テヘペロの動揺
テヘペロは半分無意識に足を組む、すると殿下ご指名のあまり趣味が良いとは言えないドレスの裾からテヘペロの豊かな魅惑的な足が覗いた、それを殿下の熱い視線が舐める。
健康的に鍛え上げられた彼女の脚は見るものによっては魅力的すぎた、かつて彼女は後ろ暗い世界で女王の様に君臨していた事があった、それに疲れ放浪の旅に逃れてから何年たっただろうか。
彼女は仲間達と小さな悪事をしながら放浪の旅を続けてハイネにたどりついた。
テヘペロは物思いに耽る、もしかしたら目の前の現実から逃避していたのかもしれない。
なにか熱い刺激を感じる、殿下が魔術道具の灯りに照らし出された彼女の白い肌に視線を注いでいた。
この愚かな男を快楽漬けにし子供じみた英雄願望を忘れさせる、それが自分の栄達を約束している、それにこの男を戦場に出しては余計な犠牲が出そうだ、今は奇妙な使命感すら感じ初めている。
なにより希少な二属性の上位魔術師にそのような役割を振ったハイネ評議会に大きな借りをつくる機会でもある。
だが心の奥底で何かが騒いだ、深い井戸のそこで錆びついた鉄の箱がガタガタと揺れている、そんな不気味なイメージに捉われていた。
今まで何度も感じた不安、違和感だと今更のように思い出した、だがいつもすぐ忘れてしまうのだ。
「どうしたシャルロッテ?」
殿下がテヘペロの僅かな異変に気づいた、おかげでテヘペロは我に返える。
「少し酔いましたの」
そう甘い口調でとぼけてみせた。
殿下はその言葉にニヤけると端正すぎる顔が崩れ余計に醜悪に見える、テヘペロは少し酔いが回った頭の中で毒づいた。
(どこかのオジサンの方がマシだわ!)
そして酔った勢いでつい心に秘めていた疑問を口に出してしまった、いや口を滑らしてしまった。
「うふふ、殿下は私のどこが気に入られたのかしら?」
(わっ、まずいって)
建前ではハイネ評議会が派遣した魔術顧問の女性の上位魔術師で殿下の相談に応じる役目だ。
そしてゼリーもここにいる、彼女なら自分の任務を察していると思うがはっきりさせたくはなかった。
そして頭の中が靄がかかったようにはっきりしない、しだいに体が熱くなる。
(・・・へんだわ)
修羅場をくぐってきた裏世界の女の本能が蘇えった、こんな作用のクスリに記憶がある、裏世界の組織に付き纏う人の理性を鈍らせ本能を解き放つクスリの数々を。
(殿下?いや侍女長かもしれない、ゼリー?)
焦った侍女長がクスリでも盛ったのかもしれない、それが変な所でテヘペロのプライドを刺激した、そして気づいてしまった。
「そうか、私は貴族のお嬢様なんだわ」
殿下がそれを聞き取り不思議そうな顔をしてテヘペロの顔を覗き込んできた。
ハイネ評議会も侍女長もゼリーもテヘペロの過去など知らない、ペンタビアの魔術の名門ディートリンゲン一族の末席に連なるお嬢様でしかなかった。
そんな箱入り娘の手管に信用があるわけがなかった。
それに気づかなかった自分の馬鹿さに気づいて苦笑するしかない。
いや気づかなかったのではない、触れたくなかったのだ、苦痛に満ちた少女時代の感情を思い出す、だが感情の大元に何があったかはっきりと思い出せなかった、思い出そうとすると気分が悪くなるのだ、でも今は大丈夫。
(クスリのせい、何か思い出せそう、そうだこんな所にいては・・・逃げないと)
すると体の奥の方で何かどろりとした物が動く、その泥の底に暗い穴が口を開いた、その底が赤く染まる。
テヘペロの口から悲鳴が漏れかける、だが声にならずかすれた息が漏れた。
殿下が不安そうに少しだけ顔を遠ざけた、壁際のゼリーの表情が引き締まった何かを感じている。
テヘペロは必死に心を落ち着けた。
「ははっ、聞きたいかいシャルロッテ?、君のその豊穣の女神のような豊かさが僕の理想なのさ」
そこに殿下の間抜けな声が聞こえたので、それがかえって心を静めた、すべてが冷めてしまった。
(褒められている気がしないんだけど、まあしょうがないか・・・)
殿下の顔が迫るそれに違和感を感じた、いくら愚物とは言え非常識すぎる、背後にゼリーがいるのに・・・
(まさか殿下も?)
それはテヘペロの直感にすぎなかったのかもしれない、強張ったゼリーの顔が殿下の背中越しに見えた。
「殿下、侍女が見ていますわ・・・」
そう殿下の耳元にそっと囁くと殿下が下卑た笑いを浮かべた、なまじ整いすぎているので却って醜い、そんな感情を心の底に沈めた。
「恥ずかしいのか?シャルロッテ、余より年上だが純真だな、わかった」
テヘペロは心の中でさらに毒づいたが、恥ずかしそうにうなずいてみせる。
「そこの娘、えー・・・ゼリーよ、下がって良いぞ」
殿下が振り返りもせずにゼリーに声をかけると、諦めた様な顔をしたゼリーは一礼するとリビングから下がって行く、それを見てテヘペロは少し安心した。
そしてテヘペロは最高の作り笑いを浮かべると殿下に微笑んだ、殿下の顔が嬉色を浮かべた、そして何かに気づいた様に魔術道具の照明の光を落とす。
ハイネ城の夜はさらに深まって行く。