マルセラン城市
広大なテレーゼの平野を二つの人影が突き進んでいた、小さな林や茂みを縫うように進みながら道なき道を進んで行く。
先頭を進むルディは人間ではありえない速度で走っている、それをアマンダが苦もなく追走する、ふたりとも人間離れした走力の持主だ。
やがてルディが足をゆるめると止まる、すぐアマンダが追いついた。
「何かございましたか?ルディガー様」
「あれを見てくれ」
ルディの指差す先に崩れかけた石作りの小さな城らしき建物がある、円筒形の高い尖塔が一本だけ目立つがそれも片側が崩れて中が見えていた。
「まあ廃城ですね・・・」
「あれはハイネを輪の様に取り囲んで作られた砦の一つだ、テレーゼの最終防衛設備だ、以前に似た砦を見た事がある、墓荒らしの死霊術師共が使っていた」
「もしやリズさんですか?」
「そうだ」
アマンダが興味げに廃城を見つめながらふとつぶやいた。
「あの上なら遠くまで見る事ができるかもしれませんわ」
「マルセランまで距離があるが、全体を見るには良いかもしれん、昇ってみるか?」
アマンダは楽しそうに微笑んだ。
「わたくしは大丈夫でございます、100メートルの絶壁も平気ですわ」
「流石だなアマンダ、のぼるぞ」
楽しげに笑い合うと二人は廃墟の城に急ぎ向かった。
二人は廃墟の塔の頂上にそう苦労もせずに登りきってしまった、階段も崩れてまともに使えなかったが二人の行く手を阻む障害にはならない。
塔の上に昇ると物見台は半分しか残っていなかった、矢狭間が刻まれた壁も高くはない、壊れかけた塔をかすめて笛の様に風が寂しく鳴っていた。
塔の周囲に高い丘も建物もない、眼下に広大なテレーゼ平原が一望できた、下から見るより塔の上は高く感じられる。
「まあこれは見晴らしが良いですわね」
「あれがマルセランの城市だな」
北の方向に灰色の城市の影が見えた、それはマルセラン城市で城壁の胸壁は高く屋根が乱雑に並んでいるのが見える、街の北側にマルセラン城が見えた、城に二本の高い尖塔が建っていた。
そしてマルセラン城市を西の端にして、東に小さな砦がいくつも並んでいる。
「ルディガー様、小さな砦がいくつも並んでいますわ、ずいぶんアラティア軍が分散しているように思えますが」
「おそらく水源の確保の為だろう、大軍が一箇所に集まりすぎると水の確保が難しくなる、汚物の処理の問題もあるからな、疫病は恐ろしい」
「なるほど・・・」
「ここからは良く見えないが小さな砦を幾つも建てそれを連結しようとしているはずだ、戦機がきたれば軍を北進させ集結させる、万が一長期戦ともなると野菜を栽培したりするだろうよ」
「あらまあ、まるで巨大な城でございますわね」
ルディはうなずいた。
「全体はなんとなくわかった、アマンダ少し近寄ってみよう」
「では西のマルセランを偵察いたしますか?」
「そうだな西の端を観察してから北に向かおう、グディムカル軍の前線をみておきたい」
「ではお先に」
そう言うとアマンダが先に塔の外壁をすばやく降り始めた、僅かな石の隙間や出っ張りを利用し素晴らしい速度で降りる、彼女は階段など必要としなかった。
その見事な技にルディは苦笑するしかなかった。
ルディは階段の跡を利用しながら、時に下の階に軽々と飛び降りながら彼女を追いかけた。
下で先に降りたアマンダが体をほぐしている。
「こうしてルディガー様と野山をかけるのも久しぶりですわね」
ルディは思い出した、二年前の神隠し事件でベルが追放され、ルディも城に軟禁状態にされた、アマンダも使用人に扮しルディの側に仕える様になったのだ。
こうして二人で駆け回るのは何年ぶりだろうか。
ふと神隠しの時の幽界の冒険で、獣と化したベルが太古の森の中を駆け回る姿を思い出した、一糸もまとわぬ姿で泥と苔まみれで駆け抜ける彼女の姿は何か神々しいまでに美しかった。
「ルディガー様?」
アマンダの問いかけに我にかえると僅かに焦り動揺してしまう、アマンダは少し訝げにルディを見つめている。
ルディは自分の思いを振り払う。
「すまん考え事をしてしまった先に進もう」
二人はマルセランに向かって再び走り出した。
「ルディガー様、ここは野営地でしょうか」
二人はあれから時間もかからずマルセラン城の西側に来ていた、二人は巨大な大木に登りそこから周囲を観察していた。
眼の前でハイネの徽章をつけた兵士達が慌ただしく働いている、彼らは木の杭を打ち込み櫓を建設しようとしている。
そこに絶え間なく大量の木材が運び込まれ、無数の木箱と樽が山積みになっていた、アマンダの言う通りたしかに野営地の設営に見える。
「セクサドル王国軍の前軍が近くまできている、その準備かもしれん」
「やはりそうですわね」
マルセラン城市はもともと小さな街道の街に過ぎなかった、テレーゼ王国の内乱後に巨大なマルセラン要塞は放棄されこの城市が築かれたのだ、資材はマルセラン要塞から調達されたと言われている。
城の門は開け放たれ頻繁に荷車と人馬が忙しく出入りしているのが見える。
その北西の方向に丘が見えた、その表面は緻密な石垣で構成されていた、丘を覆っていた樹木が切り倒されて行く。
「あれがマルセラン要塞なのか?木を切り倒して材木にしているのか!」
長らく放棄されていたマルセラン要塞がその姿を再び現そうとしていた、丘の上に木で組まれた櫓が幾つも建てられている。
「ですがそれだけでは足りませんわ」
「そうだな、近くの森や林を切り払っているはずだ」
やがてルディが北東を指さした。
「みろアラティア軍が東に移動してゆくぞ」
築かれた柵の内側をゆっくりとアラティア軍が東に移動しているのが見えた。
アマンダが立ち上がると片手を額に当てて遠くを眺める、二人はしばらくその動きを見送る。
「ルディガー様そろそろグディムカル軍を見に行きましょう!」
ルディはうなずくと木の枝から飛び降りた、普通の人ならば無事では済まない高さだが平然と立ち上がる。
アマンダもそれを見届けると木の枝から飛び降りた、そして羽毛の様に軽々と着地してみせた。