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エルニアからの精霊通信

王都ノイクロスターを囲む北の丘の上に御伽(オトギ)の国のお城の様な瀟洒(ショウシャ)な館がひときわ異彩を放っていた。

魔術道具の白い光に下から照らし出され、複雑な意匠をこらした白亜の城が夜の空を背景に輝く、対象的に西の地平に黒く沈み込むクロスター城の影は篝火(カガリビ)のオレンジの光点に彩られ、その姿は地に伏せる竜の姿をしている。

そんな御伽(オトギ)の国の城に今やノイクロスターの住人もすっかり慣れてしまい日常の景色に溶け込んでいた。

だが初めて王都を訪れた旅人はその館の姿を見て驚きかならず近くにいる住人に尋ねる。

『あれは何だ?』

『あれはダールグリュン公爵のお館だよ』とうんざりする様に教えてあげるのが何時もの事となっていた。

その館の女主人は公爵夫人亡き今はアラティアの美姫と名高いカミラ姫で、彼女は王家の養女でもある。


クロスター城の最奥で至尊の国王ルドヴィーク三世と、酒飲み友達のカミラの父ヴェルナー=ダールグリュン公爵がささやかな酒宴をしていたころ、カミラ姫は居間の玻璃(ハリ)の窓から王都を見下ろしていた。

計画的に建設された王都ノイクロスターの夜景は幾何学的に並ぶ街の灯が幻想的にまでに美しかった、大陸で一番美しいと評する者すらいるほどだ。


カミラ姫は同年代の令嬢と比べると長身で、豪奢(ゴウシャ)な赤銅色の重めの金髪を腰まで垂らして、彼女が纏う室内用のナイトドレスは赤を基調とした一品で彼女に良く似合っている、そして彼女の肌の色は白く瞳の色は濃く深い蒼でどこか北方民族の血を感じさせる。

こうして考え事をしている時の彼女はよくこのような貌を魅せる、威厳のある整いすぎる程の美貌はどこか冷たさすら感じさせた。

そんな彼女を賛美するように見つめる視線があった。


「姫様、そろそろお休みのお時間です」

カミラに背後から女性の声がかけられる、その声は冷静沈着で知的な響きを感じさせる。


「ハイジ、もうそんな時間なのね」

振り返ったカミラの表情は柔らかなものに変わっている、ハイジと呼ばれたのはカミラ付き侍女長のアーデルハイドだ。


「カミラ様、アーデルハイドとお呼びくださいませ」

「そうね昔の癖よ・・・」

カミラはいたずらっぽく笑った、アーデルハイドは困った様な顔をしたが満更でも無いような顔をしている。

カミラ姫が幼い頃からアーデルハイドは仕えてきたが、仕えはじめた頃のアーデルハイドはまだ十四歳の少女だった、地方貴族の次女に生まれた彼女はダールグリュン公爵に召し抱えられ、カミラのおもり役兼遊び相手として選ばれた。

その頃カミラにハイジと呼ばれていたのだ。


「アーデルハイド、今日も来なかったわ、ご病気なのかしら?」

忠実で有能な侍女長はそれがエルニアの婚約者候補のルーベルト公子からの手紙と理解した、二人の文通はエルニア大公妃のテオドーラが薦めたものだが、いつしかカミラもそれを楽しみにする様になっていた。

とはいえお互いに義務と言うわけではなく、間隔が空くこともあったが、最近は密にするように柔らかくいい含められていた、世界情勢が緊迫する中でその意味を聡明なカミラは察していた。


「もしかして、しつこいと思われたのかしら?」

アーデルハイドは密かに困惑する、たしかにテオドーラ妃が積極的でそれに反発する可能性は無いとは言えない。

そしてルーベルト公子に関する情報を頭の中で整理した。

『愚かではないが主体性に欠ける、大公妃の言いなり』

もしかするとついに爆発したかとその可能性をアーデルハイドは考えた、まだ彼女はエルニア公国の(オゾ)ましい乱れは知らせれていない。

だがエルニア大公妃からの連絡が遅れてると言う話は知っていた。


「最近世相が慌ただしいので殿下もお忙しいのかもしれません、姫様」

「そうね、それに私もそんな事に気に病むのは良くないと思うの、大きな戦が近づいておりますもの」

「はい真に」


そしてカミラは何かを言いたそうな目をする、だが言葉は続かない。

アーデルハイドは何かに気づいて片手を上げ人払いをした、すると壁際に控えていた侍女二人が音もなく下がって行く。

部屋の中にカミラとアーデルハイドだけが残った。


アーデルハイドから肩の力が抜けた、まるで母親か姉の様な優しい柔らかな貌をカミラに向ける。

そんな彼女に不安を僅かに滲ませてカミラが一歩近づいてくる。

「戦は勝てるのかしら・・・テレーゼのハイネの北に大軍が集まっていると聞いたわ」

だがアーデルハイドもそう詳しい事は知らない、噂だけの話を主人に聞かせるわけにはいかなった。

「アラティア軍は強いです、陛下も宰相様も優れた御方です、我が軍の勝利を信じましょうカミラ様」


「そうね、でもお父様達がなぜエルニアのルーベルト様との婚約を急いていたのかわかるの」

アーデルハイドはそれにうなずく事しかできなかった。

「お返事がこないけどお手紙を出しますわ、私はアラティアの王族だからみんなを護る為に」

アーデルハイドは深く一礼した、それはなおざりの物ではなく、心からの敬意が込められた姿だった。


「あら、就寝の時間をすぎてしまったわ」

カミラが壁の告時機をみてつぶやいた、アーデルハイドが呼び鈴を鳴らすと侍女達が控室からリビングに入ってくる。

アーデルハイドは侍女長の貌に戻ると彼女達に指示を下しはじめた。






ふたたびルディ達が隠れ潜むハイネの廃村に舞台は戻る。

ちょうどリビングにアゼルが戻ってきたところだ、精霊通信の着信を告げる鈴の音で自分の部屋に戻ったのがつい先程の事だった。

翻訳を終えたアゼルが戻ってくると、いつもと僅かに彼の態度が変わっていた、それにリビングにいた者達は敏感に気づいた。

「アラセナからの定時連絡が入りました、アマンダ様は?」

アゼルはアマンダがいない事に気づいた。


「コッキーと二人でキッチンにいるよ、アマンダの料理が酷いと叱られていた」

テーブルの前の椅子に座っていたベルがニヤニヤしながらキッチンの方を見た。

「聞こえているわよ?」

鋭い声がキッチンから聞こえてくるアマンダの声だ、ベルがわざとらしく身を竦ませる。

「うわ地獄耳だ」


「ところでアゼルなにかあったの?」

続くアマンダの声にアゼルは声を高めて答えた。

「はいアラセナからアマンダ様に通信が」


「・・・まってすぐ行くわ」

すぐにアマンダがリビングに戻ってくるとアゼルの近くにやってきた、アゼルは精霊通信の翻訳が書かれた石板を渡した。


「エルニアに異変、アマンダ戻れ」

「アゼルこれだけなのね・・・」

アマンダは困惑して頭を横にふった。


「はいアマンダ様、精霊通信は情報量に問題があります」

アマンダは少し悩んでから皆を見渡す。

「解りました、こちらの状況を伝える必要もあります、向こうの情勢がわかりしだい戻りお知らせしますわ」

アマンダはルディを見つめた。

「すまない手間をかける・・・」

ルディは無念そうに頭を下げた。


「俺は大公妃の精霊宣託の秘密を解き明かす為にテレーゼに来た、大公妃の態度が変わったのは精霊宣託の後の事だ」

アゼルの表情が引きつったが、ルディはアゼルの幼友達の失踪がからんでいる事を思い出すが言葉を続ける。


「死の結界の破壊と愛娘殿の解放が必要と知る事ができたが、今だに結果をだしていない、奴らの妨害はそれなりにやってきたがな」

実際ゼザールの設備と人材に無視できない損害を何度も与えてきた、コステロ商会の輸送隊に大損害を与えている、そしてさらなる攻撃を計画していた。

ルディは机の上の資料に目を向けた、アゼルとホンザが死の結界の真相に迫りつつある。


「アマンダ、俺はエルニアの異変について知りたい」

「わかっておりますわ、一度アラセアに戻ります!」


「あのアマンダさん、子供達の事お願いします」

それはリビングに戻っていたコッキーの声だ、アマンダはコッキーを振り向くと微笑んだ。

「ええ、お父様達に話すわ、あと教会にいるサビーナ様達と相談するわね」


今度はベルが声を上げた。

「それがいいよアマンダ、孤児院の子供ならサビーナ達にまかせた方がいい」

「そうね、あの教会ならまだ余裕があるわ」

コッキーの表情はどこか晴れ晴れとしていた、だが他の者達の表情に僅かな翳りが差していた事にコッキーは気づかなかった。






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