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マルセランの総司令部

「ラーゼからの続報はないのか?」

マルセラン郊外の連合軍総司令部の大天幕に若い参謀の怒声が響く、だがアラティア軍総司令のコンラートは僅かに顔をしかめただけで折りたたみ椅子の上にどっかと腰を下ろして太い腕を組んだまま沈黙を保っていた。


「ラーゼからの精霊通信です」

そこに伝令士官があらわれる、彼の徽章が精霊通信部隊に属している事を示していた、コンラートは僅かに身を震わせると目を見開いた。

副官のブルクハルトが士官に応じる。

「どうした?」

「ラーゼ守備隊五千がコースタード峠に向かいました、ラーゼの守備はハイネ通商連盟千五百のみです」

「コースタードの状況はわからないのか?」

「昨日の報告では陥落したもようですが、詳細は伝令待ちです」


コンラートとブルクハルトはお互いに顔を見渡した。

「マルセランとラーゼの中間に出られるとやっかいですな司令」

「敵の総兵力はわからないのか?」

司令官の質問に伝令士官が応じる。

「現時点ではまだ報告がありません、コースタード峠からの敗残兵を収容し聞き取りをおこなっている模様です」


「あの砦を抜くにかなりの戦力が必要だぞ?ブルクハルト」

この疑念を昨晩から何度語った事だろうか、ブルクハルトはそう密かにおもう。

「そうですな、並の平押(ヒラオシ)であの峠を抜くのは簡単ではありません、攻撃正面が狭すぎますれば、そう愚考いたします」

「ああ、そうなると上位魔術師を複数投入したか、もしくは個の力が卓越した何かを投入したかだな」

コンラートのおもわぜぶりな言葉にブルクハルトは目を瞠った、そして伝令士官がまだ待機している事に気づいた。

「ごくろう持ち場に戻れ」

士官は胸をなでおろすと本営から下がって行く。

「と言いますと」

「個の力が尋常(ジンジョウ)ではいほど強大なら、攻撃正面が狭い事は問題ではないからの」

ブルクハルトは上官が何を言いたいか理解した。

「なるほど噂の黒い戦士ですかな?」

「ああ、個の力で戦が左右される事などありえないが、その可能性を無視できぬからの」


そこに新たな伝令が本営に現れる、先程とは別の士官だが彼と同じく精霊通信部隊の徽章を着けていた。

「クロスターからの伝令です、増援五千がベステルからラーゼに移動を開始、ラーゼに後詰めに入ります」


それを聞いたコンラートが大きくうなずいた。

「よし!!」

本国が独断で予備戦力の投入を決断したのだ。

ベステルはアラティアの西の守りで堅固な城塞都市だ、ここから西に向かえばグディムカルのコースタードに至り、南西に向かえばテレーゼのラーゼに至る。

ベステルの軍が動くと言うことはノイクロスターの本国軍がベステルに後詰めに入る事を意味していた。

これでアラティア本国軍は残り二万となるだろう、すでに総力戦の様相を呈し始めている。


「司令これで動きやすくなりますな、後衛をコースタード方面に向かわせますか?」

アラティア軍後衛部隊一万五千はラーゼとマルセランの中間地点にいて、現在待機を命じている。

もし砦を破った軍がラーゼとマルセランの中間地点に出ようとしてもアラティア軍後衛部隊が対応する事になる。

コンラートは副官からの進言を検討しはじめた。


「いや、そうだな後衛から五千を峠に向かわせる、ラーゼから出た軍と連携しつつ峠の出口を封鎖するぞ、

まず一万でここを封鎖し防衛線を構築する、残りは予定通りマルセランに向かわせよう」


ブルクハルトは上官の作戦を検討し渋い顔をしたが思い直す。

峠の突破は敵の陽動で一万の兵を当てるのは多すぎると考えたのだ、だがグディムカルがここに大軍を送り込んでくる可能性は無視できない、

たしかにこのルートの補給に難がある、だがグディムカル軍が山地の南側に別働隊を送り込んだ実績がある、まったく油断はできなかった。

ブルクハルトは決断すると上官の作戦を支持する事に決めた。


「そうですな一万の兵とラーゼの後詰め五千で対処するのがよろしいでしょう、状況に依ってはここの部隊をどちらにも動かす事ができましょう」

そこでブルクハルトはある懸念に思い立る。

帝国軍がコースタード方面に軍を投入していない場合はどうなる?マルセランの決戦場の敵味方の戦力差が無くなると気づいた。


「ですがマルセラン側の彼我の戦力差が無くなる可能性も考慮にいれるべきかと・・・」

コンラートは一瞬副官が何を言っているのか理解できなかったようだ、だがコンラートも副官の言おうとしている事に気づいた。

「いや、まさか峠を落としてから奴らは兵を引かせただと?」

連合軍の戦力はグディムカル軍を一万程度上回っていた、こちらが兵を割いても敵もこの方面に兵を割いているはずだが。

「コースタードを落とした敵の戦力とこの方面の敵の戦力を正確に把握せねばなるまいな」

コンラートは大天幕の天井を仰ぎ見る。


二人は想定より遥かに少ない戦力で砦が落ちた事をまだ知らない、グディムカル帝国の超戦士『黒い戦士』と彼の直属の僅か五百の部隊が砦を陥落させた事をまだ知らなかった。


そこに新たな伝令が飛び込んできた、彼は軍の騎馬伝令部隊の徽章を身に着けていた。

コンラートは折りたたみ椅子から思わず立ち上がる、待ちにまった騎馬伝令の報告だ。

伝令はラーゼ守備隊の所属を名乗ると、羊皮紙の巻かれた封蝋を施された報告書を差し出す、それを副官のブルクハルトが受け取り封を切るとコンラートに手渡した。


コンラートは目を通し唸り声を上げる。

「最悪だ、敗残兵の証言から魔術師を含む少数の敵に奇襲を受けたらしい、異常な強さの剣士に蹴散らされ短時間で砦を破られたそうだ、この報告書が書かれたのは本日の夜の2の刻だ」


「奴が出てきましたか」

「いかに優れた戦士であろうと、一人で大局を動かす事などできるものか・・・」

コンラートはそう断言したがその言葉が最後に弱くなる。

この世界の数々の英雄伝説につきまとう人を超えた力の伝承、それは妄想と断じきれない逸話に満ちている。

魔術が実在するように、人知を超えた力はたしかに存在する、時に精霊選択が国を動かす事すらあった。

現にこのテレーゼに精霊魔女アマリアの伝説が鮮烈に生きている、おとぎ話ではないほんの半世紀ほど前の歴史だった。


コンラートはアラティア王国の最後の切り札の噂を聞いた事がある、王のみに伝えられる契約とその力の話だ。

コンラートほどの重鎮すら詳細に触れる事のできない機密が存在する、そしてその手の切り札はアラティアだけではないと。

敬愛する主君が曖昧な不思議な笑みで教えてくれた事があった。

それすら我らの思い通りになるわけではないと。


コンラートは信頼できる副官に向き直る。

「悔しいの、人でない者に運命を握られるなど・・・」

ブルクハルトは胸を打たれ目を見開いてから苦く笑った。

「まことですなぁ」

ブルクハルトの言葉は吐き捨てる様だった。


その直後のことだった、本営付きの参謀部の若い貴族出身の士官が飛び込んでくる。

ブルクハルトは不快げにその男を睨んだ。

たじろいだがその士官は続けた。

「グディムカル帝国軍大本営が南下を始めました、総勢二万」

コンラートもブルクハルトも帝国軍の動きからこれを予想はしていたので驚かなかった。

「奴め、山を越えた全軍をすべて動かしましたな、司令」

「ああ帝国軍の前線に一万五千ほど集結しておる」

コンラートは敵の戦力とその配置を計算しはじめた。


マルセランと帝国軍の集結地の中間地点に帝国軍は野戦築城を行っていた、これはハイネの北西に突然現れた別働隊が築いた防衛線だ、今は増援が更に送り込まれ大幅に強化されている。

連合軍側はマルセランの前面に陣地を築き、ここにアラティア軍とハイネ通商連盟軍二万四千が護りについている、本日中にアラティア軍の後衛一万とセクサドル王国軍前衛七千が到着する予定だ。

双方ともまだ全軍が戦場予定地に現れてはいない。

だが次第に戦機は熟しつつあった。





テレーゼ平原を覆う濃い緑の森の中を駆け抜ける二つの影があった、影は東北の方向を目指し風の用に森の中を突き進む。

それは獣ではなかった、美しい少女とも言える若い二人の女性達、道なき道をものともせずに爆進して行く。

先頭を風の様に進むのはベル、彼女は煙突掃除の少年の様な姿をしていた、やがて右手に街の屋根の連なりが見えてくると足を緩め立ち止まった。

そこにすぐにコッキーが追いついて来る。


「どうしたのですベルさん?」

「あれがヘムズビーの町だと想うけどわかる?」

ヘムズビーはラーゼの南西にある町で、ハイネとラーゼの中間地点にある街だ。

素朴な町娘のような容姿のコッキーが背伸びをして遠くを見つめた、その姿はまるで陶器人形の様に愛らしい。

「見覚えがあるのです、何度も通った事があるのですよ、まちがいなくヘムズビーです」

「この先に街道を感じる、それを北東に進めばラーゼだけど、僕が感じたのはもう少し北の方向なんだ」


「じゃあこのまま進みましょう、ベルさんについて生きますよ」

コッキーは胸に下げたホルンを無意識に触れた。

二人の姿は次の瞬間消えた、あたりに風が巻き起こると(コズエ)が大きな音を立ててざわめいた。






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