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アラセナへの疎開は?

グラウン伯爵はグディムカル帝国皇帝トールヴァルドの前に立っている。

皇帝はちょうど大本営の執務室で煩雑な政務をこなしているところだった、親征中とは言え帝国の政務はここまで追いかけてくる、大部分は国元の宰相に任せているが皇帝の決済が必要な案件も少なくなかった。


「どうしたグラウン」

端正な顔を上げる主君と目が合った。


「陛下、コースタード峠が奪還されました」

トールヴァルドはペンを置いて考えてから静かにうなずいた。

「さてはアラティア軍の後軍をまるごとぶつけたか?」

「ご明察でございます」

「いやそうでもしないと兵力がたるまい?」

「真に」


トールヴァルドはしばらく考える。

「ラーゼに五千、峠に一万としてもそこから南下しコースタード城市を攻略するには少なすぎる、峠を確実に確保し余裕ができた兵をマルセラン方面にまわすか」

「しかしそれでもマルセラン到着が3日ほど遅れますな」


「だが果たしてそれが可能か・・・」

皇帝は曖昧な暗い微笑みを浮かべていた、グラウンは僅かに目を見開いた、長年仕えてきたグラウンだが、主君のそんな笑みを見るのは滅多になかった、記憶があったのでさっそく記憶を探った。

そして思い出したそれは彼自身を嗤うそんな時に見せる微笑みだった。


「グラウン、戦には思わぬ事がよく起きる、総てが計画通りに行くものではない、コースタード峠を抑えられたが大局を左右する状況ではない、だがアラティア本国軍の動きに注視しろ」

「本国にまだ二万五千程残っていましたな、無理に動員をかければあと五万は動員できましょう」

皇帝はうなずいた。

だが徴募された農民兵は訓練しても警備や防衛戦の役にしか立たない、部隊に遠征能力が無いからだ。

むしろ徴募兵は重要な兵站を支える柱で、かれらが戦う時は亡国寸前と言う事になる。


「リエクサ要塞に圧力をかけさせろ、海軍にアラティア北海岸への圧力を強める様に、だがアラティア海軍との戦いは避けろ」

リエクサ要塞はアラティア北西部のグディムカル帝国との国境に位置するアラティアが誇る要塞で、岩山が海岸線に迫る険しい地形を利用し難攻不落と呼ばれていた。

そしてグディムカル帝国は長年内戦に苦しんできた事から、内戦の役に立たない海軍は弱体だった。

続いて皇帝はグラウンにいくつか一般的な指示を出した、終わるとグラウンは執務室から下がって行った。


「グルンダルめ」


しばらく熟考していた皇帝はグディムカル帝国最強の戦士の名前をつぶやいた、彼の微笑みは苦いがどこか親しみも感じられる。

壁際に控える従卒や警備の騎士達は彫像の様に何も聞こえていないように身じろぎすらしない。








そこから遠くハイネ南の森の廃村、そこにルディ達の隠れ家があった、ホンザの魔術陣地はこの世界からわずかにズレた世界に存在するため完璧に近い隠れ家だ。

反面魔力を消費するためホンザの力が削がれていたが、魔術陣地のメリットは遥かにそれを超えていた。

その廃屋のリビングに全員が集まっていた、真ん中のテーブルにルディとアマンダ、アゼル、ホンザが座り、ベルとコッキーもテーブルの側に立っている。


「ルディ、お願いがあるんだけど・・・」

何か言いかけたベルをコッキーが制した。


「ベルさん、これは私から言わせてください」

ベルはそれに素直にうなずいた。

何か重要な話をしようとしていると皆察してコッキーに注目する。


「何か相談したい事があるのかな?」

それにルディは穏やかに応じた。


「あのリネインの聖霊教会に孤児院があるのです、私はそこで育ちました」

「憶えている、サビーナ殿がお世話になった」

「はい!それで万が一に備えて子ども達をそのえーと・・・」


「アラセナだよ」

そこでベルが助け船を出した。

「子ども達をアラセナに逃がす事はできないでしょうかルディさん?カーリン様も万が一に備えたいがどうにもならないと言っていたのです」

「負け戦と決まったわけではないが、決まってからでは手遅れだな・・・」

ルディはそう言ったがどこか歯切れが悪い。

アラセナはクラスタ家とエステーべ家に占領されている、彼らはルディに近い領主とは言え勝手なことはできない。

それにルディはアラセナに行った事すらなかった、それを言うならばベルも新しい領地に帰った事がなかった。

ルディとベルが揃ってアマンダを見た。


明敏なアマンダは直ぐに察して話を続ける。

「コッキー、カーリン様は子供達の一時的な避難をお望みなのかしら?」

「えっ!?みんなそうだと思うのです」

コッキーは驚いて目を瞠った。


「やっぱりそうね、アラセナは前の支配者の暴政で逃散や反乱で人の数が足らないの、信用のできる人を定住させたいのよ。

サビーナ様達は戻らない覚悟でいらしたから受け入れられたのよ、それにいろいろあって今はアラセナの内情に詳しい人を外にあまり出したく無いの」


「皆んなリネインで育ったのですわたしもです、みんな街を捨てるとは思いませんよ!」

「そうね私の独断では決められないわ、一応父上達と相談して見る事にするから、アゼル精霊通信お願いできますか?」

急に話を振られたアゼルは少し慌てる。


「アマンダ様、精霊通信では複雑な意思を伝える事はできません」

「そうよねこまったわね、でもこちらの状況を報告しなければならないわね、だいぶ予定を超えているし・・・」

「そうだよアマンダ、一度報告に戻った方がいいよ」

ベルがそう言い出したのでアマンダの右の眉が僅かに震える、そしてベルの薄い青い瞳とアマンダの深いエメラルドの瞳が交差した。






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