂行すべくコースタード砦から離れていた。


その朝グディムカル帝国軍の大天幕の一角の皇帝の私室で、若きグディムカル帝国皇帝トールヴァルド五世は朝食を採っていた、部屋にいるのは給仕の小姓の少年だけだ。

そこに腹心のエメリヒ=グラウン伯爵が皇帝の私室を訪れる、朝の御前会議の前に打ち合わせをする為だ、皇帝の食事を邪魔した形になるが常時戦場の皇帝はそれを気にもしない。


「コースタード峠の陥落が議題になるか」

トールヴァルドの方から腹心に語りかける、その声は冷静で落ち着いていた、グラウン伯爵は皇帝が特に不機嫌でも無く落ち着いている事に心の底で安心する、そして皇帝の質問に応える。

「小官もそう愚考いたします」


「まあ良い、コースタード峠の戦力では北上しコースタード要塞を落とすことは不可能、そちらに更に戦力を裂けばこちらが手薄になる、すでにマルセランのアラティア軍は後軍の1万が欠けている」

グラウン伯爵が声を一段と落とした。

「こちらからしかけますか陛下」

「いや全軍の集結を待つ、あと二日で全軍がここに集結する」

「ですがセクサドル軍全軍も集結しますぞ?」


皇帝は一息いれてから口を開いた。

「・・・まもなく情勢が大きく動く」

「しかし当てになるのでしょうか陛下・・・」

「奴らは防衛線に閉じこもっていれば勝てると踏んでいるだろう、その判断は間違っておらぬ、だが我らがそれを理解していないと考えているとすれば愚かよ」

「奴らも疑っていると考えるべきですな」

「だが思いつきもしないだろう、それでもそろそろ気づき始める頃だ、奴らも馬鹿ではない」


皇帝トールヴァルドは僅かに顔を曇らせて天幕の天井を見上げた。

腹心のグラウンは長らく若き主君に仕えてきた、その彼には今の状況に満足していない事を察する事ができた。

帝国の闇に住まう者達の事はグラウン程の立場になると知っている、ユールの神々の神意を語る者達の存在をグラウンは知ってはいたのだ。

若き主君が彼らの意に従うことを完全に受け入れていない事を以前から感じていた。


「あの者は言ったエスタニアに大動乱の時代が招来すると、ふたたび梟雄達の時代、乱世の時代が訪れると」

「恐れながら彼らは真にユールの神々の神意を告げているのでしょうか?」

「さあな、だが奴らが強大な力を示しているのは確かだ、そして我らの南進は遥か昔から予言されていた事でもある」


皇帝はそこで自嘲的に笑う。

「くだらんな、俺は俺の野心を成し遂げるだけよ」

皇帝は態度で打ち合わせの終わりを告げる、グラウンはそれを察して天幕から下って行った、給仕の小姓が熱いお茶をティーカップに注ぐ。

遥か西国の瀟洒な白磁の器を満たして行った。


皇帝はそれに口を付けると小さなため息をついた。





グディムカル軍の大本営から南に半日の距離に連合軍が東西に布陣していた、そこから更に一日の距離にテレーゼの王都ハイネがあった。

そのハイネ城に連合軍の総司令部が置かれ、そこに連合軍総司令官のセクサドル王国王太子アウグスライヒ=ホーエンヴァルト王子が座している。

もともとセクサドル王国テレーゼ派遣軍の指揮官は王弟のカルマーン大公が任じる予定だった、アラティア軍内部からアラティア軍の方が兵数が多いのでアラティアから総司令官を出すべきという意見があった。

だがセクサドル王国の名将として名高い王族のカルマーン大公が総司令官を務める事で一応の決着がついていた。

ところが大公が急の病で倒れかわりに従軍経験もない王太子のアウグスライヒ殿下が急遽選ばれてしまったのだ。

評判がよろしく無いアウグスライヒ王子が総司令として派遣されて来た事で別の問題が浮上する、セクサドル側からアウグスライヒ王子を名目の総司令官として拝戴するかわりに、アラティア軍総司令官のコンラート侯爵を前線の総司令官にしてはどうかと提案してきたのはわずか一週間程前の事だった。

そしてハイネ通商連合の盟主ハイネを巻き込み壮大な茶番劇が始まったのだ。


セクサドル軍から本営付き武官として派遣されたカメロは眼の前を進む主君の姿をそんな想いで眺める、俺はそのその茶番劇の道化として参加している、幾分自虐的な気分で見栄えだけは豪華な主君の姿を追った。

どうやら殿下は起床が遅かったのかまだ朝食を終えていなかったらしい。

殿下の朝食は小ホールで饗される、そこに護衛を引き連れ殿下は向かって行くところだ、カメロは形だけの総司令部からの報告を提出すべく執務室に向かうところだったが、壁際に控えて殿下が通過するのを見送らねばならない。


窓から差し込む光が殿下の金髪で反射し燦めくと芸術品の様な殿下の容姿が良く映える。

カメロは見飽きているので驚きはしなかったが、精霊がイタズラで舞台劇の様な効果を与えているように感じられて可笑しみを感じる。


その殿下の後ろから奇妙な姿の女が付き従っていた、個性的な豊満な肢体の美女でカメロは直ぐに誰か思い出す、彼女はハイネ評議会が派遣した顧問団のメンバーの一人で高位魔術師の女だった、名前はたしかシャルロッテ=デートリンゲンで間違いない。


彼女の服はどこかの魔術学園の制服をモチーフにしたかの様なデザインでなかなか良い作りだが、しかし二十代半ばの彼女には似合わない、そしてスカートの裾が幾分短く感じられる。

すぐに殿下の好みと完全に一致している事に気づいた、女魔術師に一瞬同情したがどうせ大きな見返りに釣られたと思うとその気持もすぐに消え失せる。


カメロは薄い赤みを帯びた金髪に切れ長の一重の目をしている、どこかエキゾチックな容姿の若者だが、その顔を少しうつむき加減に伏せて主君の通過を待つ事にした、殿下はカメロに何の興味も引かれないのかまっす前を見ながら優雅にあるき去って行った。

だが後ろに付き従う魔術師の女はカメロに興味を引かれたのか視線を投げる、だがゆっくりと視線を戻すと殿下に従い歩き去って行ってしまった。


カメロは女の後ろ姿をしばらく眺めていたが、資料を抱え直すと殿下の執務室に向かうことにした。





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