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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第三章 陰謀のハイネ
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もつれた金管楽器

 その魔術道具店は『風の精霊』と言う名だった、ゲーラの『精霊の椅子』よりも二回り程大きな長方形の2階建ての特に特徴もない石造りの建物だった、看板だけが魔術に関する店である事を伝えていた。

その一階は中央のカウンターで仕切られその奥が商談の為の応接室になっている。

店の品揃えは普通の魔術道具屋だった、そこは魔術道具屋に付き物の独特の臭いに満ちていた。


「さて今日は少し早めに閉店します」

「よろしいのかな?」

「かまいません閉店の時間が近いのです」

その壮年の魔術師の男は店の扉に閉店の看板を下げドアの鍵を閉めた。


「紹介が遅れましたが、私はエミル=ヴラフと申します、ここで魔術関連の道具や触媒を取り扱っています」

「改めてご挨拶を、私はエルニアのファルクラム商会のルディ=ファルクラムです、当商会は魔術関連の商いをしております」

「こちらは、私の顧問であり番頭のアゼル=ティンカー、こちらが私の護衛兼身の回りの世話をしてもらっているリリーベル=グラディエーターです」


そしてコッキーをどう紹介しようかと僅かに迷った後で口を開いた。

「こちらはちょっとした縁でハイネまで旅を共にしてきたコッキー=フローテン嬢です」


アゼルとベルは続けてエミルに挨拶した。


「紹介に預かりました、ファルクラム商会の番頭のアゼル=ティンカーでございます」

「わたくし、若旦那さまの護衛兼お世話を大旦那様から申し使ったリリーベル=グラディエーターで御座います」

そのベルの微妙にクネクネした言い回しにルディに戦慄が走る。

おまけにエミルがリリーベルの鋭利な美貌に感心しながら何か納得したようにルディと見較べている、ルディはエミルが何か勘違いしていると予想できたが何も言えなかった。


そしてコッキーも戸惑いながらも慣れない挨拶をした。

「コッキー=フローテンです、今後共よろしくです」



エミルが薦めるまま四人は大きなテーブルについた。

「さてルディ殿はハイネに商材をお探しらしいようですな?」


そこでアゼルがルディの代わりに対応する。

「具体的に探している物はありませんが、ハイネで商材になりそうな物を探しに来たのです、特に古い遺物や魔術道具などに関心があります」

「具体的な目的はないと?」


「エルニアに魔術道具の好事家の上得意様がいまして、古い時代の遺物や魔法道具などに関心がおありです、それだけではありません新しい商材もハイネで仕入れたいのです」

世の中には骨董品や美術品だけではなく、古い魔術道具や遺物を専門に収集する好事家がいる、そういう顧客は魔術道具屋にとっては最高の上客なのだ。

エミルは少し羨ましげにルディとアゼルを見比べた。


「なるほど、用途不明であったり使用済みの物でも売れる可能性があるわけですな」

「ええそうです、ですが魔術師ではありませんが、大変詳しい知識がお有りですから、中途半端な物は売れません」


「それならば、当店でもいくつかお見せできる物があるかもしれません、売り物にはなりませんが研究者が興味を持つかもしれないと保管しておいた物があるのです」

「大いに興味がありますね」

「では今からお見せしましょう」

エミルは地下の倉庫に向かって階段を降りて行った。


ルディは小さな声でささやいた。

「あの黒いダガーやベル達が見たメダルのような物が有れば良いのだがな」

「それ以外にも何か面白そうな物があるといいね?」


エミルはやがて大きな木箱を重そうに抱えてやってくる。

中身はかなりぞんざいな扱いの様に見える。


その箱をテーブルの上に置き蓋を開けた。

「それなりに由緒があるのですが壊れていたり、意味不明な物とかありまして、いわゆる魔術のプロが関心を示さない物しかありません」

「ですが魔術史研究家や好事家の方が興味を示す可能性が有るかもと捨てずにとっておいたものでして」


エミルは中身をテーブルに並べ始めた、大きな象嵌入の重厚な魔術の杖、素晴らしい細工の魔術道具などを並べていく、どれも由緒ありそうな一品だが、すでに実用性は失われていた。

さらに奇妙な古代人の呪物の様な人形や遺品などが出てくるが、総て一部が欠けていたり微妙に価値が毀損した物ばかりだった。

そして奇妙な金属の塊が出てきたのだが、それになぜかコッキーが反応する。


ベルはそのコッキーの異変に素早く気が付きコッキーを観察する、コッキーの顔が赤く上気し、瞳が少し潤みその集点が定まっていない、そして小さな珊瑚色の唇が半開きになり、口の端から僅かに(ヨダレ)(アフ)れていた。

彼女の幼い美貌が妖艶に歪んでいたのだ、ベルはコッキーはその金属の塊に魅了されていると確信した。


そしてエミルは横にいるコッキーの変化にまだ気がついて居ないようだ。


ベルは改めてその金属の塊を観察する、それはラッパの様なものを丸めて潰して玉にした様な得体の知れない物体だった。

その時ベルは黄昏の世界からアマリア魔術学院の地下に戻って来た時にコッキーの肩にホルンのような痣があった事を思い出した、目の前の物体は潰されてこそいるが、そこに直感的に関係性を見出した。


「旦那様、これがなぜか欲しくなりましたの」

ベルは少し媚びる様な視線でルディを見やり、僅かに甘えた響きを声に加えておねだりした。

ルディは再び全身に鳥肌が立つのを感じた、だがそんなベルの瞳にふざけている様な、楽しんでいる様な、それでいて真剣な意思の光を感じた。


アゼルと素早く目配せしルディは覚悟を決めた。


ルディは朗らかな笑い声を立てた。

「ははは、ベルはそんな物に興味を持ったのか?お前が欲しいなら買ってやろう」

ルディは少しニヤけて愛人に甘い若旦那ぶりを発揮していた。

アゼルは少し不機嫌になりながら忠告する。


「若旦那様!!そんな1ビンの価値の無いものにお金をかけるのですか?リリーベルも若旦那様に甘えるのも大概にしなさい!!」

アゼルは1ビンと言うところを妙に力を入れて強調した。


「高価な宝石をねだったわけじゃないのに、気まぐれすら許されないのかしら?」

ベルは両腕を胸の前で組み合わせて少し拗ねて見せながら抗議する。


三人の演技は田舎芝居としてはまずまずの出来だったのだ。


「それにしてもエミル殿、これはいったい何かな?」

「古代遺跡から発掘された古い時代の吹奏楽器なのですが、なぜかこの様に丸められ潰されていたのです、魔術道具ではないようですが、なぜそんな事になっていたかは謎です」

「理由が不明だと?」


「エミル殿、若旦那様とリリーベル嬢が興味を持ったようなので譲っていただけませんか?」

エミルは少し考えてから値段を提案した。

「そうですな20アルビンでいかがでしょうか?」


ベルは内心で叫んだ。

(うわーーたっかーーい、ぼったくりだーーーー!!!)


アゼルは暫く悩んだふりをしながら、アゼルはベルとルディを睨みつけながら20アルビン分の大銀貨と少銀貨を出してエミルに渡す。

アゼルとルディの目は『後で詳しく説明しろよ』とベルに問いかけていた。


ベルはその金属の塊を少しびくつきながらも掴む、だがどこのポケットにも入らない、そこで保存食糧などを入れている袋にそれを落とし込み懐にしまいこんだ。

ベルの脇腹が少し膨れてしまった、ベルはその膨らみが少し気になるのか、膨らみを無くそうと無駄な努力をしている。


コッキーはその膨らみを物欲しそうに(ホウ)けた表情で見つめている。

この時エミルは初めてコッキーのおかしな様子に気が付き驚いた、そして何か思いあたった様な表情を浮かべたがすぐにそれは消える。


「他に何かご入り用な物はありませんかな?」

アゼルが古代人の呪物の様な人形を指さすと。

「この像ですが欠けさえなければ我々のお客様も興味を示すのですが残念です」

アゼルの声は冷たく彼の秘めた怒りを感じさせる。

「でしょうな、私もそう思いますよ・・・」


話はそのまま聖霊拳の話題に流れた、ベルは焦りながらもアマンダからの受け売りとアゼルのサポートで適当にやり過ごす事ができた、そしてエルニア特産の触媒の話などに流れていった。


そしてコッキーはベルが金属の物体をしまいこんでから少しずつ落ち着きを取り戻して行く。




やがて五人はお茶を飲みながら休息を取る。


「ところでルディ殿は他にもハイネに用があるのではありませんか?」

「そうです、商品になりそうな素材や道具などを仕入れたいと思いましてな、たしか精霊魔女アマリアの高弟の大魔術師がおられるとか?」

一睡エミルは表情を引き攣らせた。


「ハイネ評議会の評議委員のセザーレ=バシュレ様のことですな?」

「そうそうその御方です、コネクションを持つことができればこれからの商売に有利ですから」

「多くの方々がそう考えるのですよ、あの方は特別でして、半ば伝説に片足を突っ込んで居られる、もうお歳も120歳を超え魔導師の塔に籠もられてめったに人前にでて来ません」


「魔導師の塔とは?」

「ハイネ城の北東の大尖塔です、昔は高貴な囚人を捕らえていた塔でした、今はセザーレ=バシュレ様が使用しておられます」


「彼との取引は難しいのですかな?」

「ええ、特別な魔術師や学者や政治家高官としかお会いしませんよ、ハイネには魔術学校や他にも大商人などが抱えている研究所などがあります、そちらを当たった方が賢明ですな」

「有名なところとしてはどんな処がありますか?」

「そうですな、コステロ商会の研究所が特に有力ですな、個人が経営する私塾もありますよ」


その時ルディは窓の外が暗くなっている事に気がついた、アゼルもルディの視線からそれに気がつく。

「エミル殿、触媒を買い足して行きたいのですが宜しいでしょうか?」

「ええ、もちろん!!」


アゼルは不必要に多目に触媒を買い込む事にした、これは情報料代わりでもある。


やがて四人は『風の精霊』を退去した、足元がおぼつかないコッキーをベルが支え何かを語りかけている、窓からそんな四人の後ろ姿を見送るエミルは呟いた。


「はたして20アルビンは安かったのか高かったのか?」







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