死霊のダンスの消滅
「お主のことじゃ逃げ出すと思うておった、まあ彼ら相手では踏みとどまっても大した事はできぬがの、脱出し報告するのは間違っておらぬ、だが部下を捨てて逃げた事は変わらん」
ホンザは更に一歩前に出た。
「減らず口を叩くな」
メトジェフは激昂すると何かを地面に叩きつける、そして何事か素早く口走った、たちまち骸骨の戦士が三体地面から乾いた音を立てながら立ち上がる。
「やはり早いの、腐っても上位か」
ホンザはメトジェフの素早い魔術術式に感嘆しながら、小馬鹿にした態度は変えなかった。
だがメトジェフは戦う気配を示さずそのまま逃げ出す、その足は老人とは思えない程早い、明らかに魔術的に強化されていた。
ホンザは意表をつかれて反応が遅れそこに骸骨戦士が襲いかかる。
「おのれ!」
ホンザも素早く術式を行使すると、骸骨の戦士達は地から這い出る太い棘だらけの得体のしれない植物にからみ取られた、そして乾いた不快な音を立てながら全身の骨格を砕かれ、骨片を撒き散らし崩れ落ちる、そして役割を果たした幽界の茨も無に帰っていった。
だがホンザも改めて考えると、幽界帰りが三人に聖霊拳の上達者と上位水精霊術師までいるのだ、メトジェフが逃げるのは極めて賢明な判断だ。
「だが少し寂しいの、わしとの決着に目がくらむかとおもったが」
ホンザは白い長ひげの奥で苦笑する、だが次の瞬間それが凍てつく、慌てて上空を見上げた。
「あれは!?」
はるか上空に幽鬼の様にはためく細身の黒きローブ姿が浮いている。
それを中心に黒い瘴気の渦が生まれた、回転速度を上げながら中心部にタールの様な漆黒の絶対暗黒の球体が生まれる。
それはホンザも知らないほどの力の集積、魔術師の直感が極上位魔術であると告げている。
それは歪み一つ無い真球の球体で真の暗黒物質でできていた、すべての光を飲み込む完全な暗黒の物質だ。
「すべてを喰らい尽くせ『魔界の冥王、時空を喰らいしラバトの瞳』」
陰々とした奈落の底から響き渡る声が聞こえた直後、その巨大な球体が真下に向かって放たれた。
「ルディガー殿!!」
ホンザは絶叫したができる事はそこから離れる事だけだった。
上空から迫る圧倒的な瘴気の圧力は、人の魂を押しつぶし腐食させる、ホンザは身体強化された体と、魔術道具を駆使し離脱を図った、仲間の安否が気になったが彼らの人智を超える力に期待する事しかできなかった。
ホンザの背後で黒球が新市街の雑然とした町並みに突き刺さる、だが想像していたような轟音も地響きも無い、その直後に異常な密度の瘴気が空に向かって吹き上がり無に還って行く、そして異様なまでの静寂が残った。
上空で何かが歪むのを感じた、ホンザは先程の術者を思い出した、危険な敵の存在を失念していた、己の迂闊さを呪いながら天を見上げたがそこには何者の姿も無かった。
「転移したのか?」
そして改めて背後の町並みを見て眼を剥いた、新市街の魔術街の雑然とした町並みが消えていた、製鉄炉の群れが夜の闇の向こう側に見える。
「まさか!?」
ホンザは精霊王の息吹があったあたりに向かって走る、だが急激に足が緩み止まった、そして唖然としたまま目の前に生まれた巨大な穴を見つめる事しかできなかった。
円筒状の直径30メートル程の綺麗な竪穴が開いている、壁は磨かれた様に綺麗だ、穴の底を覗き込むと底は暗くて何も見えない。
だが地精霊術師のホンザにはその穴を無として感じる事ができる、穴の深さは直径の倍程の深い穴でこれでは『死靈のダンス』は壊滅だろう。
ホンザは意を決して生命探査の術式を行使する。
「『トビバザル王の尋問官』答えよ命ある者よ」
巨大な穴の内壁がうっすらと光り輝くだがそれだけだ、ホンザは呻く。
「おじいさーん」
遠くからホンザを呼ぶ声が聞こえて来た、それは聞いただけでわかる甲高いコッキーの声だ。
大穴の反対側から数人の人影が近づいてくる。
ほっとしてホンザはつぶやいた。
「無事だったようだな」
ホンザはすぐに仲間たちと合流する事ができた、だがそのまま大穴の底を覗き込んでからルディを見上げた。
「ルディガー殿、死霊ギルドはどうなった?」
「全滅だ何もかも消された、我々はベルが開けた穴から脱出した、俺たちの後を追ってきた者はいない」
それをアゼルが補足した。
「殿下、持ち出せた資料はわずかでした、彼らのほとんどは何が起きようとしていたかわかっていませんでしたね」
アマンダは穴の底を見詰めたままルディに話しかける。
「ルディガー様、この穴を開けたのはセザールと言う死霊術師でしょうか?」
「だろうな、奴は強力な死霊術師だ、だがどこにいる?」
それにホンザが答える。
「セザールは先程引き上げたよ・・・転移の気配を感じた」
「味方ごと証拠隠滅するなんて、やりすぎだ」
ベルが呟いた彼女の声は妙に良く通る。
「そうなのです、死霊術師なんて同情しませんけど、巻き込まれた人もいるはずですよ!」
コッキーの声は怒りをはらんでいる、街の一区画まる事消えたのだ犠牲者が出ないはずもなかった。
そしてみなコッキーの生まれ故郷が戦火で焼かれた事を思い出す、お互い目配せしたが誰もそれに答えようとしない。
すると遠くから騒がしい大声が近づいて来る、戦時下でこれだけの異常事態が起きたのだ人が集まって来るのは当然、それにここから遠くない場所にセクサドル軍が野営していた。
「拙いな、すぐに動くぞ!」
ルディの判断に誰も反対しなかった、異能の集団は音も無くこの場を去る。
新市街の路地を瘴気に身を包み黒ローブの魔術師が駆ける、瘴気は人の認知を妨げ姿を見ても認識する事ができない、その魔術師は怨嗟のつぶやきと、呪いの言葉を脈絡もなく吐き出している。
その魔術師は急に足を止めると不安げに周囲を見回した。
「セザール様!?」
『死霊のダンスの次のマスターは不要になった』
その言葉と共に闇から滲み出る様に黄金の文様を象った黒いローブ姿が中に現れた、フードの奥から青白く輝く虚ろな眼窩がメトジェフを見下ろす。
愕然としたメトジェフはかろうじて声を絞りだした。
「やはり先程の力は?」
『その通り全てハ無に還った、だが奴らは逃げオおせた、まさか帰っていたとはナ』
「お言葉ですが、死霊のダンスの再建はどうするのですか?」
虚ろな眼窩を灯す青白く輝く炎が揺らめいた。
『すべての事が済んでからダ、まったく新しい体制となるデあろう』
「では私は?」
セザールは押し黙る、それは弟子に対する僅かな配慮か迷いだったのかもしれない。
『しばらくお前がする事はない』
「私に復讐の機会を!!」
また沈黙が続いた。
『そうだ、お前に最後の機会を与えル、だがお前に割く戦力は無い、だからお前に時間と自由を与えよう、それで今度こそ結果をだしてミせろ』
「しかし・・・」
『我の差し伸べた手を取らぬと?ならばお前ハ不要だ』
「ち違うのです、奴らは強大で・」
『愚か者、なぜ時間と自由を与えると我が言ったか理解できないノか?だれが全員纏めて相手にせよと言ったカ?
闇討ちでも寝込みでも好きにせヨ、各個撃破でも良い、己の頭脳で工夫してミセロ!!おろか者が』
冷血で無機的なセザールの声は怒りと呆れの感情をおびていた。
それにメトジェフは声もなくうつむいて震えるだけだった。