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エンフォリエの精霊宣託師

セクサドル王国王太子アウスグライヒ=ホーエンヴァルトは、快適な革張りのソファーに深く腰を降ろしながら、目の前の美しき女魔術師に眼を奪われていた。

いくぶん豊満すぎる美女の胸は豊かで、腰の丸みに欲情を刺激された、そして豊満すぎる女性に多い緩みをまったく感じさせない鍛えられた肉体を秘めていた。

そしていくぶんだらしない腹にかえって欲情をたぎらせる。


そして彼女の高い知性を感じさせる瞳は目まぐるしく炎と闇を写して踊る、彼女は激情を内に秘めていた、流石の王子もそれを感じとれた。


殿下に会話の技巧を楽しむ余裕は無かった、余裕があっても本性が欲望に正直すぎる、貴人にあるまじきかかり気味の殿下に困惑している彼女の姿はあまりにも魅惑的だ。


だが彼女は突然天井を見上げた、つられて上を見るとそこに美しい天井画が描かれている、それはテレーゼの祭りらしき絵画だった。

題材こそ素朴だが豪華な色彩と高度な技術を駆使された一品だ、その時何か硬い物が床に落ちて割れる音が聞こえた、続いて何かがずり落ちる音がしる。


あわててそちらを見ると、玻璃の破片が床に散らばり彼女が仰向けになって倒れている。


「シャルロッテ?」


思わず声をかける、彼女は床で伸び薄く眼を開けたまま天井を見上げていた。

そして壁際の二人の使用人は何事もないように立像の様に立ったまままったく動かない、全てが異常だった。


殿下が危機感を感じ人を呼ぼうとしたその瞬間だった。


奥の小部屋の入口から凛とした若い女性の声が聞こえた。


「アウスグライヒ=ホーエンヴァルト殿下、我が主君、しばしの間だけお時間をお与えください」


するとハイネ城の高級使用人姿の若い女性が姿を現した、清楚で細身で面長の美しい少女とも言える若い女性だ、だがその瞳に強い意思と知性の煌めきがある。


すぐに殿下の前で片膝を付いて恭順を示す、まるで淑女ではなく騎士の様だ。

その姿にアウスグライヒは魅了され興奮した、殿下は物語の様に女性騎士に拝謁される事に憧れていたからだ、残念ながら現実に女性騎士などめったにいない。


「誰だ君は?そうだ先程の宴で姿を見たぞ」

「私はクラウディア=エンフォリエでございます、ここではゼリー=トロットとして働いております」

「エンフォリエだと、エンフォリエ家か?」


「はい、同じ流れを組みますが、セクサドル王国のエンフォリエ家ではありません、私の家は帝国末期の内紛で没落いたしましたエンフォリエ侯爵家の末裔でございます」

ゼリーはここで顔を上げた。


「おお精霊宣託のエンフォリエ侯爵家か?」

「そのとおりでございます殿下、一族からは今も多くの高名な精霊宣託師を排出しております、殿下がご存知と知り嬉しく存じます」

ゼリーはテーブルの上に2つの金属のメダルを置いた。

一つは黄金の金属に向き合う二頭の獅子をかたどっている、もうひとつは金属の丸い板で三本の足に矢を掴んだ羽を広げた鳥の様な生物が刻まれていた。


「これは帝国時代の黄金獅子大褒章とエンフォリエ家の家紋だ」

「さすが殿下でございます」

「馬鹿にしないでもらおうか、僕はセクサドルの英雄であるご先祖様方の英雄譚に憧れているのだよ・・・しかしお前は何をしたのだ?」


ゼリーは床で伸びているテヘペロを見下ろした。

「もうしわけございません、この様にしなければ殿下のお言葉を賜る機会が無いと思い詰めました、お酒にお薬をいれたのです、この酒保は使用人控室側にも扉がございます、普段はそちらから出し入れをいたします」

殿下はその説明に感心したようだ、そして壁際の二人の高級使用人に眼を移した。


「おふたりは意識がありますが、何も考える事ができなくなっています」

ゼリーは手の中に奇妙な形をした金属の道具を握っていた、ゼリーの手際の良さとこの道具に殿下は警戒心を煽られる。


「そ、それでお前は僕に何のよう、ようなのだ?」

殿下はいくぶん動揺しながら引き気味に、精一杯の虚勢で下問した。


「はい、恐れながら殿下にどうしてもお伝えしたい事ができたからでございます、セクサドル帝国の正統後継者たる我が君に」

最後の言葉に殿下の優美な眉の端が震えた。


「何だと?とにかく言うが良い」

かかり気味に殿下は先を促す。


「時間がありませんので手短に」

ゼリーはそう語ると語り始めた。

エンフォリエ家の精霊宣託師が、高位精霊の宣託を受けた事から話が始まる、その内容は第六の帝国の血を引く者の中から、第七の帝国を起こす大英雄が現れると、その者は大精霊の祝福を得て、東エスタニアのすべての国を平定しやがてエスタニアを統べる大帝国の礎を築くと。

一般的には第六の帝国とはセクサドル帝国を指す事が多い。


「それが僕だと言うのか!?」

「セクサドル王国の王太子である殿下以外におりますでしょうか?」

「たしかにその通りだ、大帝は大精霊の祝福を受けていたと言われている、エンフォリエ家は代々帝国に精霊宣託師として仕えてきた、精霊魔女アマリアが力を得てもそれが変わる事はなかった」


「私の願いはエンフォリエ家の復興と、新しい帝国に精霊宣託師として使える事でございます、ですが直系で生き残っている者は私一人」

「しかし宣託の内容は契約により他の者に証すことはできないはずだ」

「存じております、ですがあまりにも重大な内容ゆえにそれを破る事を決意いたしました」

「なんだと・・・だが僕がそれだと言う根拠は他に無いのか?」


下から仰ぎ見るゼリーと眼が合う。

だが殿下はゼリーの言葉を疑うよりも信じられる材料を求めているかのようだった。

ゼリーはそれに深くうなずいた。


「はい、北から邪悪なる暗雲が迫るその時に、この予言は始まるとありました」

「なんだと!!」

殿下は熱にうなされた様に顔が赤くなり目はギラギラと輝き始める。

「今がその時だと愚考いたします、今この宣託に該当するのは殿下だけでございます、グディムカルがここまで大きく動いた事はこの百年ありませんでした」

「そ、そうだその通りだ」

殿下は部屋の中をうろつき始めた。


「殿下この宣託が下されたのはニ年以上前でございます、その時はグディムカルに動きはありませんでした」

「ああそうだ」

殿下は食い気味にゼリーに顔を寄せる。

「その新たな英雄は北の暗雲を振り払い、黄金の光で世界を導き太平の時代をもたらすと、そしてその者は未だに己のすべき事に気づかず眠っていると、眠れる獅子と」

「僕が眠った獅子だと言うのか...」

殿下は唇を噛み締める。


「邪悪が眠れる獅子を檻に閉じ込めていると、私の使命は獅子を檻から解き放つ事だと、命をかけて殿下にお伝えしたくこのような事を」

殿下の顔は紅潮し自分の想いに浸り始めた、それは妄想かもしれない。


「我が君・・・」

殿下はゼリーの呼びかけで意識を戻した。


「ああ、何だ?クラウディア」

「わたくしはこれにて引き上げます、これ以上は不自然ですので、あのお二方も気づかぬうちに元に戻ります」

ゼリーは妖しい微笑みを浮かべた。


「僕は何をすれば良いのだ?」

「宣託に細かな事は何もございません、殿下のご意思のままに」

「そうだったな」

殿下から不安は消え強い確信に満ちその瞳は輝いていた、それを見届けるとゼリーは隣の使用人控室に向かった、だがゼリーは立ち止まる。


「殿下の髪はまるで黄金の光のようではございませんか、そして邪悪なる意思に惑わされません様に、大精霊は殿下と共にあるのです」

最後に微笑むと音もなく闇の中に消えてゆく、まるで妖魔の様に。


あの女は本当に人なのだろうかと殿下は戦慄した。


だがそれは僅かな間だった、床に横たわる女魔術師を見てたちまち気分が切り替わる、そのあまりにも魅惑的な無防備な姿に殿下の意識はもう奪われていた。







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