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アルベルト=グルンダル

グルンダルの精鋭達は指揮官の巨躯を恐怖と讃嘆の混じった目で見上げていた、思い思いに仮眠をとっていた者達も彼が放つ異様な空気に目を覚ます。

グルンダルが発する気配は流体化したかと錯覚する程の密度と力を帯びていた。

森の木々で眠っていた鳥たちが怯えいっせいに夜の空に飛び立つ、遠くから狼の遠吠えが聞こえてくる。


「グルンダル様!?」

異変に気づいた部下の精鋭達もグルンダルが睨みつける遥か上空の脅威に気づいていなかった、それは人ならざる者しか知ることができない。

グルンダルが背中に背負った大剣を抜き放つ、部下達もよくわからないまま命令も無くとも各々戦いに備えはじめる。


「くるぞ!!」

グルンダルの鋭い叫びに部下達も剣を構え周囲を警戒した、グルンダルの叱咤が彼らに動く力を与えたように野営地が活気ずいた。

離れた場所にいた指揮官達が近くで休息している兵たちを叩き起こしはじめる。

「起床、起きろ!警戒!!」

木々の向こうから号令が聞こえてくる。

「グルンダル様いったい何が?」

部下達の叫び声が聞こえてきた。


だが次の瞬間その場の空気が凍てつく、それは生身の温かい血がめぐる存在すべてに、その血に刻まれた本能的な根源的な恐怖の記憶をよみがえらせた。

兵たちは心と身体が凍てつき動けなくなってしまった。



彼らの目の前にそれは立っていた、英雄グルンダルの正面10メートル程のところにとつぜん現れた。

研ぎ澄まされた感性を身につけたグディムカル帝国の精鋭達はその予兆を捉える事ができなかった。

それは非人間的にまでに美しい一人の女だ、一糸もまとわぬ肌は異様なまでに青白く熱を感じさせない、不自然なまでに整った体のラインは彫像の様だ、形の良い頭と髪は先が切りそろえられた漆黒のショートボブ、絶世の美貌にいくぶんツリ目がちな目、真紅に輝く瞳が見る者の魂を凍てつかせる。

そして背中の巨大なコウモリの羽が彼女が人でない事を物語っている。

だがアラバスター細工の人形の様な完璧な美しさが男たちの情欲を刺激する事はない、ただ時間とともに強くなる恐怖に彼らはひたすら耐えなければならなかった。


「まさか闇妖精なのか?」

誰かのかみ締めた口から言葉が漏れる、だがその言葉が女の興味を引くことはなかった、女はグルンダルだけを見ていた。


「おまえはわたしをしっている、でもわたしはしらない、なぜ?おまえのにくしみがそらにつたわってきた」

真紅の血でぬめる様な唇の隙間から漏れ出た言葉はたどたどしい。


どこか疲れたような心ここに無さげだった、それが彼女を取り囲む者達を安心させる事はなかった。

時間とともに怪物の圧力が増してゆく、だが男たちはその場から動けなかった。

グルンダルから暗黒の瘴気が吹き出した、その力は周囲を暗く翳らせるほど激しく重い。


「貴様は忘れているだろうが、お前がアンナプルナの地下で俺の仲間たちを殺戮し餌にした事をわすれちゃいねえ」

グルンダルは吼え動いた、それは人に絶対不可能な加速で一気に彼女の間合に踏み込み大剣を闇妖精の頭に叩き込んだ。


回避不可能な間合いで誰もが闇妖精が縦に真っ二つに割れる絵図を頭に描く、だが振り下ろされた大剣の刃が地面に触れる瞬間静止した、その直後に剣が地面にめり込んだ。

闇妖精の嫋やかな足の裏が両刃の大剣の刃を上から踏みしめていた、彼女は剣速を上回る速度で斬撃を回避していた。


「きょうはちょうしがわるい、おまえはやつらの仲間なの?」

「そうだ!」

グルンダルは歯をくいしばると剣の自由を取り戻そうとした。

剣が僅かに上がって行く、すると闇妖精の体が軋みながらたまらなく嫌な音を立てはじめた、それは彼女の筋肉と筋が裂けながら急速に再生される音だった、再生される度に力が増大してゆく。


「・・・おまえたちのせい、いきのこりがいたけど、おまえか」

闇妖精の瞳から真紅の光があふれだすかの様に輝く、そして青白い頬に一筋の血の涙が流れる。

「まだないている」


そう呟いてから怒りに顔を赤らめるグルンダルを見た、微笑みながら生き物の様に蠢く長い血の様に赤い舌を出すと口の周りをなめる。

両の腕で自分自身を抱きしめ愛おしそうに全身撫でまわす、それは卑猥(ヒワイ)淫靡(インビ)な仕草だった。


「でもこうやってあなたになれた・・・おまえたちのおかげ」

そして闇妖精は馬鹿にしたようにグルンダルを見た、それはいつもの彼女らしくない感情的で挑発的な振る舞いだった。

「みんな血をすべてすいとってやった、でもまずかった、くさった牛乳のほうがましね」

最後にチロッと舌を出す。



グルンダルは激怒すると咆哮を上げる、そして力任せに大剣を薙ぎ払う、更にそのまま横薙ぎに大剣を振り戻して闇妖精に叩き込んだ。

闇妖精は後ろに大きく跳ね跳んで回避したが彼女の右足を膝の下で切り飛ばす、足はたちまち瘴気と化し消えた。


闇妖精は身体を丸めて回転しながら片足で着地していた、そして真っ直ぐ立つと憐れむような微笑みを浮かべた。

「おまえの名前は?きいてあげる」

声の主が目の前にいるのに虚ろでどこから聞こえてくるのかわからなかった。


「おれの名はアルベルト=グルンダル、グディムカルの戦士だ」

吐き捨てる様に男は呻くように名乗った、それに答えて闇妖精もささやくように名乗った。

「わたしはドロシー」


すでに切り落とされた足は再生していた、そして背のコウモリの羽が崩壊し瘴気に変わるとドロシーの身体に絡みつき吸い込まれて消えた。

グルンダルは舌打ちすると一気に踏み込む、凄まじい乱撃を嵐の様にドロシーに叩き込んだ。

それを舞うように踊るように躱しながら間合いを作り上げた、並の人間ならばグルンダルの大剣に一瞬で粉砕されていただろう。


ドロシーは小首をかしげる。

「きょうは武器もない、ちょうしがわるい、おまえをどうするかはあの人とそうだんする」

「アホウが!戦いにそれが通じるか!武器が無ければ調子が悪ければただ敗北するのみ」

グルンダルは一瞬で間合いに踏み込むとその巨大な大剣でドロシーを貫いた、大剣はドロシーの腹に突き刺さり背中に抜けた。


ドロシーは眼の前のグルンダルに向かって妖艶に微笑む。

「おまえもなかまをころされた、受けとめてあげる」

その瞬間小さな黒い影が無数に生まれ黒い嵐の様に飛び散った、あたりは騒がしい羽ばたきの騒音に包まれる。

それは無数の小さなコウモリの大群だった、コウモリは騒がしく羽ばたきながら黒い雲の様になって闇夜の空に舞い上がる、そしてコウモリの群れは北東の空に向かって遠ざかって行ってしまった。



しばらく誰も声を発しなかった。

「グルンダル様ご無事ですか?」

指揮官の一人が我に返ってグルンダルに近づいた。

「無事だ」

そう答えるとグルンダルは大剣を突き出したままの姿を崩すと、大剣を背中の鞘に戻す。


「今のは闇妖精でしょうか?」

部下の一人がおずおずと尋ねたが、グルンダルは機嫌を悪くする事もなく答える。


「奴は闇妖精姫、ドロシーと言う名は偽名のはずだ」

グルンダルの声はどこまでも苦い。






月も星もない昏い空を恐るべき速度で飛翔する影があった、蒼き美しきコウモリの羽の麗人、闇妖精姫のドロシーだ。

彼女が進む先の地平に大都市の光が見える。

アラティア王国の王都夜のノイクロスターの光が近づいてくる。


「ポーラの前のごしゅじんさまをみておく」

ドロシーはひとり事をささやく。







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