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ドロシー働き始める

朽ち欠けた廃屋の腐りかけた板壁の隙間から妖しい陽光が差し込み床で踊り始める、狭間の世界にまた忌々(イマイマ)しい朝が来た。

薄暗い部屋の隅に麦わらの山がある、その上に薄汚れたシーツが敷かれ毛布の盛り上がりがある、それがモゾモゾと動き始めると布団を跳ね上げ立ち上がった、そこから美しい芸術品の様なアマンダの肉体が顕れる。

彼女は立ち上がるとさっそく肌着を身に着けはじめた、彼女は裸で眠る派なのだ。


そこにキッチンの方からコッキーの鼻歌が聞こえてきた。


身を整えてから部屋の反対側の粗末な木のベットの上を見る、そこにも毛布の膨らみが一つあった。

アマンダは薬の行商人の箱の上に置いてある小さな告時機を手にとり数値を読んだ、そしてベットの上の毛布の膨らみを鋭くにらむ、だが目は悪戯娘の様に笑っていた。


「さあ、ベル起きなさいラーゼに行くんでしょ?」

アマンダは大股でベットに近づくと軽く手の平で膨らみを叩いた、軽く叩いた様にしか見えなかったがものすごい音がする。

奇怪な叫びを上げてベルが毛布の中から飛び出してきた。

「いたた!何するんだ!」


ベルは顔を真赤にしてアマンダに鋭く拳を突きこむ、アマンダがそれを手の平で受け止めた、重い湿った音がするとアマンダの骨が僅かに軋む音が聞こえる。


「早く起きるって言っていたくせに」

アマンダは不適に笑った。

しばらく二人は力比べをしていたが、廃屋のエントランスの扉が開く音が聞こえる、外で馬の世話をしていたルディが戻って来たところだ。


「二人ともいい加減にしろ、さあ今日も忙しくなる」


その声は朗らかでそれでいて苦笑気味だ、アマンダとベルは昔から変わらずこのように力比べをしていた。

年齢が五歳も離れていたのでいつもアマンダが手加減していたが、今の二人は互角で本気で戦ったらベルの方が勝るだろう。


「さあみなさん、ご飯ができましたよ!」

コッキーの大きな声がキッチンから聞こえてくる、彼女の声はまるで耳元から聞こえるように大きい。

二人は争いを止めると何も無かった様にリビングに向かった。



すでに小さなテーブルの周りにホンザとアゼルがいた、二人は机の上の書籍とメモの束を部屋の隅のテーブルの上に動かしているところだ。

そこにコッキーが大きなトレイに朝食を載せて持ってくる。

「私とベルさんのはキッチンにあるので、取りにいってください」

ベルは大人しくキッチンに向かったところで、コッキーが丸テーブルの上にトレイを置いた。

続いてその周りにルディ、アマンダ、アゼル、ホンザが着席する。


「コッキーいつもありがとう」

アゼルがコッキーにお礼を言うと他の者達も続く、コッキーは顔を赤らめた。

「アゼルさん、私にできる事は家事ぐらいなんです・・ありがとですみなさん」


そこにベルが小さなトレイに朝食を載せて戻ってきた、彼女は長椅子にトレイを置くと座る。

コッキーもキッチンに朝食を取りに向かうとすぐに戻ってきた、そのままベルの隣に座った。


「いただきますです」

コッキーが聖霊教の食事の前の聖句を唱えた、彼女は聖霊教の孤児院育ちなのでそれが身に付いていた。

アマンダはそれに習うとみなそれに従う、あまり信心深くないベルも大人しくしている、作法に煩いのが二人いるのでベルも無用ないさかいを避けるのだ。

テーブルの下で白い猿のエリザが人間の仕草を真似していた、それに気づいたコッキーが小さく吹き出したのでベルがコッキーの横顔を不思議そうに見つめた。




廃屋の魔術陣地の外は薄曇りで雲が多いが自然の陽光で明るい、外の世界に狭間の世界の狂った光はない、ベルとアマンダとコッキーは屋敷の外の空気をのびのびと吸った。


「外はいいわね」

アマンダが空を仰ぎながらつぶやく、彼女は相変わらず薬の行商人の格好をしていた、だがあの大きな薬箱は廃屋に置いてきた。


「アマンダ、慣れると窓の外が気にならなくなるよ」

それにベルが軽く肩をすくめた。

ベルは煙突掃除の少年の様な姿をしていた、ボロボロになった服を無理やり修繕して着ていた、そして長い髪を束ねて薄汚れた布で頭に巻いている。

そのせいで貧しい煙突掃除の少年にしか見えない、だが彼女の美貌は隠せなかった、アマリアから新しくもらった精霊変性物質の剣を背に背負い、腰の帯剣ベルトに愛剣グラディウスを佩いている。


コッキーは遥か東の空を見つめていた、その方向に彼女の故郷のリネインがある。

彼女は町娘の格好をしている、いぜんベルが買ってやった薄い青っぽい古着のワンピースだ。

そして似合わない事に、アマリアからもらった小さなメイスを右手に持ち、風情のある古びたホルンを首から下げていた。

黄金のトランペットとアマリアからもらった巨大昆虫の触覚の棍棒は顕現した魔神との戦いで失われてしまった。

やがてアゼルとホンザも見送りに出てきた、二人は手に入れた資料の解析を進める予定だ。

一番最後に魔術陣地からルディが出てくる。


ルディはいつもの様に商家の若旦那のような姿だが、背中の大剣がそれを台無しにしていた、それでも武器道楽の商家の若旦那と見ることもできるかも知れなかった。


「遅いぞルディ」

彼は短気なベルの苦情を軽くいなした。

「すまんな、最後の打ち合わせをしてきた、ベルとコッキーは昨日感じた違和感を調べてくれ、俺とアマンダはハイネの様子を見てくる」

それに全員うなずいた。


「ルディ、ペンダントは?」

ベルがルディがアマリアとの通信に使うエメラルドのペンダントを身に着けていない事に気づいた。

「アゼル達に預ける、愛娘殿は魔導師の塔から奪った資料を調査している、彼らの作業の助けになると思ってな」

「わかった、じゃあ行くよ」


「あのまってください、みなさん!」

ベルが走り出そうとするとコッキーが止めた。


「もし何かあったら、わたしはリネインに行きます、そんな事がなければいいんですが、その時にはそうします、だからもしかしたらお別れになるかもしれません」

その事は昨日コッキーが言っていた事だ、ゲーラから行動を共にしてきたが、ルディ達とは違い目的が等しいわけではない。

ルディ達に彼女を拘束する権利は無かった。

「わかっている、万が一など起きない方がいいが、ありがとうコッキー、ここで言っておけばと後で後悔したくないさ」

ルディは穏やかに微笑むと彼女にたくましい大きな手を差し出した、すると少しはにかみながらコッキーはその上に手を重ねた。

彼女の手は家事で小さなキズがあり少し荒れていた、それでも彼女の肌は白くその手の形に不思議な品がある。


「コッキー、ご無事で」

アゼルが声をかけた、ホンザも静かに微笑みうなずいている。

「アゼルさん、お爺さん行ってきます、さよならは言いません」


「行くよ!」

少しじれていたベルが号令をかけると森の中に飛び込んだ、一陣の風と化して姿が消える。

「まってください!」

慌ててコッキーがベルを追って森の中に飛び込んだ、そしてたちまち姿が見えなくなった。


ルディがアマンダを振り返ると微笑んだ。

「我々もハイネに行こうか、ハイネの北に足を伸ばしても良い」

「ええっ、そうでございますね殿下」

どこかアマンダは楽しそうで少し浮かれている様に感じられた。


「時間は無駄にできない、街まで走ろう!」

「平気ですわ、一日中走れますわよ」

「頼もしいな」

ルディが素晴らしい速度で駆け出すと、アマンダはそれに追従する。

二人は人目を避けるように森の中を真っ直ぐ駆け始めた、その速度は人の限界を軽々と超えていた。


しばらく見送っていたが、ホンザがアゼルを見て少し驚いた、アゼルはベル達が去った北西の方向を見つめていたからだ。

「ベル達が気になるのか?アゼルよ」

そこでアゼルは初めて我にかえった。

「・・・ベル嬢が北西で感じた瘴気の爆発が気になります、ホンザ殿」


「ああそれか、心配してもしかたがあるまい、あの二人がまず遅れを取る事などありえん、我らがすべき事を進めるだけだアゼルよ」

「たしかに、戻りましょう」

二人が屋敷に戻ろうと歩きだすと二人の姿が忽然と消えた。






ポーラが大きな焼き物の壺を抱えて白亜のゲストハウスのリビングにやってくる、ドロシーはちょうど休んでいるところだった、マフダとヨハンもそこにいた。

だが部屋は幾分気まずい雰囲気になっていた、だがポーラは何事も無いように振る舞う。


「お嬢様、これでよろしいでしょうか?」

ドロシーは中身を訪ねる事なくうなずいた。

「それでいいわ、それはそこにおいて」

ポーラは指示された壁際の小さな白い机の上に壺を置いた、そしてそのまま一礼すると下がっていく。


マフダがヨハンと顔を見交わしてから恐る恐る言葉を紡いだ。

「あのドロシー、エルマはその?」


「心配しないで、ポーラの部屋でおせわしてもらっている、あさって元にもどす」

ドロシーはマフダを見ようともせず答えた。

それでもマフダは続ける。


「わかったわ、でもあのなぜドロシーの部屋に入ってはいけないの?」

ドロシーがまとう空気が一変しドロシーの瞳が真紅に輝く、マフダがあからさまに怯える、だがドロシーの力はすぐに凪いだ。


「そうね、だれにも触れてほしくない事もあるの、私達にはとくに・・・」

マフダが小首を僅かにかしげ、眉の端を困惑げに下げた、特別美しい少女ではないが、その仕草は可愛らしかった。

「結界を張らなかったのは私の落ちど、だからこれでゆるしてあげる」

そう言ってから二人の幼い眷属を見つめた、恐るべき力を持つ闇妖精姫の上位眷属の二人も、ドロシーには敵わない。

二人は何も言う事なくうなずくだけだ。


「私は仕事があるのでへやにもどる」

そう言うとドロシーは壺を抱えるとリビングから階段ホールに出る、そこから廊下の奥の私室に向かった。

その部屋はもともと使用人の待機室だがその部屋を気に入り自分の部屋にしていた。


部屋の扉が主人を迎える様に自動的に開く、ドロシーが自分の城に入ると扉は自然に閉じた。


「たくさんいるわね、どうやって集めたのかな?」

ドロシーは壺の口を塞ぐ皮製の蓋を不注意に取り外してしまった、すると中から無数の虫が飛び出してくる、黄金虫と大きな蛾に地を這う百足が部屋の中を飛び回り走り回る。

並の女性なら大騒ぎになるところだが、ドロシーは普通の女性では無かった。


「しまった」

そう独り言をつぶやいた。

「しょうがないこのまま」

漆黒の瘴気があふれると無詠唱で術式が完了した、すべて一瞬の事だ。


『わたしの目となり魔道師の塔をさぐりなさい、あと幽界の神々のけんぞくのいばしょをさがす』

その声は遥か遠くから聞こえてくるようだ。

部屋の窓が音もなく自然に開くと、小さな眷属達は狭間の世界に飛び出していった。







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