総ては大公妃の精霊宣託から
「二年前に俺とベルが幽界に呼ばれた、前に話したが覚えているかな?」
「はいベルさんとルディさんが神隠しにあった、前に聞きました」
コッキーの答えにルディは満足して微笑む、アマンダは何かを言いたそうだが大人しく聞き入っていた。
「だが総ては今から五年前のエルニア大公妃の精霊宣託から始まった、今はそう確信できる」
「精霊宣託ですかルディさん?」
ルディがホンザに視線を向けた、そこでホンザがコッキーの疑問に応える、ホンザは中位の精霊宣託師でアゼルより精霊宣託に関しては高位の術者だった。
「精霊宣託とは契約精霊に質問を行い答えを得る術だ、わしがゲーラで精霊宣託の儀式を行ったのを覚えているかの?」
「あっ!でもベルさんと学校に探検に行っていたので良くわからないのです・・・」
「失礼そうだったな、二人は神隠しから帰ってきたところだったか、我らは大公妃の精霊宣託の手がかりを得ようと契約精霊を呼び出したのだ」
「思い出しました、メンヤ様がベルさんの姿を借りて姿を現したと聞きました」
「うむ、テレーゼの精霊を統括する大精霊故に配下の術に割り込む事ができるのだろうな、もっともそんな事は初めてだが」
ホンザはそう言うと低く笑う、そしてさらに先を続けた。
「精霊宣託といってもいろいろあっての、現世に姿を投影し直接聞き出す方法から、精霊書記で文を記述するなどいろいろある、高度な術ならば触媒や依代を用意し姿を顕現させる方法じゃな、大公妃の精霊宣託がどのような物かわからんが、大公妃ならば希少な触媒を用意できるであろう、顕現させたのかもしれんな」
「内容はわからないのです?」
「ああ原則として術者と依頼者以外に宣託の内容を知らせる事はできぬ決まりじゃ、大昔に精霊宣託が大きな問題を起こしてな、その後で多くの決まりが作られた、これは精霊宣託師と高位の精霊との間で取り決められた、それを定めたのが原始聖霊教よ」
その時ルディのペンダントが突然声を発した。
『幽界の神々に影響を与える事ができる上位存在の意思があったと言われておる、だが彼らは黙して語らぬ』
その声はベルの声とそっくりで、アマリアの人工生命体の声だった、この場にいるほとんどの者が僅かに体を震わせる今だに慣れる事ができない。
だがアゼルだけはその内容に驚いて反応した、半ば立ち上がり腰を浮かしてペンダントに向かって身を乗り出した。
「アマリア様、彼らとは幽界の神々ですか?そして上位存在とは神界の神々なのでしょうか?」
『そうじゃ、精霊王すら幽界の神々の一柱よ、神界が存在する事はわかっているが詳しい事は何もわかっておらぬ、わしのサンサーラ号は次元境界を越える事ができるが、神界までは行けぬ霊界すら到達できなかった』
僅かな間沈黙が覆う、現世と幽界のはざまで座礁しているアマリアの家と、それを取り囲む巨大な圧倒的な瘴気の渦を思い出したからだ。
『神々も多くのきまりに縛られているが、禁忌ゆえにできぬと不可能とは違うのじゃ、精霊王ならば大公妃の精霊宣託の内容を聞き出す事ができると踏んだのじゃろ?』
ルディがそれに応じた。
「そうだ愛娘殿、義母が委託した相手はアルムト帝国の上位精霊宣託師だ、干渉できるとするならば精霊王だけだろう、だが精霊王との伝手など無かった、ただ愛娘殿が精霊王に愛されていたその伝説を頼りにまず高弟のセザーレに接触しようと試みたのだ」
『精霊王ならばできるその判断は正しいの、だがセザールと接触しようとしたのは間違いじゃな』
それに全員がうなずいた。
「ジンバー商会がまず俺たちの異常に気づいた、だが幸か不幸かコステロ商会の傘下だ、コステロ商会は魔道師の塔と敵対している訳では無いが、良好な関係とも思えん、相互に意思を疎通している感じがしない」
それに枯れた老人の声が後を繋いだ。
「そうだルディガー殿、わしもそう感じたぞ、奴らは核心の情報を抱え込みお互いに相手に伝えておらんそうとしか考えられん」
ホンザも同じ疑問を感じていた様子だ。
「ねえルディ、アゼル、闇妖精って何なの?」
そこにベルの声が割り込んだ、彼女の声はペンダントから聞こえてくる声と同じだが若い覇気を感じさせる。
闇妖精はコステロ商会の影に隠れているが圧倒的な魔力と力を持っていた、その気になればハイネ市を滅ぼす事も可能なほど圧倒的だ。
アゼルがそれに応える。
「アマリア様の方が詳しいかもしれませんが、私が知る範囲で答えましょう」
アゼルがペンダントを見てから主君を一瞥する。
「そうだな、アゼルに頼みたい」
それにベルがほっとしたような顔をしたので、みなベルの気持ちに気づいた、声だけだがペンダントの向こう側にベルと同じ姿のアマリアがいるのだから。
「貴女も妖精族について習った事があるかもしれませんね」
ベルはアゼルの言い草に少し不快そうに眉をひそめた。
「古代の伝説に人を支配していた神々の代行者がいたと習ったよ」
アゼルはベルの怒りをスルーして続けた。
「古代遺跡の記録でわかった範囲でそれは事実のようです、ですが何らかの理由で彼らは滅びました、罪を犯した彼らは魔界に堕されたと言われています、古代文明の解読は僅かにしか進んでいませんが、その時期の記録がほとんど無いのです、ですが巨大な破壊があったと推測されています、仮説ですが次元間戦争があったと唱える者がいますがまだ定説ではありません」
「次元間戦争だって?」
「一部の学者が五万年前に魔界の神々と幽界の神々がこの世界で戦ったと主張しています、それで総てが破壊されたと」
アマリアのペンダントは沈黙を守っていた、コッキーが驚いた様な表情をしてからアゼルを見つめる。
コッキーは顕現した魔界の女神とテレーゼの土地女神のメンヤとの戦いの当事者だったからだ。
「僅かな生き残りの妖精族がエスタニア大陸以外の大地に逃れたと唱える者がいますがこれも証拠がありません、そして魔界に堕ちた妖精族が闇妖精になったと言われています」
「じゃあコステロ商会の化け物が闇妖精なんだね?」
「ほぼ間違いありませんベル嬢・・・ですが力が強すぎると感じました、かなりの高位の闇妖精の可能性があります」
「そうなんだ、前にも少し聞いたね・・・アマリアその理由は?」
ベルは一瞬悩んでいたがルディの胸のペンダントを見つめる、ルディは何かに気づいた様にペンダントを外すとテーブルの上に置いた。
『闇妖精は今までも何度もこの世に現れた、そして不死者の行軍を引き起こし大きな被害を与えた、村や街が滅ぼされた事もあった、それを魔術師ギルド連合と聖霊教会が討伐してきたのじゃ』
「あのです、アレをやっつけたのです?」
コッキーが思わずと言った感じでそうつぶやいた、それを聞きとがめたアマンダが答える。
「聖霊教会に討魔部隊が存在するのよコッキー、なかば公然とした秘密です、でも彼らが倒してきた闇妖精はコステロ商会の闇妖精とは比べ物にならないほど弱いはずです、あれは異常だわ、魔界の女神の降臨に絡んでいますね、上位の神々ほど膨大な力を必要とするし依代もそれに見合った物が必要なの」
「アマンダさん強い闇妖精じゃないとできないのです?」
アマンダはうなずいた。
『あれは闇妖精族の大貴族か王族じゃな』
そこにアマリアが割り込んできた。
「じゃあ闇妖精のお姫様ですか?」
『それは良い表現じゃ、実態を良く現しておるなコッキー』
「なぜそれほどの存在がコステロ商会に囲われている?」
ルディが頭を振りながらつぶやいた。
『わしにもまったく理解できぬ、コステロ会長の過去を調べれば何かわかるかもしれんが』
また場を沈黙が覆った、エスタニア最大の犯罪組織の首領コステロ会長の半生は謎に包まれていた。