ラーゼの街再び
二人は森の中を東に向かって疾走していた、下草が跳ね上げられ小枝がへし折れ木の葉が舞った。
「ベルさん峠に行かないのですか?」
背後からコッキーがベルに呼びかける、樹々の隙間を巧みに縫いながらベルは振り向きもせず答えた。
「やっぱりラーゼで調べてからにする」
「ええ・・・わかりましたです」
やがて樹々が薄くなり目の前に豊かな田園が開けた、畑の向こうにラーゼの城壁が見える。
そこでベルは足を止める。
「城門が閉じてますよ、まだこんな時間なのに」
コッキーがラーゼの西門が閉じられている事に気づく。
「昨日の夜何かが起きて警戒しているんだ、あんな連中が入り込んでいるぐらいだから」
べルは自分たちが来た森の奥を見ている。
「ベルさん、あいつらは何をしていたのでしょう?」
「さあ、後方に入り込んで破壊活動でもするつもりだったんだろ、あいつらはそんな役割ぽかった」
二人は黒装束の男達の事を思い出す。
「あいつら泥棒さんみたいな格好していましたね」
「うん」
「さあ城壁を越えて入ろう、ラーゼの街は詳しいんだよね?アゼルにも来てもらえばよかったな」
ベルはアゼルがラーゼに詳しいことを今になって思い出した。
「アゼルさんも詳しいのです?」
「エドナから何度か買い出しに来ていたみたい、そうだアゼルの師匠がいるそうだよ」
「そうだったのですか・・・どこにいるか知ってます?」
ベルは無言で頭を振った。
すると野鳥が鳴いて二人のつかのまの沈黙を破る。
「とにかくコッキー案内よろしく」
「どこに行きます?ベルさん」
「うーん・・・そうだコッキーの知り合いの人とかいる?」
「いるのです、案内します」
「峠で何が起きたか噂でいいから知りたい、僕を峠を越えて案内する仕事をしているとかで話を聞いて欲しいんだ、お願い」
ベルにお願いされたコッキーは少しニヤけながら微笑む。
「いいですよ!ついて来てください」
二人はコッキーを先頭にして街に向かって走りだした、長閑な田園は人影も無く寂れていた、小さな農家と木立伝いに城壁に向かって駆ける。
簡単に城壁を乗り越えた二人は気づかれずに街に潜入する事ができた。
「そこの肉屋の女将さんに良くしてもらっているのです」
コッキーが中央広場に近い裏道に面した小さな肉屋を指さした。
「ここらへんに見覚えが在る、ピッポ達がここで詐欺をしていたんだ」
コッキーが可愛らしく目を瞠った。
「いましたよね、ピッポさんもテヘペロさんも今何しているのでしょうか・・・」
「あいつら最近ぜんぜん見てない、戦争が近いしテレーゼから逃げたんじゃないか?」
「そうですよね」
「気になる?」
「それどころじゃないですよ!行きますよ」
コッキーは肉屋の軒下から店の中を覗いた、奥に恰幅の良い中年の女性が粗末な椅子に座り居眠りをしている。
若い頃はそれなりに美しかったに違いない造作をしていた、背も高そうで小太りで腕が逞しく太い。
彼女は腕を組んだまま寝ている。
コッキーが彼女に近づくと軽く肩を揺すった。
「マリアさん起きてくださいなのです」
女性はめんどくさげに薄く目を開けた。
「んん?その変な言葉使いはコッキーだね?」
マリアは背もたれから背を起す、そしてコッキーの後ろにいるベルに気づき驚いた顔をした。
「はいわたしです、ご無沙汰なのです」
「あんたはかわらないね・・・どころで何か用かい」
マリアはコッキーの背後にいる少年の様な姿のベルが気になる、身分の低そうな姿だがその容姿や仕草がそれを裏切っていたからだ。
「あの、この人をコースタードに案内する仕事をしているのです」
コッキーがベルを紹介するように手を差し伸べる、だがマリアは激しく反応した。
「なんだって!?ダメダメ何を言っているだよ、昨日グディムカルの奴らに砦が焼かれて大騒ぎさ、大軍が向こうに向かったよ」
「戦争ですか?通れませんね、どうしますベルさん」
コッキーは背後のベルを振り返った。
「うーむ、こっちなら通れると思ったけど厳しそうだね」
ベルの言葉にマリアが興味をしめす。
「こっちだって?ハイネから来たのかね」
「そうですマリアさん、向こうは大軍が睨み合っていて通り抜けるのは無理だ」
「こんなご時世に北に行きたいのかい?あんた」
「親戚がいるのです・・・」
マリアはこれ以上訪ねる気は無くなったようだ。
「昨日の夜だよ峠の方に火の手が上がってね騒ぎになったのさ、グディムカル軍が攻めてきたのかって」
「峠がどうなったのか存知ですか?」
ベルの言葉にコッキーは驚かされた、こんなよそ行きの言葉を使うベルを知らなかった、これでは庶民とは思われない、発声から抑揚まで庶民の言葉使いではなかった。
だがマリアは納得した様にうなずく。
「詳しい事はわからないよ、ただ怪我人が北の方から連れて来られるのを見たらしい、だから峠は落ちたのかも知れないって噂が流れたんだ」
「あのマリアさんこの街はだいじょうぶでしょうか?」
そこにコッキーが話に割り込んできた、マリアはコッキーに何かいいかけて口をつぐんだ、いつになくコッキーが思い詰めた顔をしていたからだ。
「あたしらにはわからないよ」
マリアは少しおどけた様に肩をすくめてみせる、気まずい空気を変えたかったのかもしれなかった。
そしてマリアは気付いた。
「ああ、リネインが心配なのかい?」
コッキーは深くうなずいた。
「そうなのです」
「残念ですが、今は諦めようと思いますわ」
ベルは沈痛な表情でふせ目で頭を弱々しく振る、そうすると何か事情ありげな良家の女性に見ない事もなかった。
「その方がいいよあんた、平和になるのいを待つんだね」
「そういたしますわ・・・では私達はこれで」
「えっ!?ベルさん、そうですね諦めましょう、残念なのです」
そう言いながら二人はマリアの肉屋を後にする。
マリアは店先に出ると去ってゆく二人を見送った。
「朝から街に出入りするのは難しいんだけどね・・・あの背の高い娘は訳ありだよ、コッキーが何か面倒な事に巻き込まれていなければいいがね」
マリアはため息をつくと店の中に戻った。