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ラーゼの開門

マリアの肉屋を後にした二人は街の中心に向かう。

「ご飯を食べたら峠に行こう、いい店知らない?」

ベルが歩みを緩めながら横を進むコッキーに尋ねた。

「ベルさん見てください、宿屋も閉まっている処が多いです」

城塞都市ラーゼはテレーゼとアラティアやエルニアを結ぶ街道の中継都市だ、普段は商隊の馬車が行き来し賑わっていた。

だが今は商隊の姿は絶えアラティア軍の輸送隊の馬車だけが往来していた。

「やっぱり」

宿屋の多くが閉まり露天も無く旅人の姿も絶え、街をラーゼの兵達が巡回しているだけだ。

彼らは奇妙な若い娘の二人連れに不審げな目を向けるがそのまま通りすぎた、若い女性だと侮っているのだろう。


「あの店であのドレスを買ったんだ」

そのベルが大通りのに面した古着屋を指した、なかなか綺麗な外装の店で普通の古着屋とは趣が違っている。

あのドレスと言うだけでコッキーは理解したらしい。

ドレスはベルがこの街で手に入れた豪奢な高級使用人の制服の事だ、ダールグリュン家の元使用人で闇妖精姫ドロシーのお気に入りの使用人ポーラがこの街で売った制服だ、ベルはその事情を捕らえたポーラから聞き出した事があった。

ベルは動きやすさとその個性的なデザインに魅了されたが、スカートの裾が少々短かった。


「あんな豪華な使用人のドレス見たの初めてですよ」

「うちの使用人のお姉さん達が着ていた服が白と黒で素敵だったんだ」

「ベルさんいいとこのお嬢様でしたよね・・・」

ベルはコッキーの言い草に少し眉をひそめた。




「そうだ、大きな宿屋なら開いているかもしれませんよ、あっ!!ベルさんありました」

コッキーが指さしたのは中央広場に面した場所にある大きな宿屋だ。

「酒場が開いているかな?」

二人が一階の酒場を覗いたら僅かな客がいた、商人らしき男が二人深刻な顔をして話し込んでいた。

ベルはコッキーを促すと少し離れたテーブルに向かい合って座る。

壁の板に書かれた料理を見ると数品しかメニューが無かった。

「いつもより全然無いですよベルさん」

そこに無気力そうな壮年の男が注文を取りにきた、ベルが銀貨をみせてから二人は簡単な具をパンに挟んだだけの軽食とサラダを注文した、

二人はその超人的な聴力を駆使しながら二人は商人達の話に聞き耳を立てる。


ベルが意識を集中すると男たちの会話がはっきりと聞こえてきた。

「まだ何もわからんのか?俺たちは南下したいだけなんだ、クソ」

「奴らは街の周囲の安全を確保したら城門を開くとしか言わねえ」

「野盗でもいるのか?」

「噂だが、グディムカル軍の一部が峠を越えた可能性があるとさ」

「やっぱり峠が落ちたのか?」

「間違いねえな、だがあの街道じゃあ馬車も騎兵もろくに通れないぜ」


「ベルさん、あいつらの事ですよ、全員やっつけた方が良かったですか?」

コッキーは小さな声で話しかけてきた、だがコッキーの声はまるで頭の中で響くようでベルは眉をひそめる。

「そうだけど、でも気を失った奴らに止めさせる?」

コッキーは初めて気付いた様な顔をしてから頭を横に振った。


そこに一人の男が酒場に入ってきた、彼らの仲間らしく先程の二人の男のテーブルに座る。

すぐに会話が聞こえてきた。

「どうだった?」

「街から出る者だけ通す事になったぞ!アラティア軍の補給の邪魔になるからだとさ、門が開くのは太陽が真上に上った時刻だ」

「そりゃ助かる、出発の準備だ」

三人はテーブルから慌てて立ち上がると、金を払うと酒場からさっさと出て行ってしまった。


ベルとコッキーは顔を見わわせる。

「ベルさんお昼に開きます」

「うん西門から出てから北に行こう」

「わかったのです」


そこに先程の無愛想な初老の男が料理を持ってきた。

「ほらよ・・・」

コッキーが店の中を見回してから意を決して男に話かける。

「おじさん、前にいた綺麗な人はどうしたのです?」

初老の男の態度が変わった。

「お嬢さんうちのお得意さんだったか、あの娘はな暇をとって家に帰ったよ、俺はここの店主だが普段は店にでないんだよ」

「いないんですね」

男の態度がさらにまた柔らかくなった。


「平和になれば戻ってくるよ」

「そうなればいいですね」


「まあ、ゆっくりしていってくれ、客が少ないからな」

そう言うと男は厨房の奥に下がっていった。


ふたりはそのあと黙々と昼食を食べた、時々壁の告時機を見る、やがて宿屋の入り口から鐘の音が聞こえてきた。

「城門が開く鐘の音ですよ!」

ラーゼの街をよく知っているコッキーが机を鳴らして立ち上がる。

「わかった」

続いてベルがパンの切れ端を口に放り込んで立ち上がった。

「おじさんお勘定なのです!」

コッキーが店主を呼ぶ。




西の城門には旅人や商隊の姿は少ない、かわりにアラティア軍の輜重(シチョウ)の車列が集まっている、マルセランとここを結ぶ街道は大軍が移動する事がわかっていたので、多くの商隊はこのルートを避けていた。

ちなみにラーゼとハイネを結ぶ街道の起点は南門にあった。

この二人はかなり目立ち浮いていた、兵士達がもの珍しそうに二人を無遠慮に眺める。

幾人かは二人が大変美しい事に気づいたが、この二人に説明のつかない何か気安く言葉をかける事をとまどわせる何かを感じて口を閉じていた。


やがて城門を管理するラーゼの領主軍の兵が開門を告げると重々しく分厚い城門が開き始めた。

二人の美しい少女はまっさきに城門から飛び出した、畑の中の狭い道を素晴らしい速度で北西の方角に向かって走り初めたので、兵たちはしばらく唖然としながら二人の後ろ姿を目で追っていた。





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