超戦士グルンダル
道なき深い森の中を黒い軍装の者達が広く散開しながら進んで行く、周囲を警戒しながら全体として一つの方向に向かっている。
やがて石で舗装された街道を横切る、街道に敷き詰められた石畳は泥と馬糞がこびりつきそれが踏み固められ乾きかけていた。
街道の周囲の草地も酷く踏み荒らされている、ラーゼとハイネを結ぶ街道をアラティアの大軍が進軍したばかりなのだ、その跡が街道に深い爪痕を残している。
彼らはその上を踏み越え素早く街道を横切ると森の中にふたたび踏み込んで行った、彼らの足跡もそれに紛れ目立たない。
そのまま南西の方角に向かって進んだ。
それからどれほど時間が経っただろうか。
「止まれ!!」
集団の前を進んでいたグルンダルが立ち止まり手を挙げた、訓練された集団は停止すると波の様に広がって行く、彼らは命令されるまでもなく停止し周囲を警戒し始める。
「何かありましたか隊長?」
集団の中央にいたイングが前に上がってくる、その足さばきは静かで早い、それが彼もまた選ばれた精鋭である事を物語っていた。
グルンダルは前方の森の奥を睨む。
「この先に何かいやがる」
グルンダルの言葉と態度からいつものフザケた余裕が消えていた、そのまま前方の森の奥を睨んでいる。
いつにないグルンダルの態度にイングは腕を上げる、周囲の者達を睨みながら指で何かのサインを形作った。
それぞれが武器を武器を解き放つと戦闘態勢を取った、それは無言で行われた一瞬の出来事だ。
「敵ですか?私には感知できません、まさか!?」
「そうだ、さっそく化け物共が歓迎にでてきたぜ」
グルンダルは獰猛な笑いを浮かべている、イングは気づいてしまった、相手を侮る様な憐憫の色が消えていたからだ。
上司はあまりも弱い相手には優しかった、そして中途半端に強い者を激しく憎み軽侮する、だが今めったに見せた事の無い真摯な顔をしていた。
イングは戦慄した、グディムカルの終わりの見えない内乱の時代、何度か人を超える化け物と対峙した事があった、グルンダルはその時と同じ笑みを浮かべていた。
イングはふたたび腕を上げる、そして新しいサインを指で形どる、それを見た精鋭共の顔に驚愕と怯えとも思える色が浮かぶ、誰かがうめき声を上げた。
「まさか!?」
そして躊躇したが全員慌てて後ろに下がり始める、イングだけが指揮官の側に控えていた。
「イング、おまえも下がれ!くるぞ」
グルンダルは振り返りもせず前を見ていた。
「はっ!!」
イングは指揮官を気にしながらも静かに後ろに下がりはじめた。
下がりながらイングは背中を冷たい風が撫でた様な悪寒を感じた、前方の森の奥から銀色に輝く何かが視界に飛び込んできたからだ、警告を発する間もなくその銀色の塊が目前に迫ると、金属が撃ち合う音が響き渡る。
驚きのあまりイングは声を発する事すらできない。
グルンダルが巨大な剣を眼にもとまらぬ速度で抜き放ち、その銀色の物体の突進を剣の腹で受け止めたのだ。
怪しげな光と暗黒の粒子が飛び散って乱舞する、イングはこの光景を見た事があった。
心の中で奴らだと叫んでいた。
その銀色の塊は跳ね返され少し離れた場所に降り立つ。
イングはそれが最初なんなのか理解できなかった、それは小柄な人の形をしていた、その姿から人の少女を連想した。
そして黒いメイスのような武器を手にしている、そして古びたホルンを首から下げていた。
全身が白銀色に輝いているので人ではないとはっきりと理解できた、銀でできた人間などこの世に存在しない。
するとイングの鍛えられた感性が別の強大な力がこちらに向かって来るのを感じとる、仲間がいるのかとイングは戦慄し絶望した。
近づいてくるそれは全身が真っ黒に見える、だがそれは全身を黒曜石の様に艷やかに光る美しい毛並みに全身を覆われていた。
その二体の人ならざる者達は対照的なまでに美しいと感じていた。
その黒い毛並みの何かはやはり女性的な優美な形をしている、だがネコ科の猛獣の様な耳と細く長い尻尾を生やしていた。
『かってにデないで』
その猛獣の姿の怪物が銀の人型を見ながら人の言葉を話した、その声は人の女性の声を感じさせる。
『すみません、ガマンできなかったでス』
それに銀の怪物が答えた、その声もまた人の女性の声だ。
その会話でイングは昔目撃したグルンダルと怪物の戦いを思い出した、その敵もまた言葉を話していた。
少し落ち着いてくると、怪物達はやはり人に似ていた、銀の怪物は白銀の鱗のようななめらかに輝く金属片に全身覆われていた。
漆黒の毛並みの怪物の肢体は優美な女性的な曲線を描いていた、禁断に触れる扇情的な魅力に満ちていた、そして黒い剣を手にしていた。
「幽界の神々の手下か、もう出てきやがるとは」
グルンダルは二体の怪物を目の前にしてまったく動じなかった。
『コッキー、こいつは強い』
『かんけいないです、森のキノコのおともだちになるのデス』
その瞬間グルンダルは神速で踏み込んだ、その力と速度を乗せてグルンダルは大剣はを斜めに払った、大剣は二体の少女じみた怪物を斜めに両断したとイングは確信した。
だがグニャリと漆黒の怪物の身体が溶けるように動く、大剣は彼女をかするように流れ鋭い金属の音を奏でる、すると大剣が大きく傾き剣の腹が銀の少女に激突する。
銀の少女は吹き飛ばされ凄まじい速度で巨木の幹に激突した、地面から数メートルの高さにパン生地を壁にぶつけた様に叩き付けられた。
グルンダルは銀の少女を無視して、眼の前に再び立ち上がった漆黒の怪物少女を睨みつけた。
「あん?おまえ体術を、聖霊拳をしっているな」
『おまえこそ知っテいるのか?』
「こりゃいいな、神々の眷属が聖霊拳を使うとどうなるんだ?」
何か楽しい事を見つけた様にグルンダルはその眼を輝かせる、その瞳は僅かに赤味を帯びていた。
その時連続した爆発音がなり響く、これがグルンダルと黒い怪物少女の注意を引き付けたのでイングもつられそちらを見た。
隊に所属する魔術師達が大木に叩きつけられた銀の怪物に攻撃を加えたのだ、だが何かがおかしかった。
「なんだ?」
グルンダルが思わず口にした、すると漆黒の怪物が呟いた。
『精霊力がはねかえっタ?』
大木に張り付いている白銀の少女はそのままで、巨木の幹と周囲の樹々の枝葉が燃え上がり破壊されていた。
氷の破片が巨木の幹に突き刺さり、周囲の地面に突き刺さっている。
「ヤツは魔銀でできています!!」
その悲鳴の様な魔術師の叫びが響き渡る。
「魔銀だと!?」
イングの口から言葉が思わず漏れた。
イングも魔術に関する基本的な知識は修めている、魔銀は稀少な幽界由来の金属で、圧倒的な柔軟さと強靭さ、そして魔術を反射する魔術耐性を誇る、実在する事は知られていたが事実上の神話の金属の名だ。
稀少すぎて研究もまったく進んでいなかった。
もしあの怪物が中身まで魔銀ならば国が買える程の価値がある事になる。
やがて銀の少女が身体をもたげ巨木の幹から上半身を剥がす、幹はへこみそこに穴ができている。
『いたいのですよ・・』
そうささやくと、銀の少女の両眼は黄金色に輝いた、口が大きく裂けると先の割れた細い舌をチョロリと出す。
美少女のような銀の像がしだいに人を越えた正体をあらわそうとしていた。
それを目撃したグルンダルの部下達に僅かに動揺が走った、さすがの精鋭達も常軌を逸した異常事態に冷静ではいられなかった。
そして銀の少女は魔術師達を睨むと魔術師達はさらに数歩下がる。
その瞬間力の爆発が生じた、人の魂を蝕む濃厚な瘴気の爆裂。
黒い少女に対峙していたはずのグルンダルが黒い弾丸の様に巨木にめり込んでいた銀の怪物に向かって飛翔していた、突き出した大剣の切っ先は銀の少女の身体の中心を狙っている。
『あっ!?』
漆黒の少女はこれを予想していなかったのかうめき声を上げた。
イングは銀の少女がグルンダルの大剣に貫かれる未来を確信する、大剣は魔銀の鎧を貫く力を秘めている。
グルンダルの大剣は重い轟音を上げて巨木に突き刺さった、だがその直前に銀の怪物は柔らかい粘土の様に身体を変形させた、そして剣に絡みつくと両手を掲げてグルンダルに襲いかかる、彼女の両手の爪は翡翠の様に青く輝き濡れていた。
そこに背後から漆黒の怪物がグルンダルに襲いかかる。
イングは今までグルンダルが二体の怪物を同時に相手にした事が無かった事を思い出し叫ぶ。
「後ろです!」
だがグルンダルはそのまま大剣を大木から引き抜くと、刀身に絡みついた銀の少女ごと真上に持ち上げるとそのまま背中に向かってのけぞる、そのまま背後から神速でせまる漆黒の少女に叩きつける。
漆黒の少女はそれを見切り回避行動に移る、だがグルンダルは剛力でそのまま刀身を漆黒の少女を叩き切るべく刀身を導いく。
グルンダルは歯をくいしばり唸り声を上げ渾身の力を爆発させた、その時のけぞるグルンダルの灼熱する溶岩の様な瞳と漆黒の少女の深い泉の底の様な蒼い瞳がからみあった。
だが大剣と漆黒の少女の隙間に銀の肉体が滑り込む、その刹那に漆黒の少女は驚きに眼を瞠った。
大剣は白銀の少女ごとそのまま黒き少女の左肩に激突した。
そしてグルンダルの右腕から血しぶきが上がった、グルンダルの右腕に赤い筋が走っている。
グルンダルは銀の少女の勝ち誇った様な黄金の瞳に気づいた。
銀の少女と漆黒の少女は大剣から放り出された、二人の少女は絡み合いながら森の奥に飛んで行った、グルンダルは止めを刺すべく追撃を始めたが、そこで異変に気づき足を止め己の右腕を見る。
腕の傷口から木の芽が次々と芽生えて成長している、流石のグルンダルもこれに驚愕した、そして思い切りよく右腕を大剣で断ち切ってしまう。
吹き出す血はたちまち止まる、そして二人が消えた森の奥を鋭い眼光で睨む。
やがて森の奥から二人の怪物が再び姿を表した、漆黒の少女はすこしふらついている、ダメージを受けてたようだ。
グルンダルが咆哮を上げた、まるで巨獣が吼える様に轟いた、それにグディムカルの精鋭達すら魂を押しつぶされる、この世の者ならざる者達の戦いが行われている、皆がそれを信じるしかなかった。