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夜の貴婦人達

締め切られた扉の向こう側から男共の馬鹿騒ぎが聞こえて来る。


「うるさいわねここまで聞こえてくるわ」

テヘペロはうんざりしたように愚痴った、気軽な晩餐会が終わった後からすぐ殿下達が酒宴を始めたのだ、その騒ぎに女達の嬌声が混じる、どうやらハイネの花柳界の美女達と騒いでいるらしい。

テヘペロはそれに疑問を感じていた、あの種の女達はもう少し品の良い(ウタゲ)に呼ばれものだ。

彼女達は容姿の美しさだけではなく、深い教養と上品な仕草を求められる、中には音楽や絵画など芸術に才覚を見せる者すらいてまさしく夜の貴婦人なのだ。

理想の貴婦人があられもない姿を魅せてくれる、そんな一夜の夢を与えてくれる女神達、その代償に庶民の一家が三ヶ月生きていける程の財貨を攫って行く、それが儚い夢の代価だった。

テヘペロは彼女達に僅かだけ同情したが、もしかしたら評議会から言い含められているのかもしれないと思う。


「誠に、シャルロッテ様」

テヘペロの愚痴にゼリーが応えたがそれ以上余計な事は言わなかった、テヘペロは僅かに眉を顰める、先程からゼリーの態度がしおらしい。

それにしても彼女の言葉使いが微妙だ。


「何その言い草?」


「申し訳ありません緊張しまして、ご師匠様」

何を今さらと思いながらゼリーを眺めたが、ずいぶんしおらしげに下を向いてモジモジとしている。

その仕草が面白くも愛らしかったのでテヘペロは少し吹き出した、ゼリーが驚いて顔を上げる、彼女の顔が赤く染まっていた。


「貴女、気楽にしていいわよ、程々でいいから」

「はい、あのいいんですか?」

ゼリーの表情が少し明るくなったので、また小さく吹き出してしまった。


「まーね、周りから見て顰蹙(ヒンシュク)かわなければいいわよ、もう」

「はいっ!」

その言葉に妙に力が入っていたので、テヘペロは少し不安を感じたが、その時ドアがノックされた。

そしてテヘペロに呼びかける使用人長の声が聞こえてくる。


「入って来ていいわよ」

それに応じると使用人長が入ってきた、古めかしくも威厳のあるハイネ城の高級使用人服を基調とした服に肩にショールをかけている初老の女性だ。

背後に若い使用人が二人お揃いの制服で身を固めている、使用人長は鋭い一瞥をゼリーに投げた。


「貴女は下がる時間ですよ」


テヘペロが告時機を見ると確かに規定時刻になっていた、ゼリーの下がる時間だ、ゼリーはあくまでも城の使用人では無い。


「おやすみなさいませシャルロッテ様」


ゼリーは大人しく頭を下げるとそれだけを告げて部屋から下がって行く、テヘペロはゼリーが大人しく従った事に密かに安堵のため息をついてしまう。


ゼリーが下がるのを見届けると使用人長は深々と頭を下げる。


「殿下がシャルロッテ様から魔術のお話を伺いたいと申しております、お忍びでこちらにお見えですので私達が整えいたします」


テヘペロの心臓が踊る、これは相手が王族だから?

すぐに息を整えると心を落ち着かせた。


そしてわざわざ使用人長が出てくる程の事なのだろうかと疑問を感じた、もしや相手が王族ともなるとそれだけ重要なのだろうか。

思い返せば夕刻の晩餐会の前も直接彼女がこの部屋に監督の為に現れた。


背後にいた二人の使用人がテヘペロの着替えを手際よく進めた、テヘペロは内心で嘲笑った、まるでどこかの後宮みたいねと。

そして二人の使用達の顔から一切内心の感情が読めなかった。


これは徹底的に教育されているわね


そう舌を巻いた。


「規則ですので失礼いたします」


使用人長の言葉に続いて、全裸になったテヘペロを二人は改めはじめた、これは武器などを隠し持っていないか確認する為だ。

これも想定内だが自分がその立場になるとは数日前まで考えてもいなかった。


「いいのかしら?ハイネ側で全部やってしまって」


使用人長は軽く目を見張ってから応えてくれた、彼女の表情から悪い感情は感じ取れない、むしろ穏やかに微笑んでいる。

「ごもっともな疑問ですが、セクサドル側に女性の随員はほとんどおりません、おりますのは魔術師だけでございます」

「ああ、理解できたわ」

軍事行動中の軍隊なので当然だった、セクサドルのハイネ大使館にそんな人材がいるわけも無かった、セクサドル側も後から思いついたのだろうか?

そのつもりならはじめから随員として連れてくるはずだ。


そんな考えに浸っている間に使用人達は持ち込んだ革張りの立派なケースを開けた、中から肌着と衣装を取り出しテヘペロに着せ始めた、テヘペロはそのデザインの悪趣味さを心のそこで罵倒する、だが使用人達は心の無い人形の様に手際よく完璧に仕事をすすめた。

最後に新しいナイトガウンを着せると終わった。


「これで私は下がります、後はこの者達がお側に控えますのでご安心ください」

二人の使用人が機械のように頭を下げる、そして使用人長は部屋から下がっていく。


だがテヘペロはご安心などできなかった。


この二人はずっとここにいるのかしら?


そう疑問に思ったが、数々の後宮の逸話を思い出すとありえると思えた、僅かに血の気が引いた。

二人の使用人はそのまま壁際に人形の様に綺麗に並んで立っている、気味が悪くてテヘペロは声をかける勇気を失ってしまった。



いつのまにか乱痴気騒ぎが終わり扉の向こうが静かになった、テヘペロは豪華なソファにゆったりと座りくつろいでいたが、悠然とした見かけによらずまったく落ち着けない、二人の使用人はまるで彫像の様に物と化していた。

あまりにも異様な雰囲気の使用人達だ。


この二人は専門の役割を持っているのかしら?


時間が進むのが遅く感じられる、少しイラつき始めた頃、遠くから足音が聞こえてくる、二人分の足音が近づいてくる。

足音が扉の前で止まると軽く叩かれた、そして抑えたささやく様な声が聞こえる、それは使用人長の声だった。


「殿下が御成りでございます」


テヘペロは出迎える為に立ち上がる、すると彫像の様に佇んでいた使用人が突然動き出した、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。


一人がテヘペロに扉の前に来るように促すともう一人が扉の取手に手をかける。

しかしテヘペロはこの場合どう挨拶すべきなのか迷った、そして扉の前で棒立ちになってしまった、そこに眼の前で扉が開かれる。

混乱して水から打ち上げられた魚の様に口を開け締めしている。


すると眼の前に造形だけは一流の殿下の顔が現れる、彼の顔が困惑に変わり、すぐにニヤけた笑みを浮かべた。


「おお緊張しているのか?シャルロッテ」

テヘペロより年下の殿下に子供扱いされたのだ、混乱は消え去り不快さと恥辱を感じて血が頭に上り始める。

殿下の息から酒臭い臭いを感じた。


「恥ずかしがらずとも良い」

殿下はそれを都合よく勘違いしてくれたようだ、テヘペロはそれで逆に冷静になり己の間違に気づき必死に心を鎮めた。


「お恥ずかしい限りです、殿下のご尊顔を拝見いたしまして、思わず心が乱れてしまったようですわ」

テヘペロは儚げに微笑んで見せた。

殿下はそのまま無遠慮に部屋の中に入って来る、そしてテヘペロの全身をなめる様に見回したので全身が悪寒で震える。


それでも自分は客を持て成す立場だと思い直す、殿下にソファーに座るように精一杯優雅に促す。

「殿下どうぞこちらへ」


殿下は勢いよく豪華な革張りのソファーに腰を下ろすと足を組む、軍靴のまま座るのは無礼な態度だがそれを指摘できる立場では無い。


「何か飲み物を用意いたしましょうか?」

「はは、僕は少し飲んだレモン水をたのもう」

テヘペロは喜んだこの状況で飲みたい気分ではなかったからだ。

「あら、でわ私も」


「君は飲んでいない、僕だけ飲んでいるのは不公平だと思わないかい?」

まったく飲みたく無かったがこれは命令に等しい。

「実は飲みたかったのです、恥ずかしくて正直に言えませんでしたの」

テヘペロは恥ずかしそうに微笑んでみせた。


「君には、そうだ有名な酒があったね、ロデスだったね」

テヘペロは心の底で罵倒した、ロデスとはテレーゼ名産のワインを原料にした強い蒸留酒の銘柄だ。

「あら私も大好きですの」

テヘペロは甘党なので酒が嫌いでは無いがそれほど嗜む方ではなかった、ただこの殿下の前で酔いたくなかった、本音が出てきたら全てがぶち壊しになってしまう。


「シャルロッテここに座りたまえ」

殿下は自分の隣を叩く、思わず使用人を見たがまるで置物の様に無表情なままだ、テヘペロは冷静に殿下の隣に腰を下ろした。


すると人形の様な使用人達が無言で活動を開始する、部屋の壁に埋め込まれた酒保の扉を開くと、素早く流れるように動いた、昨晩のゼリーの手際を上回るプロの手並みだ。


そしてレモン水が注がれた波瑠の盃を無言で殿下に手渡す、殿下は使用人を見もせず空中から波瑠の盃が現れたかの様に受け取った。

テヘペロはこれを見てこの使用人達が特別なのだと確信する、テヘペロも殿下を見習い差し出された酒盃を無言で受け取った。


「では乾杯といこうか」

杯を打ち合わせるまでもなく殿下は飲み干した、テヘペロも合わせて飲み干す、焼ける様な熱さが喉を下った、むせそうになるのを必死に堪える。


「無理をするなシャルロッテ」


殿下の言葉に思わず吹き出しそうになったのでこれも堪えた。


「お酒は好きですが、あまり強くありませんのよ?」

言い訳じみた言葉を作り笑いで胡麻化す、すると殿下は高笑いを始めた、いったい何が面白いのか?


「しかし見れば見るほど貴女は美しい」

テヘペロは少し呆れた、貴人は何事をするにも会話を楽しむものだと考えていたからだ、だが先程の夜の貴婦人達を侍らせての乱痴気騒ぎを考えると、殿下は教養が欠けてるのでは無いかと疑いはじめた。


「お世辞でも嬉しいですわ殿下」

「お世辞ではない、君は私の理想の女性そのままだよ、母なる大地の女神そのものさ、豊穣の女神だよ」

普段の彼女なら血圧が上がったかもしれない、だがテヘペロはなぜか短い間一緒に暮らしていた黄金のトランペットの少女を思い出していた、そして思わず天井を見上げた、絵の中から神話の白い蛇がこちらを見下ろしている。

なぜあの少女を思い出したのか理由は解らなかった。


「これはテレーゼの神話だね、たしか大地母神メンヤの祭りだったね」

殿下もつられて天井を見上げていた。


「テレーゼの・・・」


テヘペロの視界が大きく回転する、手から酒盃が滑り落ちて床に落ちた。

そのまま体が滑り床に落ちるのを感じる、メンヤの祭りを描いた天井画が視界いっぱいに広がった、次第に視界が暗くなって行く。

殿下の声が聞こえる、そのまま何も見えなくなって行った、最後に白い小さな蛇と眼が合う。


そのまま意識が闇に沈んで行った。






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