森の中の接敵
深き森の中は白い朝霧が漂い樹々の隙間から差し込む陽光も弱々しい、どこか神話じみた神秘的な景色だ。
そんな森の中で異装の戦士達が出発の準備を進めている。
その中でも一際目立つのはグディムカル風の黒き軍装で身を固めた巨大な戦士の姿だ、彼は巨大な大剣を背に背負いながら、かたわらの壮年の戦士にぞんざいに話かける。
「イング地図を見せろ」
「はっ、グルンダル様これを」
巨大な大剣を背にした魁偉な戦士は高名なグディムカルの黒き戦士アルベルト=グルンダルその人だった。
促された男も長身の屈強な戦士だが彼と比べると華奢に見えた。
イングと呼ばれた男は懐から細長い筒を取り出す、中から丸められた羊皮紙を取り出し指揮官に見せた。
「予定に変更ない、このままヘムズビーの西を抜け南下、そしてゲーラの西を抜ける・・・」
「今更ですがなぜド=ルージュに・・・あれはいったい」
イングは野営地の真ん中の黒い背嚢を顎で差ししめした。
「俺が知るか、砦を落としたついでに置いてこいという命令だ、それもセザールの知らぬ間にだそうだ」
イングはグルンダルに近づいた、すると周囲の者達は気を効かせて何もいわずに指揮官の側から離れる。
「それは北の大導師の命令でしょうか?」
イングは声を落とした、北の大導師について語るイングの表情が僅かに歪む、そして胸に下げたユールの紋章が刻まれたペンダントに無意識に触れた。
「さてね、陛下の命令なのは確かだ」
「なんと・・・」
さらにグルンダルは声をひそめた。
「おまえ気づいていたか?ここには精霊術師しかいない」
イングもそれに気づいてはいた、だがその意味までは思いも依らなかった、だがグルンダルの話から彼の言いたい事をなんとなく察した。
「俺は面倒な事などしらねえ、俺が関心があるのは最強になる事だけだ」
「では陛下は・・・」
「さあね、あの方にも思惑があるんだよイロイロとな、さあいくぞやる事が多いぜ」
イングはグルンダルから離れると行動用意を部隊に命令した。
にわかに野営地が騒がしくなる、黒装束の部下達は皆背嚢を背負い周囲を警戒するように展開した、彼らは行儀よく整列などしない。
「いくぞ!!」
グルンダルの号令と共に南西の方向に向かって静かに素早く進んで行く、しだいに白い朝霧が薄れはじめていた。
ベルとコッキーはヘムズビー街道を横切りると、そのまま東寄りに北に進む、ベルは凄まじい速度で立木の隙間を縫うように走り抜ける、コッキーは必死にその後を追いかける、時々細い樹木にぶつかると力任せに押し倒しながら進んだ。
突然ベルが止まったせいでコッキーはベルの背中に激突してしまう。
「うぐっ!?」
ベルが潰れた様なうめき声を上げると、そのまま前方の大木の幹に叩きつけられた、大木が重い響きを上げると梢がざわめき鳥が慌てて飛び立った。
「ベルさんだいじょうぶですか?」
コッキーが駆け寄ってきた、ベルは素早く立ち上がるとコッキーを手で制した。
「僕はだいじょうぶ、静かにして遠くに何かがいる」
ベルのボロボロの服に木の葉がこびりついているが、まったく傷を受けてはいない。
コッキーも背中のメイスを鞘から取り出すとかまえた、そして半目で周囲を警戒する。
だがすぐに淡いショートの金髪頭をふった。
「わたしにはわからないのです」
ベルは森の奥を真っ直ぐ指さす、薄く霧が出ている森の奥は灰色に染まっていた、彼女の指はだいたい北を差している。
「この先に何かがいる感じがする、かなりの数」
コッキーは眼を半目にしたがすぐに諦めた。
「やっぱり何も見えないのです」
こんどはベルが頭を振った。
「コッキー違うよ、見るんじゃなくて感じるんだ、森の中は見通しが効かない、僕はいつのまにか獣の気配を感じるようになっていた」
「そうなんですか!?わたしは森に入るのが怖いんですよ・・・森の奥には滅びた村の跡とかあるのです」
ベルは眼を瞠って何かをいいかけたが口をつぐむ。
「ここからはゆっくり行くよ、向こうに気づかれないように進む」
「わかったのです」
二人は速度を落として静かに進み始めた。
どのくらい進んだだろうか、やがてベルがふたたび足を止めた、そしてコッキーを振り返りもせずにささやく。
「やっぱり奴らこっちに向かってくる」
「どのくらい離れてます?」
ベルは真っ直ぐ前を指さした。
「だいたい三千メートルぐらいかな、数は数百人いるよ詳しくはわからない」
「多いですね、そうだ私達まだラーゼとマルセランをつなぐ道を越えていませんよ」
ベルは眼を瞑ると動かなくなった、やがて眼を見開いた。
「たしかに、この先に木が無い場所が東西に走っている」
「どうしますベルさん、グディムカルの奴らならやっつけましょう」
ベルは少し呆れ顔でコッキーを見つめた。
「そうだね、奴らが魔界の力に通じているなら、倒すしかないけど・・・」
ベルの言葉はどこか歯切れが悪い。
「それだけじゃありませんよ、リネインを護るのです!」
「わかったコッキー、もし魔界の力を感じたら叩こう、森の中だから遠慮はいらない」
「わかってまス」
コッキーの身体から精霊力が満ち溢れた、ベルは黄金の光を帯びたコッキーの蒼い瞳を見つめた。
「力を押さえて!奴らに気づく奴がいるかもしれない」
「そうデした!」
コッキーの力が静まると彼女の眼の光も消え、テレーゼの空の様な蒼い瞳に戻る。
「この先に街道があるのか、ならここで待ち伏せしよう、街道を通る軍や商隊に気づかれたく無い」
「さすがベルさんです、そうしましょう」
コッキーは感心したように手を叩いた、少しだけ尊敬の色が見えた、ベルはそれに気がつくと少し恥ずかしげに笑った。
やがて二人の姿は周囲に溶け込み沈んでゆく、姿が消えたわけではない、ただ人に認識しにくくなるだけだった、見えていても見えないだけだが、それを二人は無意識に行使していた。