ダールグリュン公爵舘
飛翔するドロシーの眼下に夜の星の海の様な王都ノイクロスターの街の光が広がる、アラティアの空は晴れていたので空も地上も星空の様に光の海が広がる。
その中でも巨大なクロスター城が篝火の灯りでひときわ明るく輝いている。
魔法陣のように光が幾何学模様を描く王都の市街を囲む様に、光のネックレスが取りまく、その輪の北の端に一際大きく白く輝く光が見えた。
ドロシーはその白い光に向かって音もなく滑るように飛翔する。
彼女の眼下に白い光が迫ってくる、やがて白く輝く白亜の邸宅の姿が現れる、中央の大尖塔を囲むように小さな様々な形の高さの違う尖塔が立ち並んでいた、御伽の国の様な幻想的な城が魔術道具の光でライトアップされている。
その城はノイクロスター名物ダールグリュン公爵家の邸宅だ、先代の趣味人の当主がソムニ中毒の建築家が見た夢の話に触発されてデザインしたと伝えられる。
その館は王都を取り囲む丘の上にそびえ立っていたので、王都にいる人々から良く見えるのだ。
「ポーラがいってたけど」
ドロシーはその奇矯な邸宅を見下ろして小首をかしげてつぶく。
やがて中央の尖塔に向かって落ちるように降下をはじめた、だが大尖塔の三角錐の形をした屋根の上空でいきなり停止する。
「ぼうごけっかいがあるか」
ドロシーの頭の天辺が盛り上がると髪をかきわけて小さなコウモリが頭を出す、コウモリは羽ばたきドロシーの頭から飛び上がる、そして白く輝く邸宅の周りを周りはじめた。
ダールグリュン公爵邸の二階の南の一番見晴らしの良い部屋がカミラ姫の私室だ。
王家に次ぐ名門ダールグリュン家は建国王の次男を開祖とし、外国の王室から降嫁を受けたりアラティアの王妃を出した事がある。
ダールグリュン家の長女カミラ姫は現在王室の養女になっている、アラティア王国は姫とエルニア公国第一継承者のルーベルト公子との婚姻を成り立たせようと外交努力をかさねていた。
だが姫は未だにこの邸宅で変わらず生活を続けていた、それだけでもダールグリュン公爵の家格の高さが伺い知れた。
姫はその窓からいつもの様にノイクロスターの夜景を見下ろしていた、彼女は何か悩んでいるようでその顔は暗い、そして何か考え事がある時に彼女はいつもこうするのだ。
「どうかされましたか姫様?お体が冷えます」
背後に控えていた高級使用人が豪奢なナイトローブを抱えてカミラ姫に近寄る。
使用人は薄い金髪の美しい娘で顔立ちから育ちの良さを感じさせる、そして仕草や発音から教育が行き届いている事が察せられた。
「ありがとうエルケ」
儚げにカミラが微笑む。
そんなカミラは豪華な堂々とした美姫だ、北方の王族の血を引く彼女は背も高く雪の様な北の民の肌をしている、髪の色も赤みがかかった金髪で重い印象を与えるが、アラティア風の舘の内装に良く合っている。
だが彼女の気性はいたって温厚で繊細で、その淡い青い瞳は南国の空を感じさせる、そんな彼女は使用人達から懐われていた。
だがエルケと呼ばれた高級使用人の少女は困惑した顔をしたそれも一瞬だけだ、ローブをカミラの肩にうやうやしくかける。
そして意を決したのか主人に言葉を返した。
「あの、おそれながら私の名はトルケでございます・・・」
カミラはわずかに目を瞠ると少し情けなさそうな顔をした、主人がそんな顔をしたので今度はトルケが慌てる。
「もうしわけありません、名前が似ておりまして」
カミラは小さく吹き出すと軽やかに笑う。
「貴女のせいではないわ、使用人の入れ替わりが激しいのよ、それにわたしは人の顔や名前を覚えるのがあまり得意ではないみたい」
そうして困った様に微笑んだので一瞬だけ悪戯好きな少女じみて見える、トルケの顔が薄く赤く染まった。
「でもおかげで気分が晴れたわエルケ、あっ、トルケだったわね」
二人の主従は思わず笑う、笑いが収まるとしばらく沈黙に包まれた。
「エルニアのルーベルト様からのお手紙がこないの、テオドーラ様からお詫びの手紙がきたわ、何かあったのかしら・・・・」
最後はカミラの一人言の様になっていた、この問題にトルケは口を挟む事はできなかった、彼女は忠実な使用人に戻り影際に下がる、だがトルケが主人を見る目の光は主人を護るかのような強い意思を感じさせた。
その窓のひさしに小さなコウモリがぶら下がっている事に二人は気づかなかった。
やがて小さなコウモリは窓から離れると空に昇っていく、その先に巨大なコウモリの羽を広げた闇妖精姫が宙に浮いていえう、ダールグリュン公爵邸を照らし出す魔術道具の白い光の届くギリギリの高さに彼女はいたのだ。
小さなコウモリが彼女の頭に乗るとその姿が溶けるようにドロシーの頭に吸収され消える。
「ポーラにあわせないほうがいいかも・・・そんなきがする」
そう呟くと小さなあくびをした。
「さてかえる」
次の瞬間ドロシーの姿は鋭い風斬り音と共に消えた、クロスボウの弾丸の様に黒い何かが天に向かって奔る。