運命の渦流
ルディとアゼルはゆっくりと丘を登ってきた。
「見事な演奏だな聞き惚れたぞ、だがこの感触、コッキーも通路が開いたのか?」
「神隠しに巻き込まれた時から想定してはいましたが、しかし音楽ですか、想像していませんでした」
「それにしても良い曲だな、初めて聞く曲だが・・・」
ルディはしみじみと語った。
「僕もそう思うよ」
声がした方を振り向くと、ベルが草原の上に腰を落ち着けて何かを食べていた。
ルディはベルの仕草を見ながらリスみたいだと思った、そして思わず笑ってしまった。
「ベル、何を食べているのだ?」
「昨日買ったオヤツだよ」
「お前には繊細さが足りないようだな」
アゼルの肩に乗っていたエリザが草の上に降り、ベルのおやつの食べかすを拾い始めた。
「いい音楽を聞くと消化が良くなるんだ」
少し不機嫌になったベルは少し唇を尖らせて交ぜ返した、そして舌で唇をペロリと舐めた。
その時コッキーの演奏が終わる、だが次の曲は始まらない。
「ルディさんアゼルさん、そしてベルさんご迷惑をおかけしました」
コッキーが三人に向き直り頭を下げた、コッキーが急に改まったのでベルも慌てて立ち上がろうとする。
ルディはコッキーの様子を観察するように見つめた。
「もう大丈夫なのか?」
「はい大丈夫です、このトランペットを吹いたら総てがすっきりしましたよ、もう落ち着きました・・・」
「コッキーの曲には何か不思議な力があるように思えるな」
アゼルもそれに同意しながら。
「そうですね、私もそう思います、しかしそれが何なのかまではわかりません、魔術的な力のある楽器の伝説もあるので調べてみる必要がありますね」
ルディは少し悩んだようだが言葉を紡ぐ。
「偶然招かれた魔術道具屋にそのトランペットが眠っていた、コッキーが偶然落ちた穴にメダルが落ちていた、あまりにも不思議な偶然だとは思わないか?」
「コッキーとベルが見たメダルはいったい何だったのでしょうか?」
「アゼルはあの黒いダガーをあそこに持っていけば、光の鏡が出るかも知れないって思ったんでしょ?」
「残念ながらその可能性は否定されました、メダルの記号や意匠に何かがある可能性は残りますが」
「私が穴に落ちたのも、これと巡りあったのも偶然じゃあないのでしょうか?」
コッキーの表情がどことなく翳った、自分が何者かの駒に成っているかもしれない事に不安を感じるのは当たり前の事だった。
「それはわからん、だが俺たちはテレーゼの土地女神の降臨に居合わせてしまった、女神は明らかに我々に何かをさせたがっていた」
「女神様が仕組んだ事なのでしょうか?」
「重ねて言うが我々にはわからない事だ」
「コッキーが神隠し帰りとなった以上、これからいろいろ面倒な事に巻き込まるだろう」
「私はベルさんの様になっているのでしょうか?」
「ベルは神隠しの後から身体能力が異常に高くなった、俺もそうだが、本当に変化がそれだけなのかはわからなん」
「幽界から帰還した者の事例は極めて少ないのです、何も実体が解っていません、そしてそんな人間がここに三人も集まっているのですから」
「私は体が強くなったとかそんな気はしないです・・・」
「では若旦那様そろそろ宿に帰りませんか?」
「僕はコッキーをおぶって城壁を超える、アゼル部屋の鍵を貸して」
「そうですね、若旦那さまも私も平気です、ベルとコッキーは先に帰っていてください」
「コッキー、荷物になったつもりでいてくれればいいんだ、城壁を乗り越えるにはこうするしかない」
ベルはコッキーを再びロープで自分の体にしっかりと固定していく。
「また荷物ですか、なんか恥ずかしいですよねこれ・・」
倉庫らしき大きな建物の中で、二人の男がときどき呻きながら怨嗟の言葉を吐き捨散らしていた。
倉庫の中は古い木箱や樽が山積みになっていて、緩衝材につかうのか大量のボロ布が無造作に積まれている、倉庫の内部は埃臭く黴びた臭いが漂っていた。
それを一本の安物の獣脂ロウソクの灯りだけが照らしている、その煙と炎が悪臭を更に酷くしていた。
「おふたりさん、冷やしたらどうっすか?」
声を掛けたのは大柄でそれでいて少年じみた童顔の男だった。
その童顔の男はジム=ロジャーだった、ベルに打ちのめされた男達についてきてここでしばらく待つようにと言われたが、そのオーバンはなかなか戻って来ない。
二人の男はジムを睨みつけた。
「勝手にここから動けるかよ」
ジムは肩をすくめたがそれが二人を更に苛立出せる。
しばらくすると倉庫の入り口が俄に騒がしくなる、ランプの灯りが通路の壁を照らし始めた、そこにオーバンが下働きらしき男二人ほど連れて戻ってきた。
「ボスがお前達にも少し話が聞きたいそうだ」
ジム達は倉庫の隣のジンバー商会の本館に連れて行かれた、商会本館は本日の営業を終え閉店作業の最中だった、使用人達が忙しそうにかけずりまわってる。
その事務所の二階のボスことエイベル=ジンバーの事務室に連れていかれたのだ。
事務室の会頭の大きな机の前の革張りの立派な椅子に会頭のエイベルがいた。
太った初老の男で灰色の短い頭髪はたいぶ薄くなっていた、どこか険呑で猜疑心の強そうな顔をしている。
「ほう、話に聞いていたがでかいな坊や」
「どうもっす、ジム=ロジャーっす」
「まともな挨拶もできないのか!?こちらが商会長のジンバーさんだ!!」
オーバンが怒鳴る、だがいかんせん声が高く威厳と言うものがまったくなかった、物語の小悪党そのままだった、ジムは下を向きながらも苦笑した。
「まあいい、俺がエイベル=ジンバーだ、ここの商会長だ、まあオーバンから話を聞いたが、まずはお前らの話が先だ」
オーバンの手下共を見やる。
「お前達やけに腕が立つ女にやられたらしいが、それに間違いは無いな?」
「はいエイベルさん、そいつに剣をとばされて手首を痛めたんです」
ジムにはオーバンの説明の裏を取りたいだけの様に見えた。
「見えないぐらい速かったんでさ!!」
「まあ、腕の立つ女も居ないわけではない、やられた奴ほど大げさに言うものだからな」
ジムはオーバンの顔に僅かな苛立ちを見て取る。
「で、そこの坊やは奴らに詳しいらしいな」
「まあそうなんですがね」
ジムはオーバンと二人の怪我をしている手下を思わぜぶりに見やる。
エイベル=ジンバーはそれに直ぐに気がついたようだ。
「お前らは下がっていいぞ」
あからさまに下がれと言う態度をオーバンの二人の手下に示した、二人は顔を見合わせ不満げに下がっていった。
「お前はここで雇われたいらしいな?お前の話が役に立つなら雇ってやってもいいぞ?そのガタイだいろいろ役に発ちそうだ、お前はどこからきたんだ」
ジムがしばらく口を閉じていると、オーバンが口を挟んだ。
「エイベルさんに答えろ!!」
「故郷で喧嘩して人を殴り殺しちゃってここまで流れてきたっす」
「ああ、ここはお前の様な奴ばかりだ気にするな、俺の役に立つかどうかだ、あと裏切りは許さねえぞ?まあとりあえず知っている事を話してみろ」
「俺はリネインからゲーラに向かう途中で、奴らが盗賊団に襲われて奴らが大暴れした所を見たっす、あの黒い女の仲間の男があの女なをぶん回して遠くに投げ飛ばしました」
「あっ?ぶん投げた?」
「30メートルぐらい投げましたね」
「人間を投げたってのか?」
エイベルは思わず立ち上がり机を叩いた、オーバンは嘲りながら。
「寝言を言うんじゃねえ!!」
「さっきオーバンさんがあの女にやられたじゃないっすか?なんとなくわかるっしょ?」
「まあ先を聞かせろ」
エイベルはオーバンを制して先を急かした。
「ええ、投げられた小娘が盗賊団の中で暴れましてね、たしか相手の親玉がエッベとか言う奴でした」
「エッベ?聞いたことが有るぞ、頭のおかしな大男だったな、たしか・・・」
「その黒い小娘が母親と娘を抱えて走ってました、あとで盗賊を三人ほど捕らえて担いで歩いてましたよ、大の男三人ですよ?驚いたのなんのアイツラは化物っすね」
ジム=ロジャーはルディの剣がエッベの大鉈を半分切り裂いていた事は伏していた。
「俺はそいつらに興味が出まして、ハイネまで後を付け回していたんすよ、儲け話になりそうな気がしたんで」
エイベルは暫く考え込んでいたが。
「お前らは下がっていいぞ、あとお前は一応雇ってやる、細かいことは後で伝える、とりあえずはオーバンの下にいろよ?いいな」
「エイベルさんオーバンさんよろしくっす」
ジムが挨拶をしたがオーバンは不機嫌そうに応えた。
「いいか?調子に乗るんじゃねえぞ?」
「ええ、わかってますって、オーバンさん」
ジムはヘラヘラと返したが、その糸のような目は笑っていなかった。
二人が執務室から退室したあと、エイベルは手紙を書き始めた、そして机の上のベルを鳴らすと執事を呼び出した。
「フリッツ、この手紙を明日『そちらが興味を持つかもしれない連中が見つかったと』とコステロ商会のエルヴィス様に渡るようにしてくれ」
「畏まりました商会長」
フリッツはエイベルに頭を下げ執務室から退出していった。