アラティア軍の奇襲
「ところで、奴を倒したらしいが、残った敵はどうなったのじゃ」
ホンザがいたたまれなくなったのか話題を変えてくる。
「うん、あいつら気絶していたので放置してきた」
ベルの言葉は歯切れが悪い、そしてコッキーを見つめた、ルディは何かを言いたそうだったが飲み込む、それを見たベルが言葉を繋いだ。
「無抵抗な敵を殺したくなかった・・・」
「そうかわかった、しかし奴らの事は何もわからずじまいか」
それ以上ルディは何も言わなかった、それをベルは察して先を続けた。
「ごめん聞かなかったじゃなく、聞けなかったんだ、話をしたら殺さなきゃならないそんな気がした、僕たちは普通じゃない力を見せつけたんだ」
「奴らがその手の者達ならばまず口を割るまい、お前は口を割らせる訓練を受けていない・・・」
「でも彼らは砦を守らずにどこに行こうとしたのかしら?」
割り込んできたアマンダの声は屈託が無く明るい。
「それもわからない、ごめん・・・」
ベルが悄然として頭を下げ床を見つめている、コッキーはどうしたら良いのかわからずにオドオドとしていた。
「俺たちは連合軍に協力しているわけではない、何かをしなければならない義務は無いのだ、俺も悪い癖が出たようだすまん」
ルディがベルを慰めた、事実としてまだ対グディムカル戦争の当事者ではないのだから。
そしてルディもまた当事者になる事を決めかねていた。
そしてアマリアのペンダントはまた沈黙を守っている。
その頃、ラーゼとコースタードを結ぶ裏街道を静かに大軍が進んでいた、篝火も無く小さな魔術道具の光が彼らの足元を僅かに照らしていた。
騎馬の姿も無く全員が徒歩で軍は軍旗も掲げず静かに迅速に山道を昇る。
命令を発する言葉もなくただひたすら前進して行く、ただ武器と装備の鳴る音だけが闇に響いた。
彼らの行く手に明かりが浮かび上がった、彼らはその灯りに向かって進撃して行く。
コースタード峠の砦の焼け跡は片付けられ、夜になっても峠を占領したグディムカル軍が即席の防護柵を築き防衛態勢を整えていた。
奇襲に備え周囲は篝火の明かりで照らし出されている、遠くにアラティア軍の陣と軍旗が薄っすらと浮かび上がる。
明日になれば本格的な資材が送り込まれてくるはずだ、砦の指揮官はそう考えながらアラティア軍の陣地を見つめていた。
そこに偵察兵が慌てて駆け寄って来る。
「大軍がこちらに接近中です、正確な数は不明!!」
「なんだと!?」
すると対峙するアラティア軍に動きが見える、各処に篝火と魔術道具の光が灯り昼間のように明るく輝く。
「敵の襲撃に備えろ!!」
指揮官は絶叫する。
マルセランの北のグディムカル軍大本営に、各地からの精霊通信と偵察と伝令がもたらす情報が夜になっても集まり続けていた、それを司令部要員が整理し分析を加えて行く。
副官のグラウン伯爵は責任者として職務を遂行中だ、さしずめ参謀総長の役割だがこの時代はまだその役割は明確ではなかった。
「ラーゼからの精霊通信、アラティア軍の増援はラーゼ近郊に展開し野営、コースタード峠前の敵も野営に入ったもよう」
精霊通信を解読した士官がそれを報告にやってくる、グラウンは疑問点の報告を促す。
「コースタード峠の敵の戦力は?」
それに担当の別の士官が応える。
「最終的に約三千です」
「この程度ならば問題ないが、コースタードからの増援をあとニ千増やすように至急上奏する」
「かしこまりました」
グラウンの表情は苦かった、砦が破壊されていなければ十分すぎる程の戦力を用意していたのだ。
砦を落した黒い戦士は帝国が誇る超人的な戦士だが、物事を広く観る視点は持ってはいない。
そこに騎馬伝令が飛び込んでくると本営が騒然となる、担当の士官が彼に対応しているが、グラウンは士官たちの報告を受けながらそれを横目で見た。
すぐに士官と伝令がこちらにやって来る、その扱いが緊急扱いだったので背を伸ばすと彼らを迎える為に近づいた。
「緊急です、マルセランからの偵察報告です、アラティア軍の後軍到着せず!」
「なんだと!?」
本営内部が騒然となった、アラティア軍の後軍は総勢一万、コースタード峠の砦が陥落し守備隊のハイネ通商連合の部隊が大損害を受けた、その為にラーゼの五千のアラティア軍が峠に進出、アラティア軍の後軍から五千がラーゼに後詰めとして派兵、残りはマルセランに向かったはずだ。
精霊通信を担う魔術師の数に限りがあり、偵察も全てのエリアをカバーしているわけではない、そして伝令は通報に時間がかかる。
全ては戦場の霧の中だしかし残りの五千の敵は今どこにいる?
「まさか!?」
グラウンはその答えに到達した。
「コースタード峠か!」
グラウンはそう叫んでいた。
そして時を置かずコースタード峠を抑えていた部隊から緊急の精霊通信が飛び込んでくる。
「約一万のアラティア軍の総攻撃を受けつつ在り」