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蠱惑の美酒

「指導者の情報は無いのアマリア?」

最初にベルの声が沈黙を破る。

『わしも久しぶりに世に出たばかりでな、もともと魔道師の塔からお主らが手に入れた本の裏をとっているうちにその指導者の姿が浮かび上がってきたのじゃ、まだまだ情報が集まっておらんでな手掛かりがない』

アマリアの声はどこか申し訳なさげだった。


「そういえば、アゼルに魔術街の本屋で買ってくるように頼まれた本があったよね、たしか『テレーゼにおけるパルティア前史時代の遺物』だったっけ?」

アゼルは不思議そうに小首を傾げる。

「変ですね私が頼んだのは『東エスタニアにおける大地母神と蛇神』ですよ?不思議ですねなぜそんな本の事を?」

コッキーが頭を上げてアゼルとベルを交互に見ている。

「あれ?良く思い出せない・・・」

ベルは困惑して考え込んだが答えは出なかった。


「愛娘殿は遺産の回収をしているのか?」

今度はルディがベルを継いだ。


『世界各地にわしの研究所がある、万が一に備えて分散させておいたのじゃ、実際に寝ている間に火山の噴火で損傷したところもあった、正しかったようじゃ』

「再融合の為か?」

『それとサンサーラ号を狭間の世界から動かさねばならぬ、再融合の為に幽界側に降ろす、船の装備が必要なのじゃよ』

「幽界側に?・・・ああ幽界の海か、決断されたのか?」

『現実世界に戻す事もできるが、幽界の羊水を使う事になった場合にふたたび世界(プレイン)境界を越えるのが困難になる、じゃがわしが復活できればわしの魔力をサンサーラ号に供給し備蓄する事ができる、あの船は巨大な魔術道具なのじゃ、こちらに戻る事はそう難しくない』

「サンサーラ号を動かす事はできそうなのか?」


『渡り石をもう少し集める必要があるのう、今のまま生活するだけなら半永久的に持つ、だが世界(プレイン)境界を越えるには力が足らぬ』

「石集めの時に情報を集めておられたのか?」

『ははは、久しぶりのこの世じゃ、それに若い体も手に入れた、いろいろ見聞を深めたぞ』

アマリアの声はどこか楽しげに弾んでいた。


「アマリア!変な事していないだろうな?」

ベルが怒りのあまり叫ぶ。

『ふん、いかがわしい事などしておらんわ!心配するな!!』

言い返したアマリアも不機嫌な様子だった。


見かねたアゼルが割り込んでくる。

「まあまあ二人とも落ち着いてください、アマリア様も長い間閉じ込められていたのです、はめを外す事もおありでしょう、あとどのくらいで必要な量を集める事ができるでしょうか?」

『あと二箇所ほど回収すればそろうはずじゃ、楽なところから優先したのでな。あと一週間ほどかかろう』

「一週間・・・私達に何かできることはありますか?」

『アゼルよ、ありがたいが渡り石が揃ったあとで頼みたい事があるやもしれん』


「なるほど、かしこまりました」


「さてもうこんな時間だ、アマンダは明日早くここを発つ、そろそろ休もう」

ルディが夜の会議の終わりを促した、特に抵抗もなく皆んな休む為の準備を始める。






ハイネ市の北側にそびえるハイネ城は、戦時の警戒の元でいつも以上に篝火で煌々と照らし出されていた。

だが巨大な四本の尖塔の先は夜の暗闇に溶け込んでいた。

その巨大な城の賓客用の一角は警備しやすいように他の区画から隔離されている、

そして数十年ぶりに他国の王族の為に使われる事になったのだ。


だが城にそれを誇りに思う余裕は無かった、長い間続いた内戦とハイネが共和制を施いていた関係で城の主人はいない。

ハイネ市の長はいるがテレーゼの主は空席だった、実質ハイネ元首の歴代のハイネ評議会議長も玉座に座るほど暗愚ではなかった。

有力諸侯がテレーゼの後継を名乗っている以上、それは非常に危険な行為だ。

そして今は戦時でもある上に晴天の霹靂のセクサドル王国の王太子の受け入れと接待にひたすら困惑していた。

王族を接待できる人材が極度に不足していた。


そんな貴賓区の廊下をお忍びで進む一人の貴人がいた、外部から隔離されているため内部は比較的自由に振る舞うことができる。

それでも使用人長が一人案内を務めていた。

その絵画から抜け出た様な若い男性はアウグスライヒ=ホーエンヴァルト王子その人だ。

彼はセクサドル王国テレーゼ派遣軍の名目上の総司令官で、従軍経験もない若者だが政治的な成り行きで彼を総司令官に拝戴する事になった、

本来は王弟のカルマーン大公が指揮をとるはすだったが、大公が病に倒れ急遽王太子の彼に総司令官に変わる。


そして連合軍司令官の中では一番身分が高い、殿下の過去の行状からまったく信用していないセクサドル王国はそれを危惧した、

殿下が余計な事をしないようにハイネ城に閉じ込め快楽付けにする策を弄する、ハイネもそれに協力する成り行きとなった。

まさに殿下の向かう先に快楽の美酒がまっている、ただしそれは蠱惑(コワク)的な美女の姿をしていた。


いつの間にか殿下はハイネ評議会の特別顧問シャルロッテ嬢の部屋の前に立っていた、侍女長が殿下の訪問を告げると扉が開かれる、すると目の前にシャルロッテ付きの侍女ゼリー=トロットが姿を表す、彼女は妖しげな微笑みを浮かべた。

侍女長は僅かな言葉を残すと静かに引き上げて行く。


「我が君アウグスライヒ様、お待ちしておりました」

ゼリーはいきなりそう挨拶をしたので殿下は驚き慌てて部屋の中を見回す、だがシャルロッテの姿が見えない、そして昨夜までいた二人の王城付きの侍女の姿も無かった。


「クラウディアよ、その呼び方は避けるように」

殿下は滅びた精霊宣託師の名門エンフォリエ家の末裔の娘の名で読んだ、彼女はゼリー=トロットを名乗っているが本人が言うには精霊宣託の名門エンフォリエ侯爵家の血を引くらしい。


「ご心配なくシャルロッテ様は湯浴みの最中です、殿下のお渡りが急で準備が遅れておりました、それに防音結界もございます」

ゼリーは(タオ)やかな手の平で小さな魔術道具を弄んでいた。


「我が君、警戒してくださいませ、シャルロッテは殿下をこの城に押し留めようとする者たちの意思を汲んで殿下に接近してきたのです」

事実としてセクサドル側の求めに応じてハイネ評議会が破格の報酬で殿下の好みの女性を選抜しただけだが、殿下はそこまで思慮が廻らない様子だ。

だがゼリーの言うことはほぼ事実なのだ、殿下が連合軍の指揮系統を乱さない為の布石なのだから。


殿下が奥歯を噛み締める。

「おのれ・・・彼女はお前の師匠なんだろ?」

「私の大望をかなえる為の方便でございます、殿下の偉業の成就を支え、エンフォリエ侯爵家を復興させる為、すべては偉大なる精霊宣託が予言しております」

それに殿下が答えようとしたとき、ゼリーの表情が変わった。


「あら、殿下お見えでしたか、おまたせいたしまして申し訳ございません」

あだっぽい声と共に、部屋の奥から蠱惑(コワク)的な美女が現れた、豊満な肢体と豊かな胸にブルネットの肩までの髪と少し厚めの唇から色気が滴り落ちる、口元の黒子(ホクロ)が魅力を引き立てる、そしてその瞳は内面の激しい気性と知性を写していた。


ゼリーは手の平の魔術道具を侍女服の小物入れにそっと落とし込む。






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