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深夜の軍議

マルセラン城市はハイネの北に徒歩約一日の距離にあった、その夜は新月から日も浅く、低く雲が垂れ込めた夜空は暗く漆黒の大地に光の海が広がっていた。

その光は地を流れる天の川のように遥か東に向かって伸びる、それはアラティアとセクサドル連合軍の篝火(カガリビ)の光だ、そしてマルセラン城市を取り囲む光はハイネ通商連合の諸侯軍の光。

そのはるか北にグディムカル軍が陣を張っているはずだがここからは見えなかった、だが北の空が僅かに明るく染まっていた。


そのアラティア軍の長い陣列の西寄りの場所に総司令部の大天幕が張られている、天幕の周囲に小さな天幕が整然と立ち並び周囲は丸太の柵で囲まれていた。

大本営の大天幕は明々と篝火(カガリビ)の灯で照らし出されていたが、夜半を越えても人の出入りが激しく活気に満ちていた、そして今中から大きな歓声が聞こえてきたところだ。


それは本営付きの士官たちの声で彼らの声は喜びに満ちていた。


「コースタード峠を落したか!」

「初戦としては縁起がいい」

「しずまれ!!会議中だ!!」

それを渋い老人の声がたしなめる。


アラティア軍にとってコースタード峠を巡る戦いはグディムカル軍相手の初めての大きな戦いだった。

初めにコースタード峠の砦を奪われ砦は焼け落ちたが、砦が失われたおかげで強攻で奪い返す事ができたのだ。

後軍の総力を挙げる事でグディムカル軍の意表をついたと考えられている。

だが戦局に与える影響はそれほど大きくはない、もともと砦はハイネ通商連合が築いたもので最初に戻っただけだ。

むしろ主戦場に集結できる兵力が減ってしまった、それでも戦勝は先の敗戦を打ち消し士気を上げるのに多いに役に立つ。


「急ぎ防護柵を築いて固めねばなるまい、そうですな五千を残し残りは集結を急がせましょう」

「うむ、そうしてくれ」

枯れたそれでいて覇気のある声は副官のブルクハルト子爵、それに応じた野太い低い声はアラティア軍総指揮官のコンラート将軍だ。

今まさに大天幕で深夜の臨時軍議が開かれていたところだ、セクサドル軍の先軍が夕刻到着したばかりでまだ連合軍との本格的な軍議は行われていない。

情勢の変化を折り込んで改めてアラティア軍の立場を再確認しようとしていた。

だが公式な軍議は夕刻に行われていたので、非公式な打ち合わせにすぎない、総司令と副官と司令部付きの士官が数名参加しているだけだ。


若い士官がコンラート将軍に質問をぶつけてきた。

「将軍グディムカル軍の攻勢をここで迎え撃つとして、奴らは本当に出てくるのでしょうか?」

これは部隊長達から何度かぶつけられた質問で将軍は僅かに眉をひそめる、当初は山を抜けたテレーゼ側の街道の出口を封鎖、細く長く伸びる敵を頭から殲滅する計画だった、だがグディムカル軍の別働隊の出現で急遽戦略を組み替え、行軍中の事もあり意思の統一が遅れていた。

そして後軍一万は今だに合流できていない。


「ああ、グディムカルはテレーゼを征服するためにわざわざ出てきたのだ、そして山越えの兵站の維持は困難、このままにらみあっていたら冬までに引き上げる事になる、戦わずして勝てるわい」

コンラート将軍はゆったりと笑った、とは言えこの意見はずいぶん前に他の士官からでた分析でコンラート将軍の独断ではない。


「この陣地を盾に奴らを迎え撃つ、これは我らの基本方針だ、奴らが出て来ぬならそのまま奴らの遠征はここで終わりだ」

副官のブルクハルトがそう補足する。

「こっちはテレーゼ諸侯の支援を受けられるからな、我らには精霊王の大地を護る大義がある」

コンラート将軍はまたゆったりと笑った、すでに連合軍は異教徒と戦う聖戦の大義名分を整えつつあった。

セクサドル軍がテレーゼ横断を短期で成し遂げる事ができたのは有力諸侯ヘムズビー公の支援があったからだ、それがなければ今だハイネの遥か西にいただろう。

そうなるとアラティア軍の後軍をコースタード峠の奪還に投入する事もできなかったはずだ。

そしてこの野戦陣地の構築もハイネ通商連合諸侯の支援があって可能になったものだ、それらは聖戦の大義名分の力が大きく働き傍観を決めていたテレーゼ諸侯を動かす力になった。


「さて次の話に移ろうか・・・諸君も知っておろうがエルニアが本格的な動員体制に移ったが本国はその行動に不審を感じておる、本国も総動員体制に移ったと精霊通信の一報が入ったが詳細は伝令を待たねばなるまい」

コンラート将軍の話で場は静まる、彼は横のブルクハルト子爵に目をやった。

「将軍のおっしゃられる様に伝令を待つ必要がある、ここまで騎馬伝令で三日以上かかる、現時点で明確なのはエルニア諸侯に動員命令が出た事実だけだ」

そうブルクハルト子爵が継いだ。


「明日の朝セクサドルとの初の合同軍議があります、あちらさんがうるさく言ってくるでしょうな」

壮年の士官少しうんざりぎみにつぶやいた、彼はセクサドルとの交渉担当の士官で貴族出の男だ。

「エルニアの行動に不審を感じたと伝えてきたが・・詳細がわからん」

「精霊通信のラインを更に増やしましょうか?司令官」

それに先程の若い士官が提言する。

「いや本国がエルニアの真意を掴みかねているのだ、連合軍に参加するにしろ、敵対するにしろ正規の外交の作法から反した非常識な動きが目立つとよ」

コンラート将軍が熊の様な腕を組んでため息をついた。

「近衛と本国軍に動員令を出し不測の事態に備えアラティアと我らの連絡線を確保する、エルニア軍は勇猛だが外戦能力は極めて低い、威圧でおかしな動きを封じる」


「エルニアは敵対しそうなのでしょうか将軍」

先程の壮年の士官が憂鬱気味に投げかけた。

「本国から明言はないが敵対寄りとわしは見る、だいたいエルニアがそれでどんな利を得るのか理解しがたい」


「そうですな、我らはすでに精霊王の大地を護る聖戦の大義名分を掲げています、領土か金かはわかりかねますが」

副官のブルクハルトも困惑していた。

「非礼なのはわかっておりますが、エルニア大公の良い話は聞きません、怠惰で無能な男でおおそれた野心を持つとは思えませんが」

慎重に声を落しながらブルクハルトはエルニア大公を批判する。

それを咎める者もいない、コンラートは腕を組んだままうなずいただけだった。





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