力の波動
ルディ達は死霊術師ギルド『死霊のダンス』を襲撃した後、ハイネの南の魔術陣地に帰還していた、そして奪い取った資料の解析を始めていた、これらの資料からテレーゼの死の結界の手がかりをつかもうとしていた。
「なんだろう」
資料を眠そうに調べていたベルが突然が立ち上がると目を瞑ったまま北東の方角を向いた。
だがここはホンザが築き上げた魔術陣地の中だ、目の前に廃屋の壁しかない外は幽界と現実界の狭間の狂った世界だ。
だがベルは遥か遠くを見つめている。
「どうしたベル?」
ルディはベルの探知力が優れている事を良く知っていたので彼女の異変を軽視したりはしなかった。
「遠くから何かが聞こえた」
ホンザが手を休め顔をあげると白い長い顎髭に手を添える。
「この魔術陣地は狭間の世界に築かれておる、大きな力の変動があるとそれは波動として伝播しやすい、音が遠くまで伝わるのと同じじゃ」
アマンダが読みかけの資料を机の上に置き薬草茶のカップに手を伸ばした。
「ホンザ様、先程の大きな術の様な何かが起きたのでしょうか?」
「そうじゃな」
だがホンザが答える前にベルが答える。
「ちがう爆発じゃない、何かが壊れるような嫌な感じがした、でもとても小さい」
ベルはどこか半分眠った様にささやく。
「ベルさん大丈夫ですか?」
コッキーが心配して長椅子から立ち上がるとベルの顔を覗き込み目を見開く。
ベルがゆっくりと机の方に向き直った、ベルの瞳が薄く黄金色に輝いていた。
「感覚の感度を上げたんだ、コッキーが力を解放した時の力の波にどこか似ていたけど嫌な感じがした、とても遠い、こんな遠くまで伝わるんだね」
「ベルさんそれ闇妖精でしたか?」
コッキーがそれに強い関心を示した。
「闇妖精の力に似ているような気がするけど、良くわからない」
ベルは頭を横に振った。
「ラーゼの方角ですか?ベルさん」
更にコッキーが身を乗り出してベルに迫る。
「そうかもしれない、気になる?」
コッキーは力強く頷くとベルを見上げた、かなり身長差があるのだ。
「はい、ラーゼの南にリネインがあるのです、リネインに孤児院があるのです!」
「そうだったね」
ベルはコッキーの不安が理解できた、それは少し前の事だった、修道女サビーナ達を逃がす為にリネインの聖霊教会に立寄った事があった。
「コッキー、ラーゼからグディムカル帝国に行く道はあるのか?」
突然ルディが会話に割り込む、だがその場にいた者は即座にその意味を理解した。
「ありますよルディさん、お山を越える細い道がありますけど、不便であまり使われません」
「そうか気になるな・・・明日ハイネに行ってみるか?みんな」
「はい私も行きたいです」
ルディの提案にコッキーがかかり気味になる、そこに今度はベルが片手で制しながら割り込んできた。
「ねえ、僕たちならラーゼまで半日で往復できると思うけど」
「・・・・そうですよね、つい常識で考えてしまうのです、ラーゼに行って調べて見たいです」
コッキーはベルの言葉に今更のように気づいた様だ。
「ならベルとコッキーで明日ラーゼに行って見てくれないか?」
ルディの言葉にアマンダが何か言いかけた、だが思い直した様に口をつぐんだ。
ベルはアマンダが娘二人で危険といいかけたと思った、そして二人にその心配は無用だと気づいたのだ、ベルの感がそう告げていた。
「アマンダ僕達なら心配いらないよ」
そうベルが話しかけるとアマンダは一瞬驚いたが寂しそうに微笑んだ。
「あなた達が危険な目に会うようなら、誰も何もできないわね」
それにコッキーもうなずく。
「あの、何かがあったのなら私はリネインに行きます、あそこに修道女長様と司祭様、孤児院のみんながいるのですよ、私はリネインを守るのですよ」
全員がルディを見る、だがルディが何を言うか皆解っている様にベルに感じられた、もちろん自分もだが。
「俺たちにコッキーを縛る権利はない、いやできないだろうな」
ルディはすぐに答えを出したそして苦く笑った、もしかするとこのような場合を考えていたのかもしれない。
ルディは同意を求めるように皆の顔を見渡す。
「そう言うと思った」
ベルは薄く微笑んだ、だが最後の『いやできないだろうな』の言葉に不吉な何かを感じて身震いした、それに関して考えるのが恐ろしかったからだ。
自分の考えは本当に自分の考えなのだろうか、それに触れたくなかった。
「ありがとなのです」
コッキーは生真面目な顔をすると微笑む、その笑いはいつになく透明な微笑みだ、そうして笑うと妙に大人びて見えた。
「明日はハイネに俺とアマンダで行く、アゼルとホンザ殿も来るか?」
ルディの言葉に資料を読んでいたホンザが顔を上げた。
「明日は魔術陣地に力を注ぎたい、そしてこいつの解析を進めたい」
ホンザは顎で机の上の資料を指した。
「私も資料の解析を進めます」
アゼルは膝の上で寝ているエリザを優しく撫でた。
「わかった、みんな今日は休もう明日がある」
みな立ち上がるとそれぞれ寝床に向かう為に立ち上がった。
「アマンダ真夜中に寝ながら暴れないように」
ベルが嫌らしい笑いを浮かべる、アマンダはベルのお尻を強くひっぱたく、乾いた良い音が響く。
ベルはしばらく悶絶しながら飛び跳ねていた。