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魔術陣地の一幕

コステロ商会の白亜のゲストハウスの瀟洒な窓から灯が消え同時に人影も消えた、白いおぼろげな館の影が闇に沈む、今夜は月も星の灯もなかった。

だがそれは現世の館の灯りに過ぎず、現世から僅かにズレた永遠の黄昏の世界に広がる荒涼とした世界に、何者かの忘れ物の様に美しい白亜の小さな館が立っている。

館は白い枯れ木のな森に囲まれ、その林の向こう側に廃墟の影が連なり、遥か彼方に巨大な城の廃墟の影がそびえ立っている。

街は灯り一つ無く死の静寂に沈んでいる、だがその館の窓にだけ青白い灯りが灯っていた。


二階のリビングの壁際の小さな机の上に、大きな波瑠の壺が置かていた、その前に美しい少年が壺の中のカエルに一生懸命に虫を食べさせていた。

少年は闇妖精姫ドロシーの高位眷属のヨハン少年だ、ちょうどそこに魔術陣地の中に戻ってきたポーラが少年に話しかけた。


「ヨハン様は遊びに行かないのですか?」

「うん、マフダとかわりばんこでエルマの面倒を見ているんだ」


「まあ、気づきませんでした、私に言って頂ければ・・・」

それに被せる様にヨハンが言葉を挟んだ。

「いいんだよ、ポーラは仕事があるし休まなきゃいけないでしょ?」


ポーラは微笑んでいたがそれが固まる、しばらくそのまま固まっていた。

「はっ、そそ、そうでした、私は眠らなければ」

ポーラの顔が引きつり息が荒くなる、今度はヨハンが驚きにうろたえ始める。

その慌て様はポーラの主人のドロシーの態度に良く似ていた、ポーラに起きている事を頭では理解していた、だがそれに共感する心を主人も少年も失っていたのだ。


「ポーラだいじょうぶ?」

ポーラは自分を見つめる少年に気づくと急に震えが止まった。

「大丈夫です、お見苦しいところをお見せしました・・・」

「本当なの?時々変だよ」

ヨハンは疑い深げにポーラを見上げた。

「はい!ヨハン様の目を見たら落ち着きました、ありがとうございます」

ポーラは元気いっぱいで応えた、彼女の顔色は元に戻り眼は輝いている、ヨハンはそれに驚き僅かに美しい眉をひそめた。


「あの私は、これで下がらせて頂きます」

「おやすみポーラ、後はまかせて」

ポーラは頭を下げるとそのまま自分の個室に下がって行く、彼女はこの館の豪華な客室を充てがわれていた、その部屋は使用人部屋のドロシーの部屋より遥かに豪華だ。


誰も居なくなるとヨハンは態度を崩す。

「変だよなポーラ・・・だいじょうぶかよ?」

その口調は美しい少年ににつかわなかった。


ヨハンが羽虫を壺の中に落とす、外で集めておいた虫だ、カエルが舌を伸ばしてペロリ飲み込む。

「よく食うよなエルマ、これは後で秘密にした方がいいのかな?」


波瑠の壺の中のカエルがそれに応える様に一つ鳴いた。






そんな寸劇が行われたハイネから南に数時間の廃村にホンザが築いた魔術陣地があった、その中にルディ達は隠れ潜んでいた。


眠る時間が近いがみんなそれぞれ仕事に忙しい、魔術師の塔や死靈のダンスから手に入れた資料を手分けして分析を進めていた。

コッキーは資料の分別を手伝っていたが、やはり文字を読むのが苦手で眠そうだ、それでも孤児院で教育を受けたコッキーは簡単な読み書きぐらいはできる。

世の中にはまったく読み書きのできない子供の方が遥かに多い、家族の庇護が無い孤児だからこそ、生きるために最低限の教育が必要だと見なされていたからだ。

コッキーがついに頭をたれて眠ってしまった、となりに腰掛けていたベルは彼女を一瞥したがあえて起こそうともせず自分の作業に戻ってしまう。

ルディは時々アマリアのペンダントと話し込んでいた、ホンザが居眠りしているコッキーを一瞥すると微笑む、孫の様なコッキーを眺める老人の瞳は温かかった。

だが居間にアゼルとアマンダの姿が無かった。


ちょうどアマンダがアゼルの私室の扉から出てくる。

「通信終わりましたわ、アラセナに戻ると伝えてもらいました」


ホンザはテーブルの前の資料から顔を上げるとアマンダに微笑んだ。

「一度もどるのかの?アマンダ殿」

「ええホンザ様、だいぶ遅らせてきましたが・・・」

アマンダはそこで口ごもった。

ベルが再び資料から目を外すとアマンダを見つめた。

「僕たちを連れて帰る予定だったんでしょ?」

「そうですよベル」

アマンダはそれを肯定した。


「すまんなまだ戻れない・・・」

ルディの声はアマンダを気遣うようだが曲げない意思を感じさせた、アマンダは困ったように美しい眉の端を下げる。

「いいえ殿下のご意思を尊重いたしますわ、ですが戦が近づいております、ここにいる皆に滅多な事があるとは思えませんが、敵にも普通では無い者がおります、できる事ならアラセナにお招きしたいところです」


居眠りしていたはずのコッキーがいきなり立ち上がると叫んだ。

「いいえ私はリネインを護るのです、孤児院のみんなを逃しても私はここから逃げません!」

彼女の両の拳は強く握りしめられていた。

みな彼女を注視したが言葉がない、そしてアゼルの部屋から白い小猿のエリザが何事かと顔を出した。


「わかっている、奴らが神々の力を利用するのでああれば、俺ももう覚悟を決めねばならん」

ルディは誰に応えたのかはっきりとしなかった、もしかしたら二人に応えたのかも知れなかった。

「あの、奴らをやっつけるんですよね?」

コッキーは真ん中のテーブルに歩み寄る、彼女の顔はあからさまに期待に満ちていた、やはり一人で戦うことに不安があったのかもしれなかった。


「コッキー、ルディガー様は・・・」

アマンダの鋭い声が割り込んだが、すぐに先細る。

「俺はエルニア公国第一公子供の、ルディガー=アストリア=アウデンリートだ、薄々解っているはずだ」

アマンダは驚きのあまり口を大きく開けて固まっている、コッキーも驚いていたが落ち着いて口を開いた。

「ルディさんもすごい偉い人だと思ってました、ベルさんのお家の話を教えてくれたのに、ルディさんははっきりと教えてくれませんでしたよね?」

「もう詳しい事情をコッキーにも教えて起きたい、君も何か大きな役割を神々から与えられている」

アマンダは気がかりな顔でルディガーとコッキーを見つめていた。

扉が開くとアゼルがリビングに入ってくる。

「殿下、彼女に我々の事を総て話す時が来たと思います」

そう語ると丸テーブルの前の小さな椅子に腰掛ける、小さなサルのエリザがアゼルの膝の上に乗った。






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